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かちり、銜えた紙巻きに火をつける。
仕事の後、本部に戻って。
なんとなくクセで一人、煙草を燻らせていた。
「シリル、煙草吸うんだな、と」
意外そうな言葉だが、その口調は全然そうだとは言っていない。
「レノさん」
喫煙ブースの仕切りは透明だから、中に居たシリルに気付いたのだろう。
ひょっこりと顔を出した赤毛の先輩は、すたすたと近付いて手近な椅子を引いて座った。
一本くれないか、と言われて無言で箱を差し出す。
軽く振れば、残り少ない箱の中で軽い音。
飛び出した一本をレノが手にする。瞬間、彼からは微かに血の匂いがした。
もしかしたら、同じような理由でここに来たのかもしれないと思う。
レノが煙草を銜えるのとほぼ同時。その前に火を差し出す。
いつも通りの無表情のまま、何も意識せず。
遠慮なく火を点して、レノが微かに、笑う。
「……何だ？」
「つけてやるのがクセになってるぞ、と」
瞬間、嫌そうに眉を顰めたシリルに、今度は声を上げて笑った。
「なかなか抜けないものだろ、くせってのは」
それは実感していたのだろう。シリルが頷く。
「そのようだ。難儀だな」
闇を歩いてきた自分の姿が見え隠れする。
「まあ、暫くここに居れば変わってくるだろ、と」
とりあえずここは空の見えない場所じゃない。
そうやって、生きていることを実感するのかもしれない。
少しだけきつい煙草も、そうやって手放していけるだろうか。
どれだけここに居られるのか。
それらは皆、普段は考えないようにしている問題。
無駄に立ち上る煙を目で追う。
「シリル」
名を呼ばれで視線を戻せば、相変わらず口の端に笑みを浮かべたレノ。
「飲みに行かないか？」
珍しく問いかけの形の誘い。
「ああ」
翌日が非番だということを思い出して頷く。
「そうこなくちゃな、と」
深く煙を吐き出して、短くなったそれを灰皿に押し付けた。
行くぞ、と言って立ち上がったレノから煙草の匂いがする。
かき消される任務の内容とその残滓。
「ああ。どこに行くんだ？」
「いい店みつけたんだぞ、と」
「この前のような店じゃないだろうな？」
以前連れて行かれた店は女性だらけだった。
レノが女好きだということは知っているから口を出すこともしなかったが、彼女達がしなだれかかってくるさまはなんとなく居心地が悪いのも事実。
「何だ、シリル。女性の扱いは上手いくせに苦手なのか？」
「……無意味に接触するのが嫌なだけだ」
女嫌いというわけでもないのだが、これもきっと過去に起因するのだろう、と自己分析する。
なんとなく思い出す何人もの女性は、自分の相手ではなく。
ただまったく無関係でもなく。
彼女達への立ち振る舞いは自然に覚えた。必要であったが故に。
それでも泣きながら部屋の隅に居た者や、ほとんど発狂していた者の姿も見てきているから自分から近付こうという気にはならなかった。
押し黙ってしまったシリルの態度に何かを感じたのか。
レノが僅かに目を細める。
「今回は違うぞ、と」
隠れ家的な小さい店だというレノの言葉に少し安心する。
並んで歩きだ出せば、もう匂いも感じなくなった。
同じように、自分に染み付いた匂いも隠せているだろうか。
自分ではもう慣れすぎて分からなくなってしまった硝煙の匂い。
煙草の匂いと、どちらがマシだろう。
「ああ、そうだ」
呼ばれて思考に埋まりかけていた意識を引き戻す。
「そういえばお前明日は非番だったよな、と」
「そうだが」
エレベータが目の前にとまったのを見て、開閉スイッチを押したまま、応える。
扉はそれに応えて広く口をあけたまま、人が乗り込むのを待っていた。
レノが先、シリルが後に乗り込む。
1階のボタンを押せば、待ちかねたようにエレベータが動き出す。
「レノさん？」
続きを口にしないレノに、名を呼ぶ形で問えば、にやりと返る笑い。
嫌な予感がした。
エレベータの通過階を示す表示が急激に減っていく。
到着を知らせるベルが鳴ったのと同時。
なにかが、耳朶を掠めた。
僅かな熱と、はかない感触。
「なッ……！」
「送り狼に注意だぞ、と」
至近距離で見る、楽しそうな笑み。
ぺろりと唇を舐める様子に何をされたかを察することが出来た。
抗議の声は軽く流され、逆に腕を引かれてバランスを崩しそうになる。
「朝まで突撃だからな。逃げるなよ、と」
強引な言葉に軽く溜息をついて、それでも振りほどくことが出来ずに。
「わかった」
ただ肯定の返事を口にした。