触れた先にくちづけを

年が明けたと、祝いの言葉が飛び交う。
視界に広がるホールには鮮やかに競う花達。
色とりどりのドレスの裾がふわりと舞う。
笑い声が弾け、貼り付けられた笑顔が交錯する。
それらを尻目に、華やかな動作でホールを抜けた女性が居た。
近くの給仕からカクテルグラスを受け取る。
今の彼女の恰好も視界に映る女達とそう大した違いは無い。
胸元が大きく開いたデザインのドレス。裾はスリットが入った箇所から斜めに軽く広がって先が無作為に花弁のように舞っていた。
会場は程よく空調が効いていて、そんな恰好でも寒さを感じることは無い。
普段は高く結っているだけの髪は今は綺麗に纏めて飾られている。
唯一おろしてあるサイドの髪がたまに肩先に触れては肌をくすぐった。
グラスに口をつけて、息を零す。
自ら遠ざけたために連れは今近くには居ない。
「退屈。そろそろ飽きてきたわ」
「それでは私とお話でも如何ですかな?」
「あら。楽しませて下さるのかしら?」
いつの間にか目の前に立っていた男を確認して微笑む。
「さて。私でお気に召すと宜しいのですが」
男も同じように微笑み返し、さり気無く彼女―ミーナの肩に触れた。
促されるままに歩いてテラスに出る。
「それで、どんな楽しい話を聞かせて下さるのかしら?」
「そうだね。こんなのはどうかな?」
言葉と共に突きつけられたのは薄くはあるが鋭利な刃物。
「無粋ね」
「何のつもりだ。神羅の犬が」
誘ってきた時とはうって変わってきつい口調の男に、ミーナは笑みを崩さない。
「それはこちらのセリフ。この私がわざわざ来たのだから相応の答えを聞かせてもらうわ」
「ハッ。何を答えろと言うのだ」
「決まっているわ。盗んだ物の行き先よ」
もうここに無いことは確認済みだと語れば、男の目の色が変わった。
「犬だと思っていたが、こそこそと鼠のような真似もする」
「調べたのは私ではないけれど、確実な情報よ。知らない、は通用しないわ」
目の前の刃物すら気にするに値しないというように言い放って胸をそらした。
行動は挑発。
「目の前のものが見えていないようだな。丸腰で何が出来る」
「貴方こそ何が出来るというの? 私が何者かは、さっき貴方自身が言ったのに」
「黙れ」
低く押し殺した声。だが焦りが透けて見えてミーナは笑みを深くする。
と、彼女の後ろから男の名を呼ぶ声がした。
敬称付きで呼ばれた事で、迷うようにナイフを持った男の手が一瞬下がる。
それに気付かずに歩いてきた青年がミーナの傍に並んだ。
持っていたショールを彼女の肩に着せ掛ける。
「あら、終わったの?」
「……ああ」
気安い者同士の会話。
躊躇った己を恥じるように男がナイフを突き出す。
ミーナの腰に回った青年の手がその体を引き寄せて、刃から遠ざけた。
同時に彼女の胸元に手を滑らせ、豊かな胸の間に隠されていたものを掴み出す。
すっぽりと掌で覆えるほどの大きさしかない上下二連式の小さな銃は、青年の手によって連続で二発とも弾丸を吐き出させられ役目を終える。
銃弾は違うことなく目の前の男の体に吸い込まれた。
至近距離。しかも正確に同じ箇所を撃ち抜かれた男の体が傾ぐ。
口径の小ささを一点を撃ち抜く事でカバーした撃ち方だった。
息が無い事を確認すると、さっさとテラスを後にする。
「よかったの?」
「ああ。ツォンさんにも連絡済みだ。向こうはカイルとユリアが向かっている」
表情を崩さない青年にミーナは肩をすくめた。
「私一人でも対処できたわ」
「だろうな」
文句を言われるのすら予想の範囲だと言うように頷く青年。
自らの考えが合っていることを確信して、ミーナは彼の腕を引く。
「シリル。こっち見なさい」
「……何だ」
しぶしぶミーナに向き直ったシリルは嫌そうに僅かに眉を寄せた。
「さっき私の胸を触ったでしょう」
「任務中だ」
「分かってるわよそれくらい」
言いながら苦笑する。殆ど変わらないシリルの態度を崩してやりたいと思うのも事実。
「それでもこの私の胸に触れたのよ。それなりの代償を払ってもらうわ」
微笑んだミーナとは対照的にシリルは苦い顔。
「キスしなさい。甘く酔わせるようなのを」
「なぜ俺がそんな事を……」
「拒否権は無いわ」
挑むように見上げれば、諦めたような溜息。
無言のまま、近くにあったレースのカーテンごと抱き寄せられる。
女など興味無いと言わんばかりなのに、こういうことだけは無駄に上手い。
細かな配慮が憎らしくすらある。
「合格。今日のところはこれで許してあげるわ」
「そりゃ……どうも」
憮然としたシリルの表情に溜飲を下げて。
任務でなければ見ることも無かっただろう彼の盛装した姿を眺める。
するりと腕を絡ませて表情を戻した。
「じゃあ帰りましょ。もう用は無いわ」
「ああ」
行動の意味を正確に捉えた彼がミーナをエスコートする位置に立つ。
そのまま二人はそ知らぬ顔で会場を後にした。

自分的BC一周年です。 1年前、最初に「話が書きたい!」と思ったのはニチョ散(散ニチョ)でした。 そして1年。BCを進めていくうちに二人の立ち位置は微妙に変わった気がしますが、お嬢がおせおせなのはきっと変わらない(笑) いつか書こうと思っていたデリンジャー&ドレスが書けたので満足です。

2007/01/14 【BCFF7】