あなたに触れるための理由

「フリオニール」
それ、邪魔じゃないッスか?
先刻から前屈みになって作業をしているフリオニールの眼前で括ってあるはずの後ろ髪が揺れている。ちょうど通りすがったティーダがそれに気付いて問いを投げた。
珍しく彼はティナと一緒で、代わりに彼女の傍にいつもナイトよろしく張り付いているはずのオニオンナイトの姿は見えない。
フリオニールは二人を見てから、少し困ったように首を傾げた。
「邪魔というほどではないが……うん、まあ邪魔なのかな?」
バンダナを結んだフリオニールの髪は、前髪が落ち掛かることは阻止されている。
今、彼の邪魔をしているのは長く伸びた尻尾のような後ろ髪だ。軽く跳ね上げれば背に戻るが、屈んでいれば自然に前に回ってきてしまう。
フリオニールは煮え切らない己の答えを反芻して苦笑を浮かべた。よく考えれば、汗を浮かせた首筋に纏わりつく髪の毛はやはり鬱陶しい。
「どっちなんだよ」
唇を尖らせて吐き出されたティーダの声は笑っている。楽しそうな声に、つられるようにティナが笑った。
笑顔の彼女に己の名を呼ばれて目を瞬かせたフリオニールは、次の瞬間には大きく目を見開く。
ティナの指がそっとマントの端を引いていた。
「かして。あんであげる」
「いや俺は別にッ!」
瞬間沸騰して言葉を噛んだフリオニールがおかしかったのか、ティーダがけらけらと笑う。
「せっかくだし、やってもらえばいいだろ? オレ見てていいッスか?」
後半はティナに対する問いかけで。彼女は、もちろん構わないと頷いた。
「サンキュ! ほら、フリオニールは屈んで屈んで」
「あのなあ、ティーダ……」
ぐいぐいと体重をかけて両肩を押されれば、さすがのフリオニールも膝を折らざるを得ない。
嬉しそうに背後に立ったティナが、じゃあ、と前置きしてからちょうどよい高さまで下りてきた髪を掬う。
フリオニールは髪紐を抜き取られた段になって、ようやく逆らっても無駄だと諦めた。
後ろで動いているティナの気配と、へーとか、ふーんとか妙な声を上げながら見ているティーダの気配がどうにもくすぐったい。
さほど待つこともなく、ティナのできたよという声が響いた。
綺麗に編まれた髪はばらばらになって纏わりつくこともなく、大人しく背中に流れている。
「ありがとう」
「ううん。私こそ、楽しかった」
ふわふわと花が舞いそうな会話に、ティーダがまざる。
「次の時にはオレがやってやるからな!」
「お前に出来るのか?」
「あ、バカにしたな! 出来るさこれくらい!」
見ていたから覚えたと自信満々なティーダに対して、怪訝な表情のフリオニールと、どこか困ったように苦笑しているティナ。
「ティーダならすぐできるようになるよ、きっと」
「当然!」
拳を握るティーダは、太陽の笑みで二人に宣言する。
「最初うまくいかなくても、何度かやれば大丈夫。フリオニールの髪はそんなに癖がないから」
自らのふわふわした癖毛に手をやってティナは淡く微笑む。
彼女は、自分の髪は自分で編めないのだと溜め息を吐いて目を伏せた。
「ティナ……」
「でもね、自分のね、髪が結えなくてもね……誰かの髪を結えるのは楽しいのよ。私にも出来ることがあるんだな、って思えるから」
それに、と。伏せていた瞳を上げてティナは笑う。
「今は私のかわりに私の髪を結ってくれる人も居るから」
遠くから彼女の名を呼ぶ声。それは騎士の少年のもので。
気付いたティナは幸せそうに微笑んだ。
「私、行くね」
「ああ」
「ありがとう」
お礼を口にする二人を置いて、ティナは声の方に歩き出す。
足取りはいつもよりほんの少しだけ速い。
それは、見ている二人からも思わず笑みが漏れる光景。
「なんか、いいッスね」
「そうだな」
同意を示したフリオニールが、ところでと前置きしてからティーダを見下ろした。
「なんだって突然これなんだ?」
手の中には綺麗に三つ編みにされた後ろ髪。その言葉が、髪型そのものではなく、方法を覚えたがった行動の方に向けられていると気付いて、ティーダは笑った。
「いつもティナにやってもらうんじゃ悪いし」
「……そうじゃないだろう」
軽く答えたもっともらしい理由を一言で粉砕されて、ティーダは口を噤んだ。
普段は鈍いくせにと口の中だけで毒吐く。だが、睨む勢いで己を見る彼に、逆に鈍いのかと考え直してティーダは目を瞬く。
女性経験が低いのもわかるよなあと、失礼な感想を抱くのは少し可哀想だろうか。
「だってフリオニールが作業するたびにティナに頼むわけにはいかないだろ? なら、よく一緒に居るヤツが知ってた方が便利じゃん」
「なんでそういう発想になるんだ」
別にわざわざ毎回編まなくても支障はないのだ。ずっとそうして来たのだから。
「出来ることは多い方がいいだろ? 今度はオレがティナの髪を編む、とかもできるだろうし」
混ぜ込むのは嘘ではないけれど本当でもない言葉。
そういった時ほど口はよく動く。
「お前が?」
「あ、今バカにしたな!」
そりゃ最初から綺麗に出来るとは思っていないけれどと。唇を尖らせて、編まれた分だけいつもより短くなったフリオニール髪を引く。
「こら、引っ張るな!」
「のばらが悪いし」
「のばらって言うな」
仕方がないなと溜め息を吐いて、フリオニールは綺麗に編まれた髪を自ら解いた。
「フリオニール?」
「やってみろよ」
その代わり、出来なかったら本当にバカにしてやると告げて挑戦的な笑みを浮かべる。望むところだと受けたティーダは、先ほどまでのティナの手順を思い出すようにして、フリオニールの後ろに回った。
その日、後からもう一度フリオニールと会ったティナが見た時には、彼の尻尾髪は少しだけ不格好に編まれていて。
自分が去った後のやりとりを察したティナはほんわりと笑みを零した。

ティーダ&フリオ&ティナというまたなんともな組み合わせ。 ジタンとか、普通に三つ編みできそうだなとは思うんですがそれじゃ楽しくないのでティナで。 このティナ6ED後っぽいな。まあ特に時間軸を決めてる訳ではないのでそれもありということで(笑)

2009/07/25 【DFF】