刃の誘い
似合わない場所に似合わない姿。
そこここに華やかな彩が咲く会場で、いつもと変わらぬ黒のコートを着た彼はひどく目立った。
場所が場所だけにさすがに常識外れの長さの刀は持ち込めなかったらしい。
なんとなく気になって彼がこちらを見た瞬間ににっこりと微笑む。
思ったとおり、彼は一瞬のそれに気付いて青年の傍に並んだ。
「やあ、セフィロス。……久しぶり、って言っていいのかな?」
「……ジェイド」
小さくはあったが己の名を呟いたセフィロスにジェイドはもう一度笑みを見せた。
「一応覚えていてくれたんだ?」
さっぱり会いに来てくれないから忘れられたかと思った、と告げれば動くこともなかった口角が僅かに持ち上げられた。
「オレは忙しいんだ」
人使いの荒い上の連中のお陰でな。
その二人は並んで壁に背を預け、声を落とした。
一応、セフィロスの言う『上の連中』がそこらじゅうに居るような状況で声高に話をするのはさすがに躊躇われた。
英雄となっているセフィロスはともかく、ジェイドのほうはさっくりと消されかねない。
「なんか全然会えなかったからさ。ずっと言いそびれていたんだ」
あの時は、有難う。
フロアに咲く華にも負けないほど鮮やかに笑う。
それを受けたセフィロスが目を細めた。
ジェイドの身を包むのはタークスであることを示す漆黒のスーツ。
お互い着ている物こそ場にそぐわないが、それをわざわざ取り正すような反神羅の不心得者が居るはずもなく、珍しい取り合わせに遠巻きに視線を送るものが数人居るだけで邪魔が入ることもない。
「オレはただ頼んでいた物を取りに行っただけだ」
「でも助けてくれたし」
「ただのついでだ」
取り付く島もない返答にジェイドは笑いを苦笑に変える。
「そういう所も好きだけどね」
「随分といきなりだな」
「そう?」
「まあ、おまえらしいといえばそれまでだがな」
ふ、と息を吐く姿も。流れた髪に隠れて僅かに笑む様子も以前と変わらない。
そのまましばらく昔話に花を咲かせていると、部屋の反対側、窓の方で小さな悲鳴が上がった。
二人も同時にそちらに視線を投げる。
ホールに居た人影が一斉に下がったために、その光景は良く見えた。
開いていた窓から何匹かの有翼のモンスターが侵入している。
「珍しいね」
一応護衛任務で来ているジェイドは、護衛相手だけを誘導するべきだったのかもしれない。
だが、一歩を踏み出した彼の前に伸ばされた腕があった。
「セフィロス?」
「貸せ」
短い言葉で求められたものを察して苦笑する。
「パフォーマンスは構わないけど、あまり乱暴に扱わないでよ?」
「何を言う。多少無茶をさせたところで、簡単に壊れるものでもあるまい」
持ち主と一緒でな。
あてつけなのか、本音なのか。判別のつかない口調で言い切ったセフィロスが渡さされたジェイドの刀を抜き放つ。
彼が普段使っているものと比べれば短かすぎる刀だが、不足は無いというように軽く振って、部屋を横切った。速すぎる刀は空気の刃を纏わせてモンスターを両断する。
収縮した傷口からは派手に体液が飛び散ることも無く、一人でカタをつけてしまった英雄は向かったときと同じように静かな足取りでジェイドの元まで戻ってきた。
「さすがだね」
自分ではこうはいかない。ジェイドは己の力量を分析して笑う。
空気の膜に遮られて、汚れの一つも許すことが無かった刀を受け取る。
廊下側まで下がった一団が注目している事に気付いて、眉を顰めた。自然と表情が苦くなる。
「あんまり目立たない方が望ましいんだけどね」
「表と裏か……くだらんな。別に不仲というわけでもない」
「君はそうだろうけど、上の人たちはそうでも無いみたいだよ?」
「勝手にやらせておけ。どの道現場に出てくることもそうそう無い連中だ」
そこまで口にして、思いついたようにセフィロスが青年の正面に立った。
「次の任務、おまえが一緒に来い」
突然告げられた事に驚きの表情を見せたジェイドだが、すぐに意味を理解して破顔した。
セフィロスの次の任務に、タークス側から一人出る事は聞いていた。その時点では誰になるかは決定していなかったが、おそらく今の彼の一言で、命令が下ったときに青年が指名されることは確実だろう。
ジェイドの中に戦いの高揚が揺らめく。
「もちろん、よろこんで」
警備兵が参加者を誘導して解散させていく中で、英雄だけに極上の笑みを見せてジェイドは頷いた。
2006/11/20 【BCFF7】