Totentanz 1

そこは月の渓谷と呼ばれる場所だった。
夜の色が広がり、遠くには一際輝く星が浮いている。
生物の気配は無く、風も吹かない。
静かなくせに音はほとんど響かない。
そんな不思議な場所だった。
所々で隆起した地面と、脆い岩場。
黒と蒼と白。
あたたかみの無い色彩に囲まれて鮮やかな赤の色が翻った。
こつり。小さく上がったのは爪先が地面を蹴った音。
ゆらり。戯れた連なりは貴石が触れ合う時の笑い声。
かつ。
かつ。
かしゃり。
まるでリズムをとるように手にした真紅の剣に絡まった銀の飾りが悲鳴を上げる。
ああ、と。
揺れて甲に触れた銀の飾りを見ながら彼は笑った。
剣先が宙に円を描いて赤と銀の煌めきを散らす。
足元に転がった石を蹴り上げて。
踵で回りながら囲むように辺りに広がる高台を見上げる。
その上には色の違う青の目が二対。
困ったような、戸惑ったような表情を浮かべて佇んでいた。
片方は全身に走った傷を誤摩化すように眦を険しくしたまま、剣と銃器が混ざったような、独特の形状をした武器を傍らに、片膝を付いている。
そしてもう一方は、深く穿たれた腹部を庇うように片手で押さえ、もう片方の手で盗賊刀の柄を握りしめている。
そんな彼らから少し離れてもうひとつ。
今はぴくりとも動かない金と茶を混ぜたような髪をした青年が、全身を赤で汚して横たわっている。
本来なら海を思わせる深い色の瞳は隠され、時折苦しそうに表情を歪める彼の胸元は大きく切られ、息の為に上下する度に血が溢れていた。
彼が身に付けていたはずのアクセサリーは今は刃に千切られて赤に塗れるのを免れて。今は膝を付いている青年の、同じように胸元にあった銀と一緒に彼の手の中。
「くそ……このままだとオレ達より先にティーダがやばい」
ちらりと。小柄なほうの影が倒れた青年を横目で見て焦ったような呟きを洩らす。
「だが現状では近付く手段がない」
相手は遠近両方の技を使い分け、さらに合間に魔法を放って来るのだ。
流れるように魔法から剣、剣から魔法へ。地に足が付く度にじゃく、と音がして何かが割れる。
一対多数をものともせず、踊るように笑みを浮かべたまま身を翻す。
何とかならないのかと。思いは二人とも同じ。
「一体何があったんだよ……バッツ!」
「落ち着け、ジタン」
悔しそうな声は小柄な影から。諌めるようにもう一人の青年が声をかける。
視線の先には周りより多少窪んだ場所で楽しそうにくるくると回る青年の姿が映っていた。
バッツ、と。ジタンが呼んだ人物であり、彼らに怪我を負わせた張本人でもある。
攻撃する時に己が纏ったマントで返り血を防いだため、彼のそれはすっかり赤に染まって重く濡れていた。
「セシルとフリオニールはどうだ?」
「わかんねえ。そう遠くには行ってないはずなんだけど」
膝を付いた青年が回復魔法の使い手の名を挙げるが、ジタンは緩く首を振った。
「それよりもスコール、バッツはなんだっていきなりあんな風になったんだ?」
バッツが豹変した時にその場に居たのはスコールとティーダ。
だからこそ二人の傷は深く、また数も多い。
彼らが身に付けていた銀がバッツの手元で踊っているのも同じ理由だった。
「分からない。突然だったんだ」
何かを受けたかのように天を仰ぎ、次の瞬間には現出させた剣を振るっていた。
スコールを庇った形になったティーダは倒れ、一瞬だけバッツは傷みを堪えるような表情を見せたが、それだけ。
その後は、ジタンが気付いて駆けつけて来るまでスコールはティーダを庇いながらの不利な防戦を強いられていた。
「なあ、もう遊ばないのか?」
ぱしゃ。
すぐ近くで水柱が上がる。
わざと外しているのだと嫌でも知れた。
かちゃ、かちゃ。
じゃりり。
剣に絡んだ炎を凍らせたような銀と、獅子を握り込んで悲鳴を上げさせるバッツは、つまらないなと笑った。
「ジタンが増えたからおれ一人じゃだめかな? じゃあ、誰か呼ぼうか」
かちゃ。
かちゃ。
かしゃり。
彼が剣を振る度に主から引き離された銀が啼く。
スコールが眉を寄せ、手にした己の武器をきつく握ったのを見てとって、ジタンはその肩に軽く触れる。
分かっている、というように視線を流したスコールは、少し前にジタンがそうしたように、倒れたままのティーダを見遣った。
その間に、バッツの周りには黒い影が纏わりついて、次第に空間を歪めて行く。
「おいで」
歌うようなバッツの声に招かれるように暗く口を開けた所からぞろりと這い出てきたのは、彼と同じ顔の人形たち。
意思の無い瞳は皆同じように何も映さないままで一斉に同じ方向を向いた。
「あれは!」
「イミテーション?」
声を上げたのは二人同時。
ゆっくりと闇が閉じて、バッツの血色のマントが動きを止めた瞬間、彼を囲んだ人形達が跳ぶ。
たたたたん。
たたたたん。
たん、たたん。
たたたたん。
かつ、かつ、かつり。
たたたたん。
無数の足音が混ざり合い、彼らが同じように手にした剣を振るう。
中心で笑うのは銀を握り込んだ生身のバッツ。
きりり。ぎり。
悲鳴が上がる。
四方へ跳んだ人形達は、中心のバッツに指揮されるように一斉に剣を構えた。
「来るぞ」
「わかってる」
スコールもジタンも己の武器を引き寄せて立ち上がる。
バッツの形をした人形はすぐそこまで迫っていた。
背にティーダを庇う形で二人は剣を構える。
「スコール! ジタン!」
伏せろ、と。
声を認識したのと、二人の体が反射的に沈んだのが同時。
光を固めたような矢が彼らの頭上を行き過ぎ、剣を振りかぶっていたイミテーションを貫く。
すぐにそれを扱うものが誰かを把握して、二人は振り返った。
予想通り少し離れた高台で弓を構えるのはフリオニール。
「破邪の光よ!」
続けて別の方角から凛とした声が響いて、眩いばかりの光が走る。
「セシル!」
ジタンの声に喜色が浮かび、スコールの息に安堵が混じる。
白い鎧を纏った姿のセシルはそれだけで光を撒くようで。辺りが暗いことも合って余計に目立つ。
引きつけられるように残っていたイミテーションは彼に向かって行き、スコールもジタンも少しだけ息を吐く。
その間にフリオニールが二人の元まで移動してきた。
「二人とも、大丈夫か?」
駆けつけてきたフリオニールはスコールとジタンの怪我を見て表情を曇らせる。
「俺達はいい。それよりもティーダを頼む」
「ティーダ?」
フリオニールが首を巡らせると、ジタンが示した先に、少しだけせり出した岩に隠されるように横たえられた足が見えた。
見覚えのある靴に赤がのっているのに気付いて、彼は慌てて傍に寄る。
全身を赤に彩られ、普段からは考えられないほど青白い顔をしたティーダは、浅く呼吸をしながらも、微かにバッツの名を呼んで。痛々しい。
頼む、と。もう一度スコールの声がして、フリオニールはその場に膝を付いた。
彼の両手から溢れた白い光がティーダを包み込む。
傷付いた体に染みて行くのはケアルの優しい光。
「これでなんとかなるかな」
すぐ近くではセシルがイミテーション相手に立ち回り、光に、闇にと姿を変えている。
「バッツは……」
「あれだ……まずい!」
邪魔されたのが面白くなかったのか、バッツは真っ直ぐにセシルに向けて腕を伸ばして唇を歪め、かつりと地面を蹴る。
セシルはイミテーションの相手で手一杯。
そこに本物のバッツが加われば、結果は目に見えている。
怪我をおしてジタンが地面を蹴ろうとしたその時、一足早くセシルとバッツの間に割り込んだ影があった。

2010/01/08 【DFF】