波間に漂う光
陽気、自然、波の音。
これに抗えという方が無理だ。
さっさと言い訳を考えながら直接日の光があたらない場所に座りこむ。
これが夜なら、間違いなくバイクを引っ張りだして街中をかっとばしに行っただろう。
「見つけた。カイル、さぼってちゃダメでしょ」
「げっ。ジェイド」
「いくらなんでもそれはないんじゃない? せっかく怒られる前に呼び戻してあげようと思って捜したのに」
軽い口調は、いつもそうであるようにからかいの色が強く。
笑いが混じるせいで、感情はたやすく隠されてしまう。
溜息したカイルがジェイドを見上げる。
すぐ近くまできていた彼は、笑みを落とすと、カイルと並ぶように座り込んだ。
その距離の近さに、絶対嫌がらせだこれは、と思う。
「ジュノンは、日の光がまぶしいよね」
細かく日の光を反射する海が日の前。
若干唐突ではあるが、そんなのはいつもの事で、今更気にするような事でもない。
だがその時のカイルは異和感に眉を寄せた。
「昔は……もっと眩しかったさ」
「そうなの?」
「ああ。上の街が出来る前は、もっと……」
言いかけて、やめた、と言うように口を噤む。
「カイルはここ出身なんだっけ?」
だからかな。
一人で納得したような声に苛立って、ジェイドの方に向き直る。
「出身はここじゃねぇよ。一応ミッドガルだ。だけど、育ったのはこの街だ。海が……寂れて、ボロボロで、でも上の街の隙間から光が射す。それを反射する海が好きだった」
カイルの言葉は昔を見ている。
ジェイドはそんなカイルに気付かないかのように遠く海を見ていた。
「カイルが相手だとさ、真っ直ぐ感情をぶつけられるから。眩しいんだよね。そんな風に好意を向けられる事に慣れてないから、拒絶しようとして……しきれないんだと思って」
「それはシリルの事か?」
「そうだよ。彼、何だかんだ言って君を気にしてるから……」
視線を合わせないままで笑うジェイドに、カイルの中に沸き上がってきたのは苛立ち。
「嘘だろ、ソレ」
「どうして?」
「確かにシリルもそうかもしれねーけど。今のはあんたの事だろ」
腕を掴んだ段になってジェイドはようやくカイルを見た。
はりついているのは、驚きの表情。
それだけでは本当なのか、嘘なのかも分からない。
「あんたも、シリルも、隠すのが上手いけど。俺だってそんなにバカじゃねぇよ」
抵抗も無いままに体勢を崩したジェイドを腕の中。
最初だけは柔らかく。まだ慣れないリードでのキスはたどたどしい。
それでも、以前と比べれば。
知らず洩れそうな笑みを押し殺してジェイドは応えるように舌を絡めた。
「少しは……上手くなっただろ?」
「まだまだ、だけどね」
「ちぇっ」
むくれた顔を見せたくない、と自分に言い訳して。
ジェイドの抵抗が無いのをいい事に、きつく抱きしめて肩口に顔を埋る。
「なんか子供みたいだよ、カイル?」
「ほっとけ」
「この体勢で言われてもね」
触れる温もりに僅かに口元を綻ばせて、息を吐いた。
一瞬だけ離れて、ジェイドの頭を引き寄せる。
驚いた顔が胸元に埋まった。
「あんたはこんなことしないだろ」
それに、されることもほとんど無い。いつも己が触れるから、それで満足だと笑う。
「そうだね。でも嫌じゃない」
「ならいいだろ。このまま大人しくしてろよ」
誤魔化すように悪戯を仕掛けようとした手をそんな言葉で抑えられて、ジェイドが笑う。
「君には言われたくないよ」
抵抗にすらならない言葉は軽い息で流されて。
逆に逃がすまいとするように軽く力を込められる。
「そんなことしなくても僕は逃げないよ?」
「分かってる」
俺がそうしたいだけだ。
紡ぐ言葉は無自覚の口説き文句だと気付いているのか。
恐らくそんなこと欠片も思っていないに違いない。
ジェイドは口元を緩めてカイルの背に腕を回した。
「こんなところで、浮気してていいの?」
「浮気って何だよ……」
「えー。だってこんな状況で二人っきりなんだよ? 密会じゃなくてなんていうの?」
さっきキスまでしちゃったしね。
意地悪く言えば思いっきり突き放される。
「危ないなぁ。海に落ちちゃうところだったじゃない」
「あんたが変なこと言うからだろ!」
「カイルってば、かわいいね」
にやにやと笑うジェイドにはめられたと思った時にはもう遅い。
この手のかけひきでカイルがジェイドに勝てる事はまず無い。
分かってたはずなのにのってしまったのは自分のミスだとカイルは髪をかきまわした。
「そんなんだから誰も触れられねぇんだろうが」
「別に構わないよ。ところで、そろそろ集合時間なんだけど」
結局、僕もサボっちゃったと笑うジェイドに、カイルは共犯だよなと告げて口端を上げる。
「仕方ないね。サボリの罰で泣いているカイルを見るのはまたの機会にするよ」
「なんだよそれ」
連れ戻しに来たのだと最初に言ったのは嘘だったのかと問えば、あいまいに笑ってごまかされる。
「ったく相変わらず何考えてんのか分からない野郎だな」
「だからいいんじゃない。スリルがあって楽しいでしょ?」
「あんたは存在そのものがスリルありすぎ」
先に立ち上がったカイルがジェイドの目前に手を差し出す。
「行こうぜ。あんたと二人並んで説教なんてゾッとしねえ」
「……僕もごめんだよ」
差し出されたカイルの手を取って、ジェイドも立ち上がる。
ありがとう、と告げられた声は小さく。
それでもカイルの耳には届いて、その口元を綻ばせた。
2007/03/25 【BCFF7】