くもりのち太陽
「何ッスか?」
「いや……何でもない」
あたたかいような、くすぐったいような。それでいてどこか戸惑ったような視線を感じて、ティーダは首を傾げた。
一緒に行動している四人のうち、セシルは寝床の確保、フリオニールは夕食の支度にそれぞれ忙しく、己の作業に集中している。クラウドは辺りを警戒して見張りに立ち、フリオニールから火の番を頼まれたティーダは、様子を見て時折枝を足してはぼんやりと考え事に沈んでいた。
そんな彼が唐突に気になったのは、見張りとして辺りを警戒していたはずのクラウドの視線。
それに、どこか覚えがあった。
まるで弟を見守るような優しさが滲む。
今のメンバーの中で、一番下だと自覚のあるティーダは、どこか弟扱いされていることに気付いていても文句を言うことは無かった。
少しだけ、懐かしい感覚だったからかもしれない。
曖昧にしか覚えていない、鮮やかな碧の植物と、どこまでも眩しく光を遊ばせる蒼の海。
遠くで指笛の音。
今はダメだと。思考のどこかがその音を追うのを押し留める。
「そう言われると余計気になるッス!」
「本当に何でもないんだ。ただ、つい……」
一度口を閉ざし、多少の間を置いて。
クラウドは自らの考えに照れたように瞳を揺らした。
ほんの少し。口の端が上がる。
「つい、目が追ってしまっただけなんだ」
それを、と手の中のものを示されて、ティーダは納得したように笑みを返した。
ティーダが手にしていたものは、普段ならフリオニールが持ち歩いているいくつもの武器。
邪魔になるからと、火の番をする役と共に預かったものだ。
「クラウドでもこういうの珍しいッスか?」
ひと通り辺りを確かめて、カオスに連なるものの気配が近くに無いことを確認すると、クラウドはティーダの横に腰を下ろした。あたりに散らばった武器に手を伸ばしかけてやめる。
別に触ってもフリオニールは怒らないだろうにと笑うティーダに緩く首を振って、その場で片膝を引き寄せた。
「剣や槍はともかく、弓はあまり近くで見る機会が無いからな」
ああ、と。
ティーダが頷く。
「じゃあ、クラウドの世界って、弓の代わりに何使ってたッスか?」
飛び道具が無いということは無いだろう。だったら……と、どこか期待するようなティーダの問いに、クラウドは不思議そうに彼を見返した。
「……主に銃器だな。魔法を主力にするには制限がきつい」
「制限?」
魔法の概念も、修得方法も、世界によって違う。だからこそティーダの問いはもっともで、クラウドも億劫がらずに説明の口を開いた。
「俺が居た所では、マテリアを媒介に魔法を使う」
クラウドの手元には、いつの間にか彼の持つ大剣が姿をあらわしていた。
剣に穿たれた穴から、宝石のような赤い輝きを持つ珠を外す。
「これがそうだ」
ほのおのマテリア。
告げられた名前だけでそれが持つ力が分かる。そう言えば、クラウドが使う魔法はファイアだったとすぐに思い当たった。そのマテリアとやらが、系統ごとに分かれているのだろうともすぐに予想がつく。
手のひらに乗せられたそれをまじまじと見遣って、ティーダはこの世界の召還石みたいだなと感想を漏らす。
「似たようなものかもしれないな」
戻ってきたマテリアを剣にはめ直して、クラウドは薄く笑った。
「マテリアは星の力を凝縮したものだ。自然に出来ることもあるが、基本的には明確な意図を持って人工的に生み出される」
「じゃあ、それを持ってれば誰でも魔法が使えるってこと?」
「そうなるな」
ただしマテリアは星の力を借りるものだから、使えばそれだけ星の命を縮めることになる。
と言ってもここではあまり意味が無いかと苦笑して、肩を竦めた。
そっか。と呟いたティーダが、あたりに散らばる武器を寄せて気軽くクラウドの背に己のそれを凭れさせる。
「おい、ティーダ」
「……別にちょっとくらいいいじゃんか」
抗議するような声を上げたクラウドに、ティーダは普段より数段低い声を返す。
「オレのとこには剣も、槍も、弓も……もちろん魔法もなかったんだ」
「ティーダ?」
様子が変だと思ったのか、クラウドが振り向こうとしたのを制して、ティーダは笑った。
「毎日練習して、試合に出て。敵なんて居ない。命のやり取りなんて無い日々。オヤジに……全部覆されるまでは」
がたりと音がして、くべた木が崩れて火が揺らぐ。
それにちらりとだけ視線を流して、クラウドは瞳を細めた。
ティーダの方に向き直ることも無く穏やかに瞳を細めて。預けられた背をほんの少しだけ押し返す。
「それが、ジェクトとの決着を臨む所以か?」
「そうだけど、違う」
「違う?」
意図に気付いたのか。ティーダの背が揺れて、笑い声が響いた。
「うん。オヤジに勝ちたいのはそれとは関係無いんだ。別に……それがどんな手段でも構わないんだよ」
安定しないティーダの声に、葛藤が垣間見える。それが不器用な甘えだと気付いて、クラウドは気付かれぬように笑みを洩らした。
気が付いた時には父親の姿が無かった己には分からないもの。多分それは、自分たちと敵対した神羅の社長が持っていた葛藤と同じもの。
こんな世界で無ければ。ティーダが言うその手段は口だけのものだったり、彼らが得意なブリッツボールであったりするのだろう。
無意識にすべてを受け入れてくれる相手というのはどんなものだろうか。
背にティーダの温もりを感じながらクラウドは考える。
見守り、包み込み、許すような愛を持つ母親ではなく、何を言っても最後には全てを負って前に立ってくれる父親の愛というのは。
「そうか……」
考えたはずなのに。出た言葉はそれだけだった。
「こら、ティーダ! 火、消えかけてるじゃないか」
「あ、悪いッス!」
フリオニールの声に、怒られたと舌を出して。ティーダの温もりは呆気なくクラウドの背から離れる。
これもまた甘えているのだと。気付いて、クラウドは火をつつくティーダを見ながら目を細めた。
どこかその温もりが離れてしまうのが惜しいとも思う。
ティーダは、意識して年少であろうとしているのではないか。そんな考えが浮かんだ。
いつも明るく笑っていて、口数が少ないクラウドにも、それを気にする様子もなく話しかけてくる。
「甘えているのは俺の方かもしれないな」
ただ穏やかに微笑むことが出来るという事実をクラウドは噛み締める。
視線の先で、ティーダが一度崩れた火を立て直すのに苦心していた。ふとその目が上がる。
「クラウド? 何か言ったッスか?」
「いいや」
自分でも驚くほど穏やかで、笑いさえ含んだ声が出た。
ティーダが不思議そうな顔で首を傾げる。
「かしてみろ」
「うわ!」
横から手を出して、すぐに火を立て直したクラウドに、感心したように声を上げて。大丈夫だったぞとフリオニールに手を振る。
「クラウド、ありがとな」
「気にするな」
くしゃくしゃと髪をかき回してやれば、やめろよと言いつつ楽しそうに笑う。
「なんだ、ティーダ。クラウドに迷惑かけてたのか?」
「かけてないッス!」
「迷惑なんかじゃない。火のことは、分かっていて放置していた俺も同罪だ」
全力で否定するティーダと、どこか苦笑が滲むクラウドの声。
「じゃあ、メシにするか。セシル!」
「うん、今行くよ」
とうに自分の担当ごとは片付いていただろうに、終わっていないふりをして二人の会話を聞き流してくれていたのだと、クラウドもティーダも知っている。
視線だけで礼を告げられて、セシルはふわりと笑った。
束の間、一緒に行動している四人は、火を囲んで穏やかな夜を過ごす。
遠くで約束のおとがする。
ここではないどこかで交わした優しい約束のこえがする。
2009/06/01 【DFF】