眠りの温度

見つけたのはほんの偶然。
しかし、その偶然も何回か続けば必然になるだろうか。思わず苦笑を落としてから、男は岩場の隙間でうずくまっている小柄な影の傍に寄った。
「……ッ!」
本当に目の前にしゃがみこむまで気付かなかったらしい彼は。本当の猫のように尻尾を膨らませて、きつく視線を上げる。
かちかちと合わさる歯と、睨みつけている割にはどこか焦点の合っていない目に、手負いだと気付いた。
怪我だけではこうはならない。少し考えて、原因に気付く。
「毒か」
「ほっといて……くれ」
それともやるのかと口にして、立ち上がろうとする体を押し止める。
左腕に無造作に巻き付けられた布の下からは血が滲んでいた。重く垂れ下がる布は、血を吸い過ぎている。
「バカ言ってんじゃねえよ。今のおめえとやり合ってもつまらねえどころか後味悪いだろうが」
触れた体は熱をもって熱い。
「悪い……でもホントに平気、だから」
毒消しのための草は噛んだのだと告げる少年に、少しだけ安心して、男は捕まえていた腕の力を抜く。
何もしていなかったらこのまま抱え上げて彼らの仲間を探しに行っていただろう。
とりあえずそれは話を聞いてからにすることにして、彼はその場に座り込んだ。
「んで? 前に会った時に一緒にいたあの元気な兄ちゃんはどうした」
「……バッツは」
どこかに飛ばされたんだ、と。途切れがちに言葉を落とす間にも小刻みに歯が鳴る。
「寒いのか……仕方ねえな」
捕まえていた体をさらに引いて場所を入れ替えると、男は小さな体を膝に乗せて抱き寄せた。
「なに……して……」
「うるせえよ。雪山遭難だ」
少年の体は発熱していて熱いが、本人は己の体温の分だけ寒さを感じる。冷えた風が行き過ぎる岩場ではなおのことだろう。
男の意図に気付いたのか、大人しくなった少年に笑みを零す。
「ジタン、だったよな?」
こくり。
返事は頷きのみ。
「飛ばされたってのはアレか。引き離されたってことか」
「そ……だよ……ケフカの罠に……かかって」
絞り出すジタンの声は、限りなく苦い。傷に障らないように抱きしめる力を強めてやれば、どこか縋るように指先が揺れた。
それでも彼は何も掴まない。きつく己の手を握りしめて耐える様子は自分自身を攻めているようで、年長のものをやるせない気分にさせる。
「おまえさんはそれを捜している最中、ってわけか」
こくり。
もう一度頷いた体から力が抜ける。
「……ジェクト」
「なんだ」
「あったけ」
「そうか」
男の名を呼んだジタンは、緊張の糸が切れたかのようにすぐ後ろにある胸にもたれた。少しだけ早く、荒い呼吸が近付く。
「寝ていいぞ」
そんなわけにはいかないと首を振るが、体は動かずに男の胸に落ちる。
「ガキが意地はってんじゃねえよ」
ジェクトの腕が背中を叩いて眠りを誘う。
あれほど冷たかった風も感じないことにジタンは己の負けを認めた。
「あんまり……甘やかすなよ」
「大人しく甘えてればいいだろうが」
笑うジェクトの声は低く。触れている箇所へ心地よく伝わり、熱を響かせる。
「回復してやれなくて悪いな」
「それはいい、けど。ちょっと……」
なんだ、と。疑問を投げた男の膝の上に乗っているのが嫌だと主張した少年は無理矢理体を捻って。強引に地面に降りた。
男は反動で視界が回った少年を笑う。
「おめーの重さなんて大したことねえぞ?」
「オレがいやだっつの」
息を乱したジタンはそれだけを吐き出して瞳を隠した。
長く尾を引いた息を最後に。ぱたりとそれまで緊張していた尾が落ちる。それでようやく少年が限界を迎えて眠ったのだと知れた。
「ったく。頑固なのはどいつもかわらねえな」
思い浮かぶのは秩序の神に呼ばれた戦士達。何人かと会ったが、誰も彼も素直じゃない子供ばかりだった。
目の前の少年も、起きているときならばならば多少抵抗があるはずだが、今はそれも無い。そっと張り付いた髪を払ってやって男は笑った。
「しかし、人の足を開かせて無防備に寝るなっつーんだよなあ……」
男のぼやきはただ風に紛れて眠りに落ちたジタンが聞くことはなかった。

スパコミで無料配布したジェク&ジタ。 書いた本人はカプじゃないと言い張ってみます。 元ネタは猫カフェのにゃんこでした(苦笑)本当に脚の間でマジ寝されたんだ……

2010/05/25 【DFF】