女装ネタです。エロくないけどネタが下方面。特殊嗜好につき注意。
潜入準備
「おーい、シリル居るかー?」
暢気な動作と同じくらい緊張感の無い声が響いて、衝立の横から赤茶けた色の髪が覗く。
声が聞こえたことで条件反射の殺人を回避した中の人物は、そっと詰めていた息を逃がした。
「あ、いるじゃん。返事くらいしろ……よ」
シリル?
ずかずかと入ってきた挙げ句疑問系で名前を呼んだ口のまま絶句した相手に、シリルは今度こそ本当に溜め息を落とす。
手にしていた銃をそっと下ろすと、そちらの方に覚えがあったのか、男の目が目一杯に開かれた。
「勝手に入るな」
それでもまだ疑っているらしい男に対して、シリルの苛ついた声が飛ぶ。
「カイル、聞いているのか?」
もう一度銃を構えたところで、やっと認識が繋がったとでも言うように彼は飛び上がった。
「……きっ、聞いてる聞いてる。だからそれ下ろして」
そんな必要はどこにもないのだが、条件反射的に両手を頭の横に上げていたカイルは、視線だけで構えられた銃を指す。
呆れたような眼差しと共に下ろされた銃の先を追えば、すぐ傍のテーブルの上にもう一丁。
並べて置かれた二丁の銃の名称は知らないが、よくうっかりな行動をとって自分にも向けられることが多いため、カイルにも覚えのあるものだった。
目の前に立つシリルは、黒のロングヘアに青のドレスという奇妙な格好。
銃と一緒に傍に置いてある衣服を見れば着替え途中だったことはすぐに分かる。
カイルが疑問系で名前を呼んだのは、本来滑稽であるはずなのに妙に似合っている彼の姿のせいだった。
黙って伏し目がちにしていればばっと見中性的な美人だが、行動は過激。さらに、男性特有の低い声が飛び出せば、夢も壊れるというものだ。
「用件はなんだ」
着替えの続きに戻りながらシリルが問うと、現実に引き戻されたカイルは、肩に掛けていた袋の中から小振りの箱を取り出した。
「ツォンさんからこれもってけって。あと、ついでに様子見てこいってお嬢が」
終わったら呼べ……って言ってたけど、何をするんだ?
首を傾げるカイルには目もくれず、シリルは渡された箱の中身を確認する。
収まっていたのは箱に合った大きさの短銃。
極小サイズのリボルバーは、ほとんど攻撃の役には立たない。
離れた位置の場合、わずかな隙を作るくらいの意味しかないが、腐っても銃である以上、ゼロ距離で引き金を引けば話は変わるだろう。
慣れた手つきで作動部を確認すると、彼は揃えて置いていた自分の銃の隣に置いた。
「やはり多少心許ないが……」
「何が?」
問いに応えは無い。
状況からおいていかれているカイルに説明することもなく手を洗うと、シリルはドレスのスリットを割った。
広がらないタイトなタイプのドレスに、ある程度の機動性を付加するために設けられる切れ込みは、男にとっては別の意味を持つものとなる。
思わずごくりと喉を鳴らしたカイルは、次の瞬間冷ややかなシリルの視線に晒されて震え上がる羽目になった。
シリルは、晒した自らの足にストッキングを履き、腰側から垂らしたベルトで先端を止める。
左右二本ずつ、合計四本。腿の前と後ろに伸びたそれが何であるかに気付いて、カイルは視線を逸らした。
それでも気になってちらちらと伺うのは、自らが目にした物に対する憧れがあるせいだ。
ましてや、片足を低い台の上に乗せ、体を捻るようにして後ろ側のベルトを止める姿は、頭では男だとわかっていても、彼の現在の格好と相まって妄想を刺激する。
付けにくそうにして、服を着る前に付けるべきだったななどという呟きを聞いてしまえば、健全な野郎の妄想はエスカレートしてほんのりと布地を押し上げてしまう情けなさ。
あなたの知らない世界よこんにちは。
そんな世界、知りたくなかったかもと思ってももう遅い。
「女装する野郎なんて見ていて楽しいのか?」
声の響きは純粋な疑問系。
カイルは己が普通に女性が好きだと自覚しているし、シリルもそれを知っている。
楽しいか楽しくないかと聞かれれば決して楽しくはないはずだった。
「楽しいかとか、そういう問題じゃねえよ……」
唸るように声を絞り出す。
「では何だ」
「好奇心。そんなものつけてるヤツなんて、女でも見たことなかったし」
開き直ったのか、きっぱりと言い放ったカイルは、シリルのスカート部分を持ち上げた。
纏わりつく布に邪魔をされてベルトの長さを調節するのに苦労していたシリルは、すまないとだけ告げて手際良くベルトの長さを適正になるように整えていく。
最後に右足側に伸縮性のあるリング状の布を回して、カイルが頼まれて持ってきた短銃をそこに押し込んだ。
「なるほど。それってそーやって隠すのか……」
じろじろと見る理由を好奇心だと答えたカイルだが、さすがに同性の下着を拝みたいとは思わない。完璧さを求めて女性用下着だったりしたら立ち直れなくなりそうだ。
もういいから手を離せと言われて、すぐに両手に掴んだ布を落とした。むき出しだったシリルの脚がふわりとした緩い風に隠れる。
なんとなく惜しい気がする。
浮かんだ考えを速攻で気の迷いに分類した彼は、誤魔化すように気になっていることを口にした。
「それってガーターベルトってやつだよな? そういうのってどこから調達してくるんだ?」
真っ当な店に男性用があるとは思えない。それを言えば本来シリルに付いていないはずの豊かな胸を作っているものも気になるところだった。
「ああ……あるところにはあるさ。昔の関係でその手の知り合いも居るしな」
賢明にもカイルはどんな関係だよと突っ込むことはしなかった。言っていれば、一度は収められたはずの銃をさらに近くで見る羽目になっていただろう。
「ってことはブラジャーもしてんのか」
興味からカイルがつついたシリルの胸は、程よく柔らく指を押し返す。女性にすれば間違いなく殴られるところだが、いくらドレスが似合っていても、一応男性であるシリルは行為に対しては何の反応も示さなかった。
「胸が無かったら男だとすぐにばれるだろう」
彼が言うことは正しいが、普通は胸の前に体格と所作でばれる。
特に所作は重要で、何よりも明確に相手に違和感を与えてしまうものだった。
実際、格好と口調が合っていない今のシリルに、カイルは違和感を抱いている。
「胸があっても厳しくないか? どっから見ても女装の男にしか見えねーぜ?」
「それはお前が俺を男だと知っていて、俺も隠す気が無いからだ」
「そんなもんか?」
納得がいかないというように首を傾げるカイルに、ああ。と返したシリルは、疑うならミーナを呼んでこいと続ける。
「お嬢?」
「着替えは終わったからな」
そういうことかと頷いたカイルが部屋を出て行く。
その間にシリルは元の服と武器を袋に纏め、鏡の前に移動した。
ミーナに何をされるかはすでに分かっている。
鏡の中の自分を真っ直ぐに見たシリルは、ゆっくりと瞼を落とした。
「シリルー? 入るわよ?」
さほど時間を置かず、カイルはミーナを連れて戻ってきた。
ノックと同時に扉を開けるようではノックの意味が無いだろうが、カイルもシリルも非難の声をあげなかった。言っても無駄だと分かっている。
ずかずかと部屋を進んだミーナは、鏡の前に座り、半分身をひねって振り返っている人物を目に留めた。
豊かな黒髪を無造作に背に流し、淡く微笑みを称えた表情に釘付けになる。
ここに居るはずの人物なら、絶対にしない表情。
同じようにカイルも固まったが、格好だけは先に見ていた分、立ち直りが早かった。
「ミーナ? おーい?」
固まったままの彼女の肩を揺さぶる。
「シリル……よね?」
「そうだよ。見て分かるだろ」
ミーナの問に答えたのは本人ではなくカイルで。
彼を睨みつけたミーナはシリルの傍に屈んだ。
「知ってても疑うくらいよく化けてるわね」
ミーナが傍に屈んだことで視線を下げたシリルは、少しだけ首を傾げた。
ゆっくりとした動作と、けしかけたのはミーナだろうと告げた声で、油断していたカイルが爆撃される。
多少ハスキーな声は普段の低さではなく、少し低めの女性の声で通じる。言葉遣いも、表情も全く違い、男性ではやらないような言動は錯覚をおこす。
ちょっと失礼。と手を伸ばしたミーナは、シリルの頬から口周りを確認する。元々薄いシリルは特に苦労することもなさそうだった。
「最高! そこまで完璧に女装されるとこっちも気合い入るわ。元々、シリルって肌綺麗だし」
「あまり時間が無いから、ほどほどでいい。ジェイドは?」
「いきなり男に戻らないでよ。着替えは済んでいて、今打ち合わせ中」
さっさと普段のトーンに戻ったシリルに、カイルは二重に爆撃され、ミーナは動じずに笑う。
カイルは、初恋の人が実は男だったと知らされた時のような、どうにもならない虚しさを味わっていた。
その場で三角座りをしてぶつぶつと呟きだした彼を、ミーナもシリルも鬱陶しそうな目で見遣る。
「あれはなんでひとりの世界に入ってるんだ?」
「私達には分からない世界に旅行中なんじゃない?」
放っておけばいいわ。
ぴしゃりと切り捨てたミーナは、さっさと己の仕事を始めてしまう。
時間がないとシリルも言った通り、残り時間を気にした彼女は、手際良くではあるが完璧にシリルの化粧を済ませ髪を整えた。
カイルはまだ自分の世界に入ったまま。
「鬱陶しいわね! いいかげんに復活しなさい!」
「いってえ!」
ミーナに思いっきり背中を蹴られて転げ回ったカイルは、すでに立ち上がってこちらを見下ろしていたシリルと目が合う。
何かを言いかけるが、ぱくぱくと開閉するだけの唇は用を成さない。
「シリル、こんなやつほっといて行きましょう」
「ああ」
「この部屋出たら男に戻っちゃだめよ。一般兵に影響が出るわ」
「分かった」
残っていたショールを肩に掛けて、元々着ていた服を入れた袋はミーナの腕の中。
「裾気をつけて。ヒール平気?」
「平気ではないが……大丈夫だろう」
裾を踏まないように少しだけ前の布地を持ち上げて歩く。
もはや完全にカイルのことを忘れ去ったように、二人は連れ立って部屋を後にした。
「くそっ!」
残されたカイルの顔は真っ赤で。ちらりと自らの下半身に落とした視線を逸らしつつ毒づくくらいしか出来ることはなかった。
2008/12/14 【BCFF7】