暑い日の過ごし方 -ニチョ散-

「もうがまんできない!」
電気系統のトラブルで、ビル内の扉がすべて開かなくなってそろそろ一時間。ついでのように空調もおかしく、気まぐれに止まったり、動いたり、はてまた暖房になったりを繰り返していた。
今日ビル内に残っている幹部は化学部門の宝条くらいで、彼は扉が開かないことなど気にもしないだろう。
タークスも半数ほどが幹部の護衛に出ており、今本部に居るのは特に任務も無い者達だった。
それゆえに切羽詰まったような緊張感は無い。
とうとう切れたのか、亜麻色の髪を振って立ち上がった女性が、つかつかと視線の先に捉えていた青年に歩み寄る。
「……何だ?」
淡々と仕事をしていた彼は目の前にできた影から不穏な空気を感じて嫌そうに顔を上げた。何かこのお嬢様の気にさわるような事をしただろうかと考え込む。
「あなた、よくこの状況で仕事なんてしていられるわね?!」
「別に。慣れれば問題ないだろう」
「……慣れられる方が問題だと思うんだけど」
「そうなのか?」
「聞いた私が悪かったわ」
そんな事はどうでもいいのよ。と自分から話を振ったにもかかわらず、彼女はそんな風に言って話を変えた。
「ちょっと協力してちょうだい」
強引に青年を立ち上がらせて、休憩用のスペースへと移動していく。
有無を言わさずソファに座らせると、濃く落ちかかる青年の前髪をすくいあげた。
「……何のつもりだ」
冷気を帯びた問いにも彼女は揺らがない。
「ただでさえ暑苦しいのよ。こんな欝陶しそうな髪、見てるほうが暑いの!」
「それで気温が変わるわけでは無いだろう」
正論なのだがどこかずれている。
感情の起伏に乏しい青年は、気分で感じる暑さというものがわからないのだろうか。
彼女は少しだけ真剣に悩む。
「……そういう問題じゃないわ。人間は感情で動くものなの」
暑そうな恰好を見ればこっちまで暑くなる気がするものよ。
溜息と共に呆れた声が出た。
「そうか……」
「貴方はそういうこと感じない?」
逆でもいいわ。真冬に半袖で外を歩いてる人が居たら、寒いと思うでしょう?
例えを変えれば、ようやく納得したのか頷きが返った。
「同じことよ」
言葉には苦笑が滲む。
「寒さはわかるのに暑さは分からないわけ?」
「いや……」
少しだけ言い淀む。
「薄布しか纏うことを許されない彼女達は夏のほうが寒そうに見えた」
呟いかれたのは昔の断片。
青年の名を呼んだ彼女がそれまで掴んでいた髪を離して、奥に潜らせる。
そのまま頭部を引き寄せて胸に抱く。
「ばかね」
かけられた声には悲壮感も同情も憐れみも無い。
子供を許す母親のような奇妙な温かさがあった。
青年は無言でされるがままになっている。
柔らかな曲線を描く肉体は男に等しく分けられた本能のほうに働き掛ける。
抗う気力を失って青年はゆるり、瞼を下ろした。
彼女の指が髪の間を抜けていく。
折りしも空調は最大級の冷風を送り込み、二人を包んだ。
「たしかに寒いわ」
「ああ」
わすかに笑みを履いて頷き合う。
奇妙な空気は断ち切られ、青年は彼女の胸から身を起こした。
「好きにしろ」
彼の口から出たのはそんな言葉。
「そうね」
そうするわ。
小さく笑って。掬い上げた髪の先にくちづけをひとつ。
再び熱風を送って来た空調に毒づいて、彼女は当初の予定通り青年の髪に指を絡ませた。

夏の間の拍手お礼。 ひそかに夏コミの無料配布折本とリンクしてました。

2007/09/30 【BCFF7】