絡む息を遊ぶ
したい、と気持ちが動いたのに少し驚く。
今まで行為は単に生理現象と直結していて。だから本当は方法なんて知らなかった。
ただいつか目にしただけの知識を全力で頭の中からかき集めて、あとはもうあたって砕けろ的に行為にぶつかっていったんだけど、触れた瞬間彼は拒んだ。
思い詰めた顔で視線も合わさずに腕の中から逃げ出したシリルを思い出して、さっきから苛々が収まらないカイル。その勢いのままビル内部を徘徊する彼の行動は自然と荒くなる。
傍から見れば、ストレスが溜まって檻の中でぐるぐる回っている獣のよう。
自分の中に罵倒語を並べながら歩くのは、思ったよりも感情を整理する役にはたったらしい。少し頭が冷えた。
それと同時に本来の目的を思い出して資料室の扉を開く。天井まで連なる書棚に視線を走らせながら進んでいくと、人の気配を感じた。
普段ならあまり人が近付かない、古い資料ばかりを並べた棚のさらに奥。
そこに居たのは知った顔だった。
壁に背を預けているのはついさっき別れたばかりのシリル。その前に立ち、耳を寄せて話を聞いているらしいのは、ジェイド。
僅かに開閉するシリルの唇は言葉を紡いでいたが、ジェイドが耳を寄せなければならないほどその声は細く。とてもカイルの所までは聞こえてこない。
そのうち、おかしそうにジェイドが笑うと、何に笑われているのか分からないといった顔をしたシリルの頤に指を這わせ、唇を合わせた。
傍から見ても分かるほど深いくちづけ。合間に紡ぐシリルの息と、僅かに寄せられた眉。
深浅をくりかえすくちづけは粘度を増していき、わずかに水音が混じる。
口端から零れた唾液をぺろりと舐めとったジェイドの楽しそうな表情で正気に戻ったカイルが、一気に爆発した苛々をぶちまけるように派手な音を立てて二人の間に割り込んだ。
頭の中は、何で自分は酷く拒絶されたのに、コイツだとそんなに色っぽい表情で許すんだと、そればかり。
「カイル……!?」
驚いたシリルの声。かまわず彼からジェイドを引き剥がそうと手を掛けたところで、逆に手首を取られ、勢いを外に逃がすように回転させられて床に引き倒される。
押さえ込むように足を絡め、カイルの上体に伸し掛かったジェイドが鮮やかに笑った。
「せっかくいいところだたのに……あんまりオイタしちゃだめだよ、カイル」
至近に呟かれた言葉は圧力と、色香と、からかいを混ぜ。ただし笑顔が鮮やか過ぎる分だけカイルの恐怖を加速させた。
「……と言っても相手が君じゃ口で言っても分からなさそうだし、実力行使でいくね」
今度はからかいが強くなった言葉の後。
簡単に床に這わされたのが悔しいのか唇を引き結んで必死に視線を外しているカイルの頬にジェイドの指が触れる。
覆うように頬を包んだ手は、そのまま肌の先を辿って顎を包む。指先がゆっくりと唇を掠める。
むずがゆい感覚に抗議の声を上げようとカイルがジェイドを睨んだ瞬間、声は塞がれた喉の奥に消えた。
あわせられた唇を辿るようにジェイドの舌が入り込み、カイルのそれを誘う。
口内で動く舌で息が絡み、喉の奥に落ちた。おいで、というように促されて舌を差し出せば、薄く触れる歯が表面を撫で、追うように舌先で辿られる。
うまく息ができず、酸欠に近い頭で濡れる唇と喉の感触を感じる。流れ込んだ水分を無意識に嚥下したところで、不意に自由になった。
呆然としたまま浅く呼吸を繰り返すカイルの焦点は半分くらい合っていなかった。
「あれ? ちょっとやりすぎちゃったかな?」
戻っておいでー、と軽く頬を張りながらの口調は本気で心配しているというよりはからかうような色が強い。
一部始終を傍で見る羽目になったシリルが溜息を落として片手で顔を覆った。
「な……ななななな……なっ……」
おそらくは何をするんだと言いたいのだろうカイルの口からは、パニックを起こしているために先が出てこない。
「思ったよりもいい反応だね」
相変わらず楽しそうに笑ったままのジェイドが、ねぇ、シリル? と背後の人物に同意を求める。
内心どう思っているのかは崩さない態度からは読み取ることは出来ない。そのまま彼は沈黙を守った。
同意を得られなかったジェイドがカイルに向き直る。
「こういうキスは知らない? でもシリルは僕より上手いよ」
こんな調子だとカイル、キスだけでイっちゃうかも。
男としてそれはどうなんだという事を平気で言い放ったジェイドが立ち上がってシリルに近付く。
「ね、シリル。カイルにお手本見せてあげたら? 何度も歯ぶつけられるの、嫌なんでしょ?」
まだ顔を覆っていた手を外させて、覗き込むように屈み込んだ。
「……知るか」
「は……歯?」
はき捨てるようなシリルの声とマヌケなカイルの声が重なる。
ジェイドの呼びかけにもシリルは顔を上げない。だがその言葉は行為自体を忌避しているわけではないことを意味することを、さすがのカイルも把握出来る。
ただまっすぐにあたりすぎただけだと、それは語る。
若さゆえ、と言われればそれまでだが。
数秒で立ち直ったカイルが勢い込んで二人に近付く。
「なあ」
声を掛けたカイルに、一瞬止まって。何をするつもりなのかと見守る体勢になったジェイドと、訝しげに顔を上げたシリル。
「教えてくれよ、シリル。俺、絶対ジェイドより上手くなるから」
あまりにストレートすぎる言葉。
耐え切れず腹を抱えて笑い出すジェイドを横目で眺めて、シリルは幾度目かわからない溜息。
「バカが」
「うわっ。ひでぇ」
悪かったな。どうせ俺はガキだよ。大人の駆け引きのキスなんて知るもんかと一人拗ね始めたカイルに笑っていたはずのジェイドの腕が伸びた。
背後から抱きしめられる恰好になる。
「なんなら僕が教えてあげてもいいよ? 望むならキス以上も、ね」
「いらねぇ!!」
とたんに拒否反応を示して喚くカイルの耳を噛んで黙らせる。
その指がネクタイにかけられた段階で、本気で泣きが入ったそのこめかみに軽く唇を触れさせて、ジェイドは手を離した。
勢いのまま逃げ出したカイルがそのまま進んでシリルを盾にするように無理矢理壁の間に入り込む。
「シリル、あいつどうにかして……」
「……俺にどうこうできる相手だと思うか?」
普段ジェイドの言葉に翻弄されているもの同士、深く溜息を吐く。
地に落ちた二人分の溜息は重く沈んで、ジェイドの笑みがら逃げていった。
2006/07/01 【BCFF7】