現光
幻の光景。
どこにもない風景。
朽ちたスタジアムは水をたたえることなどなく、名残の遠景と墓場のような観客席が横たわる中で、ゆっくりと虫にも似た光が飛び回る。
「幻光虫、か」
夜中であっても光が溢れていたザナルカンドでは見つけられなかった光。
もう帰れないと諦めた時に廃墟のザナルカンドで見た光。
生き物が死ぬと現れるものなら、生きている間も同じものではないとは言い切れない。
そこまで考えたところで気配を感じ、ジェクトは何か用かと声を出した。
一拍分の空白を挟んで。仰向くようにして気配のあるほうに顔を向けると、全身を黒い鎧で覆った影が自分を見下ろしている。
「別に用と言うわけではない」
通りがかっただけだと抑揚のない声で告げた鎧の人物は、逆に何をしているのだと問いを落とした。
「思い出に浸ってんだよ」
「それはそう呼べるものなのか?」
「あぁん?」
ジェクトは、どういうことだとは問わなかった。
代わりに鼻で笑う。
ゴルベーザが暗い鎧の奥でいぶかしむような色を浮かべたのに気付いて驚く。
「どっちでも別に構わねぇよ。単なる暇つぶし、ってやつだ」
ここは観客席。
観客は皆、夜毎派手なライトアップと熱気に包まれるこの場から、次々に登場するお気に入りの選手達に激を飛ばす。
選手は声援に応えて高く拳を掲げ、戦場の中心に飛び込んでいく。
もちろんオレ様が出れば桁違いの歓声でスタジアムが沸いた。
振動は外まで響き、一瞬だけ全てが沈黙に支配されて。ブザーとともに試合スタート。
すらすらとジェクトの口から語られるのはこの場には決して現れることのない幻の光景。
「……試合、と言うが何をするのだ?」
「ブリッツボールだ。決まってんだろ」
言ってしまってから、それでは通じないことに気付いたらしい。
乱暴に髪を掻き回してから、数回唇を開閉させ。
水中でボールを奪い合い、相手側にあるゴールにそれを入れればポイントが入る。最終的に点数が高い方が勝ちだ。そんな大雑把すぎる説明をする。
「なるほど。だが、どう見積もってもこの場にそれだけの水を集められるとは思えないが」
それとも実際は真ん中だけ相当へこんでいるのか。
ゴルベーザの発言は、何も知らない者から見れば至極当然の疑問なのだろう。
彼の言葉のままのプールを想像してジェクトは吹き出す。
「そもそも水の中なら光の屈折で外からはうまく見えない……私は何かおかしなことを言ったか?」
あくまで淡々と疑問を口にするものだから、ジェクトの笑いはエスカレートして、ついに堪えきれずに地面を叩いてしまう。
「やべぇ。笑いすぎてハラが痛ぇわ」
「どうやらその様子だと私が想像しているものは全く違うもののようだな」
冷静なままのゴルベーザの声に、しばらく笑いを返して。
ようやく口をきけるくらいまでに回復したジェクトが悪かったと告げた。
「下に水を張るんじゃなくて、空中に作るんだよ。こーんなでっけぇ水の球をな」
両手を目一杯広げて、ジェクトは空中に円を描く。
そんなことが可能なのか。という問いの代わりに、ゴルベーザは改めて剣のあたりを見遣って頷いた。
「なるほど。確かに空中なら広く使えるだろうな」
「まあな」
つられるように同じところに視線を移したジェクトは、その向こうにある光景を見るように目を細める。
「水の中から見る光は、そりゃーキレイだったぜ」
そこにあるのはこんな儚い光達ではなく、強く存在を主張するネオンだけれど。
ゴルベーザに、今の風景からそれを想像しろと言うのは無理な話だろう。
それでも彼は。
「見てみたいものだな」
そんなふうに嘯いて。
普段は聞けない笑い声を響かせた。
2009/05/21 【DFF】