語る言葉は過去を紡がず

「よぉ。美人さん」
面と向かった第一声は最悪。
僅かに眉を顰めた青年に、葉巻を銜えた男はにやりと笑った。
癖のある髪は鮮やかなオレンジに近く、濃い色のサングラスに覆われた瞳の色は判然としない。
目元を隠しているにも関わらず、豊かな表情は大げさなくらい感情を示していた。
男が本気でそう呼びかけたことを悟って、青年は嘆息した。
「そう呼ばれるのは嫌いか?」
「……俺は男だ」
「もちろん、分かって言ってるのさ」
火のついていない葉巻を揺らして笑う男のペースに己を乱されて、青年は思わず銃を抜いた。
まっすぐ額を狙う。
鬼と呼ばれた男。戦場の死神。
彼に付いた二つ名はどれも豊富な経験と実力に裏打ちされた恐怖の対象としての名。
それを先に聞いていてなお、青年は銃を構える行動に躊躇を見せなかった。
男もそれに気付いたのか口元の笑いは至極楽しげ。
「警告だ。これ以上、俺に構うな」
「過激な挨拶だな」
軽い口笛。
突きつけられた銃など気にも留めないように数歩の距離を埋めた男が無造作に手を伸ばした。
くしゃり、と青年の髪に触れる。同時に男の眉間に銃口の先が触れた。
「お前さんだろ、ジュノンで黒いアバランチをやったってのは」
「……それがどうした」
「おいおい、そう邪険にすんなよ。単に話を聞かせてもらいたいと思っただけだ」
「レイブンのか……」
軽い言葉とは裏腹に仕事の話だと分かったからか、わずかに青年の態度が軟化する。
やっと銃口を下ろした青年に男は指を立てて背後を示した。
「立ち話もなんだな。向こう、行くぜ」
「ああ」
本部に併設された休憩用のスペースに足を運ぶ。
遠慮など一片の欠片もなく深くソファに沈んだ男に対し、青年は端のほうに浅く座った。
「おいおい、そんなに警戒するなよ」
「別に……ただの癖だ」
それでも、話をするには不自然な距離だと思ったのか、丁度男が座ったソファから直角にせり出した箇所に座りなおす。
「まだ固いな」
どういう意味かと青年が問いを投げる前に、近く独特な葉巻の香りが触れた。
「なっ……」
とん、と眉間に指先が触れる。
「そんなにしかめっ面してるとココのシワが消えなくなっちまうぞ?」
「余計なお世話だ」
どうでもいいが離れろ、とすげなく胸元を押す手を取って男はさらに距離を詰めた。
「そういう態度を取られると逆の行動したくなるんだよ。俺みたいな奴は」
男を誘うのはもう辞めたのか、と問われてますます表情を歪めた。
「……面倒な」
くくっと喉で笑った男に対してほとんど敵意すらこもった視線を投げる。
「まあ、冗談はコレくらいにしておくか? お前も、昔の事は語りたくないクチだろう」
「だったら最初から言うな」
「もっともだ。だが、手っ取り早く距離は縮まるだろう」
「開くの間違いじゃないのか」
男の意図を悟ったからか、青年の声は平常通りの温度に戻っていた。
「いいや。縮まるで間違いねぇよ」
「だとしたら一方的に、と付けてくれ」
「おいおい、この後に及んでそれは無いだろ?」
殆どソファに押し倒されている体勢になっている青年はもう一度視線だけでどけ、と語りかけた。
苦笑を洩らしたものの、今度は素直に男も従う。
「話を聞きたいというのは方便か?」
「いいや」
先ほどよりも僅かに近付いた距離。それでもエル字型のソファに直角になるように座る。
「それは真面目な話だぜ。ただ、堅苦しいのは苦手でね」
たとえ男でも折角視界が華やかならそれなりに楽しみたいと思うだけさ。軽い笑いと共にそんな言葉を吐いて、近くのローテーブルから灰皿を引き寄せて銜えていた葉巻に火をつける。
「……今の俺はタークスだ」
「ああ。分かってる」
「なら、昔の話を持ち出すのはやめてくれ。あんたもさっき自分で言っただろう」
過去を語りたくないのはお互い様だろうと呟く。
男は苦笑と共に分かった、とだけ返した。
「さて、それじゃあここからは真面目な話だ」
改めるように煙を吐いて、まださほど吸ってもいない葉巻を灰皿に押し付ける。
「聞かせろよ」
本当に真剣な表情になった男は先ほどふざけていた時とは別人のように鋭い。
溜まった唾液を苦労して飲み込んで、青年は口を開いた。
「俺も大した情報を持っているわけじゃない。それでも構わないか?」
「ああ。俺が知りたいのは感覚だ。何でも構わねぇよ」
「分かった」
繰り返された男の要請に応えるように、青年は自ら何度か対してきたレイブンという存在について語るために唇を湿らせた。

冬の時に頒布したレジェンドニチョ無料折本から再録。 手持ち分がなくなっちゃったので。 レジェンドニチョ、いいんじゃないかなーと思うんですよ。うん。

2007/01/31 【BCFF7】