ほんとうに些細な
「可愛いよね」
あまりにも突然のセリフ。
それを口にしたのがジェイドだったために、不幸にも傍に居合わせたカイルは慄いた。
「ななな何!?」
そんな彼は先曰オープンしたゴールドソーサーの闘技場でやられて以来、ジェイドを避けていると、まことしやかに囁かれている。
真相は本人達しか知らぬ所だが、カイルの過剰な反応を見ると八割がた真実なのではないかとも思えた。
「なに動揺してるの?」
「いや別に動揺なんてしてな……何見てるんだ?」
ジェイドが視線をおとしていたのは、自身の携帯電話。
ようやくその事に気付く。
「気になる?」
にっこり。楽しそうな笑み。
しかしなぜか背後に吹き出す黒いオーラが見える気がする。
「そりゃ気になるって言えば気になるけど……」
後が恐そうだから自分から見せてくれと言いたくないのが本音だった。
「なら見せて、って素直に言えばいいのに。もちろん、可愛くね」
どこまで本気なのか分からないセリフ。
「……そういうこと言う相手はシリルだけにしとけよ」
一緒に任務に行くことが多いために、何故か巻き添えでよく聞かされるセリフと同種の言葉に、思わず肌を粟立てる。
いつも眉を顰めているシリルの気持ちが少しだけ分かった瞬間だった。
ご愁傷様。こんな変態に気に入られて。
心の中でだけ呟く。
「たまにはいいかと思って。シリル、今居ないしね」
ふふ。と笑うジェイド。
「あんた、楽しんでるだろ」
「うん。カイルも可愛いよ。すぐ表情に出るからね」
「だーかーらー。俺を標的にするなっつーの」
もはやジェイドが見ていたものなどどうでもよくなって、食って掛かる。
ずかずかと寄って、睨みをきかせた。
それにゆっくりと視点を合わせて、ジェイドは軽く首を傾げた。
「そんなに近くで見つめても何も出ないよ? それとも誘ってるのかな?」
撃沈。
がっくりと肩を落とすカイルと、楽しそうに笑うジェイド。
「あー……もういい。俺が馬鹿だった」
「お前が馬鹿なのは今に始まったことじゃないだろう」
どっと疲れたような気がして、うなだれたままよろよろと離れていくカイルに、冷ややかな第三者の声がトドメをさす。
「シリル。お帰りー」
嬉しそうなジェイドの声に何を感じたのか。シリルが哀れそうにカイルを見た。
すかさずそれを捉えて、タックルするように飛びつく。
「シリルー。助けてくれよー」
「断る」
「ひでっ!!」
「離れろ」
不幸を訴えるカイルに更に冷ややかに返った声は、ステレオで聞こえた。
もっとも、右と左ではなく。前と後ろ。
今離れたら殺されると思った、とは後日談だが、任務から帰ったばかりで疲れのために機嫌の悪かったシリルは容赦がなかった。
自分で引き剥がせないと分かると、目の前のジェイドに目配せする。
了解、とばかりにジェイドはカイルの両脇に手を差し入れた。
「ほら、カイル。離れて。欲求不満なら僕が解消してあげるよ?」
「勘弁してくれよ!」
完全に引き剥がされる前に自ら離れて、そのまま脱兎のごとく駆け出していく。
思っても見ない展開に、シリルは暫く呆然としていた。
影でジェイドが笑う。
「……お前、あいつに何をしたんだ?」
「別に何も。普通に話してただけだよ」
その日、社内を半泣きで駆けていくカイルの姿が複数の社員に目撃され、ツォンさんが胃を痛めたとかなんとか。
2006/05/10 【BCFF7】