休戦
同じ風景が延々と続くかと思えば、唐突にまったく別の景色に変わる。
機械仕掛けの塔から一歩を踏み出せば、そこはうっそうと広がる森だった。
そんな変化にもすでに慣れてしまって、ラッキーとしか思わなくなってしまった自分が少しおかしい。少しだけ目を細めて木々の間を透かし見た青年は、驚くほど軽装だった。防具といえば肩あてくらいで、それも実用性よりも装飾性を重視したような作り。
この世界で、さほど長く過ごしたわけでもなかったが、人間というのは順応する生き物だというのは本当らしい。
強いて言えば森の方がおちつくかな、というどうでもいい感想が浮かぶ。わずかに、額のサークレットに嵌め込まれた石が光を弾いた。
緑の風景を見るとどこか懐かしいと思う。これは何の記憶なのだろう。
どうやらそれは連れも同じらしい。隣を歩く少年の背で揺れる尻尾がこころなしか浮かれている。
「なあバッツ。今日はここで休もうぜ」
「だな。ここなら探せば肉にもありつけそうだ」
提案は尾を持つ少年から。同じことを思っていたバッツは二つ返事で頷く。彼の返事をうけて、少年はにやりと笑った。
「んじゃ、その得物を探しにいくとしますか」
「あ、ジタンずりぃ!」
近くを見回しているうちにひらりと尻尾が翻る。
ジタンはさっさと木の間を飛んでいってしまい、仕方なくバッツはそのあたりに散らばった小枝を拾った。先を越されたことに文句を言ってももう遅い。苦笑を浮かべたまま、手を止めずに効率よく乾いた枝を集めて行く。
「おまえ、何やってんだ?」
友人ではないが、まったく面識が無いわけでもない声がして、バッツは顔を上げた。
「あー……えっと。ティーダのおやじさんの……ジェクト、だっけか」
「おう。よろしくな」
敵によろしくもないだろうが、まったく殺気の無い彼にバッツも笑ってよろしくと返す。
「で、何してんだ?」
「メシの用意だよ。今ジタンが肉探しに行ってる」
「肉! いいねぇ。どうだ。オレ様も交ぜてくれねーか」
気軽に近付いて来た彼に、バッツは少しだけ考えて、にかっと笑った。
「量しだいかな」
「じゃあ大猟なことを祈るか」
すっかり交ざるつもりでいるジェクトにちょっと落ち着けと告げて、バッツは集めた枝を組み上げて火をつける。
「あ、そーだ。知ってたら教えてほしいんだけど。このへんって、飲める水あるとか分かる?」
「ああ……タダメシもなんだしな。ちょっと汲んで来てやるよ」
ダメもとで聞いてみれば色のいい返事があって、ひょい、とジェクトは立ち上がった。
「さんきゅ。助かる」
いつも持ち歩いている重そうな剣を置いて木々の間に彼が消える。
バッツは火を起こす前に聞けば良かったかなぁと思いつつまあいいかと笑った。
残された彼の剣をしげしげと眺める。これだけ間近で見る機会もそうないだろう。
詳細に観察してしまうのはもはやくせだ。ものまね師としての本能と言ってもいいかもしれない。
「なーにみとれてんだ」
「おうわ!」
突然話しかけられてバッツは文字通り飛び上がる。
「びっくりしたー。気配消して近付くなよなー」
バッツの言葉にからからと笑ったジェクトは別に消してねぇよと言って両手に持っていた容器を下ろした。ぴちゃり。容器になみなみと満たされた水が跳ねる。
「足りるだろ?」
「十分!」
ぐい、と指を立てて答えたバッツの傍に座り込んで、ジェクトはその手元を見た。
バッツは枝と一緒に拾い集めた木の実をすり潰して平らなパンを作って行く。珍しそうに見つめるジェクトは器用だなと、呟きを落とした。
「そうか? 普通のことだと思うけど……ああ、でもティーダも似たようなこと言ってたな」
もしかしてこういう生活自体がめずらしい?
問えば頷きが返った。
「珍しいってか、当たり前って感覚が無いって感じだな」
「ああ……そうだよな。旅鳥でないとこういうのはな」
やっていることが珍しいというよりは慣れているのが珍しいということなのだろうとバッツは理解する。
瞬間。がさりと音がして枝の間から人が降ってきて二人は軽く身を引いた。くるりと巻いた尻尾が得意げに持ち上がって、笑顔がはじける。
「おかえり、ジタン」
「ただいま。大猟だったぜー……って何でジェクトがここにいるんだよ」
「いいじゃねぇか。ケチんなよ」
即座に切って返したジェクトに代わってバッツがジタンの問いに答える。
「こういうのが珍しいんだってさ」
「ふうん。別に普通だと思うけどな」
「同じこと言ってら」
笑いながらも、バッツはジタンがとってきた得物を手早く捌いていく。直前の一瞬の瞑目は、糧となるものへの感謝。
「ジェクト、その水とって」
「おう」
ほらよ、と水の入った容器の片方をバッツの傍に下ろして、これでいいのかと聞くジェクトを見ているジタンは微妙な気分になった。
敵だからとか、そいういうことではなく。ただ、ティーダが知ったらものすごい剣幕で喚くだろうなという予想が考えなくても出来てしまうからだ。
何も言わなくても分かったのか、ジェクトは火の上に渡して熱した石にバッツが切った肉を乗せていく。
もう一方の石ではパンが焼け始めていた。
「お。バッツ、こっちやばい。返していい?」
「忘れてた。頼む」
「もうやってるけどな」
からかっただけなのだろう。けらけらと笑ってジタンが先程バッツが作っていた木の実パンをひっくり返す。少し遅かったのか、端のほうがこげていた。
「ま、食えないことはないだろ」
最初のものを端に寄せて次を焼きはじめる。
「あーハラへったぁー」
肉の焼ける美味しそうな匂いがあたりに漂い出すと、盛大に三人の腹の虫が鳴いた。
「ジェクト、そっちもう焼けてるだろ」
「これか?」
「そうそう」
まとめてジタンに渡された肉はパンの上に乗せられてジェクトの手元に戻って来た。
「先に食っていいぜ。オレらまだこれ焼くし」
おどけたようなジタンの口調を真似るように、横からバッツも口を出した。
「そうそう、最年長だしな」
皮肉ともとれそうな内容だが、二人の表情を見ればすぐに純粋な好意だと分かる。
ジェクトは受け取ったパンを軽く持ち上げて礼に代えると、そのままかぶりついた。
「これでうまい酒でもあれば完璧だな」
「同感。水ならあるけどな」
「ってことはなんだ、おまえさん成人済か」
ジェクトの言葉には純粋な驚きが含まれていた。
「おれはもう二十歳だっての」
「だよな! みっえねーよなあ」
拗ねたようにバッツが唇を尖らせて抗議するが、その隣でジタンが膝を叩いて馬鹿笑いする。
ジェクトが思い出したようにそういえばもう酒はやめたんだったと呟いた。
そのまま三人は次々焼ける肉とパンを胃袋におさめるのに追われる。時折役割を交代しては、他愛のない話に花を咲かせた。そこには敵も味方も無い、ただ個人としてのやりとり。
「なあ、ジェクト。せっかくの機会だし、剣見せてくれよ」
「ああん? 別にかまわねぇが、見たって真似出来ないだろうが」
食事も終わり、酒の代わりに水を片手に。
話をするのは本当に他愛ないことばかり。それでも緩やかな時間は不快ではなく。
まるで子供のように笑いあって、彼らは再び別れるまでの時を過ごした。
2009/04/09 【DFF】