Nightmare
「ふ……っ……」
右腕に走る痛みで目が覚めた。シーツの海に投げ出された黄金が弧を描くように引き摺られ、流れを作って散らばる。
「くっ……」
細胞を喰い荒らすかのような痛みは、こんな風に唐突に甦っては持ち主を苦しめる。体力の衰えとともに耐える限界は近付き、やがては死に至るのだという。
肌に浮かび上がる黒点は細胞が死んでいるのだと認識させるに十分で、もし治療法が見付かったとしても失った部位は戻らないのではないかという気にさせられた。
原因不明の病気に、絶望し諦めてしまう者も多い。そんな中でも、彼は未だそれと闘う姿勢を崩してはいなかった。
外の光を完全に遮断した暗い部屋だ。
シーツを握りしめて丸くなり、しばらくそのまま痛みに耐える。
『社長』
ふいに。
無邪気に悪意を振り撒く子供の声が響いた。
ベッドに横たわったまま、顔だけを動かしたルーファウスは淡く輝いてさえいるような銀を視界の端に認めて苦笑を落とす。
「カダージュ、よく気付かれずに入れたな」
どこから入って来た?
問いかけはしたが、答えは分かっていた気がした。今の彼は先だって乗り込んで来たときよりも格段に存在感が稀薄で、そこに居るという感じがしない。
『わけないよ。今の僕は実体じゃないからね』
やはり、と思う。
「なら、何故わざわざ、と問いを改めようか」
好意が含まれてるとは言い難いルーファウスの声にも、カダージュは楽しそうに笑って、招待状を届けに来たんだ。と告げた。
「招待状?」
『そう。社長は来る義務があるよ』
ゆっくりとベッドの傍まで寄ったカダージュがそのまま乗り上げてくる。軋まず、沈むことも無いマットレスが、実体ではないという彼の言葉を肯定した。
触れることの無い指が、晒されたままの右腕、黒く変色した肌へと触れる。
ルーファウスは軽く眉を寄せた。
触れられないのだから、痛みなど無いはずなのに、視覚は触れられてると認識して幻の痛みを感じさせる。
『パーティーの招待状。場所は……』
耳元まで寄った唇がひとつの場所を告げた。エッジにある建設中のビル。
『忘れないでね、社長』
最初から断ることを許さない口調。ルーファウスは苦笑しつつも頷きを返す。
「私に一人でそこに行けと言うのか?」
『別に誰を連れてきてもいいよ。邪魔をするなら排除するだけだ』
「わかった」
確認するように念を押すカダージュは本当に子供のようだ。
頷けば嬉しそうに笑う。
『たのしみにしてるよ』
感覚を伴わない口付けが降る。
目を閉じないままで受けたそれは、やはりなんとなく触れた感触がして。ルーファウスは複雑そうに瞳を眇めた。
「……っく」
カダージュの出現時には確かに引いたはずの痛みが戻って来る。
痛みの間隔がだんだん短くなっている事には気付いていたが、タイミングが悪すぎる状況に舌打ちを洩らした。
『今はサービスしてあげる。だからおやすみ、社長』
星痕の痛みを認識したカダージュが再びルーファウスに近付く。抵抗出来ないのをいいことに、そっと星痕の上にくちづけを落とした。
「ッ……あ……?」
一度。二度。
触れたところから痛みが引いていく。驚いて見ているルーファウスの前で、肩口から順に繰り返される口付けは手の甲まで触れて。
最後に爪の先に触れて離れて行く。
名残を惜しむ気配はない。
そしてさすがにルーファウスも変化を受け入れないわけにはいかなかった。
「何を……?」
『これで眠れるでしょ?』
先程までルーファウスを蝕んでいた痛みは完全に消え去っている。星痕が消えたわけではないが、痛みが消えた腕を不思議そうに見遣った。
そのまま視線をずらして、まだ静かに淡く光を纏ったカダージュを見る。
「何故」
『ちゃんと来てもらわないと困るから』
「なるほど……理由はどうあれ、感謝はしておこう」
皮肉げな笑みを少しだけ崩して、ルーファウスは礼のための言葉を紡いだ。
一瞬、カダージュの瞳が揺らぐ。
『うん、悪くない』
同じように笑ったカダージュは、じゃあね、とだけ告げてルーファウスの前から掻き消える。
無意識に入っていた肩の力を解けば、長く息が零れた。
「社長? なんかありましたか?」
扉の向こうから赤毛の青年の声。
いつものことだから心配いらないと返して、瞼を落とした。
カダージュが告げた場所が、決着のための舞台になると確信しながら。
2007/10/08 【BCFF7】