蛍火

日が落ちれば一気に気温は下がり、涼しい風が部屋を駆け抜けていく。
そんな錯覚をおこしそうな風景だった。
仕事として与えられた以上逆らうことは考えるべくも無い。
時間を忘れたかのような空間には星とは違う光点が瞬いていた。
「何か不満か?」
ツォンの前を行くのは金の髪を揺らした青年。今はいつものスーツ姿では無く、この催しのホストが用意したという緩い服を纏っている。
ほとんど白に近い布の色のせいもあって、普段と印象はそう違わない。前を合わせて素材違いの布で留めるだけの衣服は見慣れないものだが、見た目には涼しく映った。
他者を従える態度と、タークスを連れている事ですぐに神羅の御曹司だと知れる。
若さゆえに未だ社内での肩書きを持たぬ彼の後ろに従うツォンも、今はいつものタークス制服ではなく、ルーファウスと揃いのような濃い藍の服を纏っていた。
「私ではなく、誰か女性をつけた方が良かったのではないですか?」
パートナーとして同伴しても恥ずかしくない素養を持った、または教育された女性タークスも居る。だが、ルーファウスが指名してきたのはそれらとは程遠いツォンだった。
「特に意味は無いが。女連れだと不便な事もあるのでな」
くつくつと笑うルーファウスに対して、ツォンは眉を寄せる。
「心配するようなことは無い。そもそもこうして連れているのだから文句は無いだろう」
ツォンが監視者としての立場も兼ねてルーファウスに従っていることを見越したセリフだった。
楽しんでいるだろうと思うが、口には出せない。
他の来場者に対して、『神羅』の顔で挨拶をするルーファウスはついさきほどまで面倒だと愚痴を零していた時の表情を綺麗に消し去っている。
その変わり身の早さにツォンは感嘆を覚えた。
昨日今日でやりはじめた訳ではないはずなのに、いつもそんな雰囲気を気取らせないからだろうか。
それでも、ツォンを付き合わせたのは嫌がらせだったかもしれない。せめて直情一直線の部下ではなかったのを喜ぶべきか。一瞬そんな事を思ってしまって、ツォンは顔を曇らせる。幸い周囲の暗闇はその表情を隠し、舞う光点が人の目を集めることで一瞬の表情など気付かれることは無い。
いつの間にか移動するルーファウスを追って邪魔にならない程度に傍に付きながら、周囲の安全を確認する。招待客だけの催しだ。問題があるはずも無いだろうが、習い性になってしまったものは簡単に抜けない。
遊歩道になっている道の両側には自然を模した背の高い草が生えており、川も流れているのか、水の音も聞こえてくる。
これが室内なのだからここの主はよほどの酔狂だと言えるだろう。
最小限のあかりを灯し、道のようなものがほんのりと分かる程度の室内の主役は飛び回る光だった。
ツォンもルーファウスも、一定間隔で点滅を繰り返す虫達の名など知らない。
ただ、この催しの為だけに捕らえられてきたのだろうということは分かった。
道楽のために使い捨てられる。そんなことも日常茶飯事だ。この街では。
「何を考えている?」
「……いえ、別に」
わずかな光の中でも白っぽい色を纏うルーファウスは目立つ。気付いた相手が声を掛けてくるまでルーファウスは基本的に口を開かない。
面倒な挨拶を最小限にするための方法だとはすぐに気付いたが、それに対する意見を言える立場に無いツォンはだんまりを決め込んだ。
こんな場所で積極的な社交を行うこと自体に無理がある。
おそらくはそれを利用して正面きって会うのが憚られる者同士が落ち合う為に用意されたのだろうとは考えなくても分かった。
目的の相手と無事に会えたら、あとは無数にある出口の一つから出て、明かりのついた部屋に移動すればいい。
また一人。声を掛けてきた男が綺麗ですね、と息を漏らす。
ルーファウスは如才なく笑みで応じた。
男はしきりに外の部屋へと誘っていたようだが、上機嫌の仮面のままそれらをかわしすルーファウスに諦めて名残惜しそうに離れていった。
「暢気に光る虫を愛でられる奴に用は無いな」
吐き捨てるルーファウスの後ろでツォンは安堵の息を漏らす。
淡い光でうっすらと輝き浮かび上がるルーファウスの髪。知らない者が見たら確かに錯覚しそうな笑み。
豪奢な色彩は闇の中の僅かな光でこうも印象が変わるのだと笑われた気がした。
「何だ、君まで似たようなことを言うつもりか?」
「いいえ」
ツォンは即答。ルーファウスはそれが面白かったのか、僅かに目を細める。
「では何だ」
周りを気にしてか。内緒話をするように顔を寄せるルーファウスにツォンは溜息を落とした。この場合は絶対に嫌がらせだと分かるから、余計にそうするしかない。
「あなたを見ていたのでしょう」
「私を?」
ツォンが告げた内容を理解したルーファウスは一瞬嫌そうな表情を見せた。
「そう思うなら少しは考えて行動してください」
「小言だけは得意になったようだな」
「ええ。おかげさまで」
切り返されると思っていなかったのか。
ルーファウスの表情は、不快感から驚きへ、続けて楽しそうなものへと変わる。
「ツォンにしては気の利いた答えだな」
お気に召したらしい彼はそのまま近くの出口に向かう。
「……ルーファウス様」
「来い、ツォン」
ふわり。
誘うようにルーファウスの傍を光が通り抜ける。
本来諌めるべき行動だと分かっていてなお抗えなかったツォンは、ルーファウスに付いて人口の自然を後にした。

ツォンルーというかツォン+ルーで蛍狩り。 着物(浴衣)なのは趣味ですよ完全に。この後別室で何をしたのかはご想像にお任せです(笑) どうにもツォンは必要以上にヘタレだと思っている所為か、この二人を書くとルーファウスを男前にしたくて困ってしまう……いや、男前なんですけどね!

2008/07/12 【BCFF7】