Last Kiss
遠くで金属が軋む音がする。
ごうん、ごうんと断続的に響く音は、歪なキメラと化した都市の嘆きか。
空中都市ミッドガル。
その中心の、一番高みにある部屋で、血の汚れなど知らないとばかりに全身を白で固めた青年は思わずというように笑みを零した。
無言で彼の目の前に立つのは全身を黒のスーツで固め、同じ色の髪を背に流した男。
対照的な色彩が、頭上に砲台を頂き、光を失った部屋の中に陽炎のように浮かび上がる。
デスクを挟んで全面ガラス張りになった部屋から見えるのは、ミッドガルというキメラの口。
シスター・レイと呼ばれた、かつては優雅にジュノンから海を睨んでいた砲台は無理矢理連れて来られたミッドガルで、腹を露にしながら必死にしがみついている。
青年はガラス越しにちらりとそれに目を向けてから、身動ぎもせずに部屋の中央に立つ男を手招いた。
わずかにではあるが、男は片足を引き摺っている。
「何をしに来たんだ?」
あと数歩。
男が止まった距離がそのまま今の自分たちの関係を示す距離だとでも言うように青年は笑った。
「……確かめに、です」
逡巡の末に告げられたのはそれだけ。
「私が逃げ出すとでも?」
「いいえ」
ゆるりと。わずかに首を振った男の動きに合わせて空気がざわめく。
「なら、ただ姿を見たかったとでも言うつもりか? 戯れ言に付き合う暇はあいにくと無いぞ」
さっさと己の務めを果たしに行け。
笑みすら含んで投げられた言葉に、ようやく安心したとでも言うように男の頬が緩んだ。
「ルーファウス様……」
それは過去の呼び名。途切れた言葉の先を、青年は笑い飛ばす。
「ツォン、煙草を一本寄越せ」
「は?」
男が普段はあまり吸わないのを知っている。だが、切らすこと無く持ち歩いていることも知っていた。
「私はもう子供では無いのだがな」
差し出される掌。男が手を伸ばしてもその手に触れることは叶わぬ距離に居ることを分からないわけでは無いだろうに、ルーファウスはあえて艶然と手を伸ばす。
ツォンは深く溜め息を落とした。
一歩。
近付く。手の先どころか、あと半歩で肩が触れ合う距離。
スーツの内側から取り出した紙の箱を振ってルーファウスの前に差し出すと、彼は遠慮も無しに一本を銜えた。
ぽつりとツォンの掌で小さな炎が生まれる。
ルーファウスが銜えた紙巻きに火を移しただけでそれは掻き消えて、薄い煙が二人の間に上がった。
「おまえもどうだ」
最後かもしれないぞ。
からかうように告げるルーファウスに、ツォンは苦笑を零して、新たな煙草を手に取った。
「ラスト・スモーキングには早いと思いますが」
「私ではない。おまえがだ」
タークス主任は死んだと。
誰もが思った中での帰還だったからこそ。
誘うように、ルーファウスの口元で紅が揺れる。
同じように先を銜えたツォンは、無言のままに先を触れさせた。
じり、と。
熱を分ける音。
灰が零れるのも構わずにまるで愛撫でもするかのように先端を擦り合わせる。
閉じられない瞳が反射した光が強くお互いの意識に滑り込む。
一瞬の間を置いて離れた二人は、吐き出した煙を混ぜてうっそりと笑った。
「仕事に行きます。レノ達だけに任せてはおけませんから」
「ああ」
もう一度。ルーファウスの口元で紅が灯る。
「ルーファウス様」
これを。
ツォンが差し出したのは形態灰皿。
主が煙草を吸わなくなってから、この部屋に灰皿は無い。
「デスクを汚したら次の仕事の時に困るでしょう?」
「……そうだな」
無造作に差し出された手にそれを握らせて。ツォンは踵を返した。
片手にはまだ火がついたままの煙草を挟んで。
行って参ります、と。
扉が閉じる瞬間に小さな囁きがルーファウスの耳に残った。
2009/12/03 【BCFF7】