カウンター
「こんなものが出来ていたとは知らなかった」
闇色の髪の片側を編み上げた青年がぽつりと呟く。
「へへっ。なんかワクワクするな」
本当に楽しそうに赤銅色の髪の男が隣で声を上げた。
ゴールドソーサー内、バトルスクエア。
任務から開放された二人が、そこに立ち寄ったのは偶然だったが、園内を多く占める一般向けのアトラクションよりはよほど有意義な遊びだろう。
「本気でいくぜ?」
「ああ」
言葉少なに応える青年に、男は笑みを深くする。
着ている物から、二人は同僚。そしてタークスだとわかる。
ここの闘技場は、本社トレーニングルームと違い、バトル時間が設定されている。
勝ち負けの判定は点数制で第三者が行うというルールに、いつもと違うバトルが出来るのではないかと提案したのは赤銅色の髪を振って辺りを見回した男のほうだった。
先程からほとんど口を開かない青年が、人前に進んで出ることは厭うが、根本的に手合わせをするのは嫌いでは無いらしいと知っている。
案の定、興味を示した彼の手を引いて男は受付に立った。
無駄に潤沢な資金を投入されて造られた闘技場は、蓋を開けてみれば巨大なバーチャル空間だ。
相手と直接戦うわけではなく、代わりに忠実に再現されたプログラムと戦う。それを設定した者の意図はおそらく、遠慮なく叩きのめせるようにということだろう。
それでもプログラムからの攻撃は本物に劣らず存在する。
もちろん医療チームも待機しているが、それでも当たり所が悪ければ助からないだろう。だが、そこはそれ。
皆最初から割り切っており、さらに一分というバトル時間の短さも手伝ってか、未だ致命傷が出たことはないらしい。
男が握る武器はシンプルながらも実戦での使い勝手を重視したロッド。
青年の方は二丁の銃を下げていた。
男が笑う。
プログラムだと分かっていてさえ、それはあまりにも本物がとるのと同じような行動で。青年は、ほんとうにわずかに口端に笑みをのせた。
一瞬の空白。
絶妙のタイミングでレフリーが試合開始を告げる。
得物のこともあり、青年の間合いは遠距離だと思われだが、開始の声とともに男に肉薄するように距離を詰める。
驚いた相手が逆手に構えたロッドを振った。
胸よりやや低い位置で空を切った一撃目を見るや、すぐに持ち手を反して二撃目を放つ。その二撃目も空しく空を切った。
すでに身を沈めるようにして横に飛んでいた青年の両手の牙が跳ね上がり、男の側面を捉える。
迷う事なく吐き出された銃弾は、見事に男を地に沈めた。
一瞬の出来事。
血を流すことなく倒れ、何事も無かったかのように立ち上がるた相手に、改めてプログラムなんだと認識させられる。
恐れを知らないかのように向かってくる男に、同じように接近からのカウンターを狙って青年は動く。
攻撃を途切れさせぬように動き回り、ギリギリで避けながら攻撃を放つ。
相手からの一撃は、重い。
「くっ……」
自分よりも開始時間が早かったからか、隣のフィールドで戦っていた目の前の相手の終了の声がかすかに聞こえてきた。
「だとすると、こちらもそろそろか」
引鉄を引こうとした瞬間に、相手の武器が迫ってきている音を聞く。
一発だけ、狙いを放棄して手元から放ち、回避してさらに全弾。
隙になった側頭部へ叩き込んだ。追い討ちのように手持ちを許されたマテリアを発動させる。
丁度、レフリーが終了を知らせる声を響かせた。
バトル終了と共に相手だったプログラムは消え、終わった後こちらの様子を見ていたらしい男と目が合う。
口元だけは笑っているが、それも心なしか引き攣っていた。
「ちょっとえげつないんじゃなねーの?」
「本気で行くと言っただろう」
「そりゃ言ったけど……」
いつああされてもおかしくないってことかな、などと哀愁漂わせて俯く男に、青年は首を傾げる。
「何が不満なんだ」
「不満じゃねぇけど。なんか俺恨まれてことでもしたっけかなぁと」
点数は集計中のまま。まだ少し時間がかかるらしい。
「別にそんなんじゃない……そうだな、ただの八つ当たりだ」
「あんたでもそんなことあるんだ」
電光掲示板に点数が表示され始める。
「ああ」
点数の詳細な基準は不明だが、その数値は紛れもなく青年の勝ちを示していた。
「あー。負けちまったか。あんた、やっぱすげぇな」
残念そうな声に賞賛の響き。
「だが次はどうなるかわからない」
「おう。次は絶対負けないからな!」
満面の笑顔で告げられた男の言葉に青年は目を細めて。
そう簡単に負けてやるつもりもない、と返した。
2007/10/14 【BCFF7】