戦場に呼ぶ声

「おっと忘れてた。マキナ・クナギリってやつを探してるんだけど、知らない?」
「あー……マキナなら多分チョコボ牧場だと思うよ」
 さらっと口説いた後に問いを投げれば、藍のマントを纏った少女はくつくつと笑って意外な場所を示した。
「チョコボ牧場?」
「そっ。最近あそこにいることが多いみたいなんだよね。新しいクラスに馴染めないのかな?」
 遠く、チョコボ牧場がある方向を見た少女は、少しだけ暗い表情を見せる。それに気付かないふりをして、青年は持っていた袋からメモを引っ張りだした。
 そこには確かに、『2組 マキナ・クナギリ』と記してある。
「渡されたメモだと2組ってなってるんだけど……」
「あはは。まあ、ついこの間だからね」
 魔導院解放作戦の後、急に決まったというから、よっぽど無茶したのかと苦笑する少女に、青年は疑問符を飛ばす。
「……そんなに無茶するタイプ?」
「うーん。一見そんなことないし、普段もそんなことはないんだけどね」
 なんだかんだで優しくて仲間思いだからと続けられた言葉に、なるほどと頷きを返した。
 必要な情報は入手した。それじゃあチョコボ牧場に行ってみると、踵を返しかけた青年に、ひとつ聞いてもいいかと声がかかった。
「なに?」
「みんなのアイドルがなに従卒みたいなコトしてるわけ?」
 少女が口にしたのは青年が常に口にしている言葉。笑って言葉通りの表情を作った青年は軽くウィンクして持っている袋を示した。
「アイドルも普段はしがない落ちこぼれクラスなもんでさ。使い走りでも、頼まれたら断れないんだよねぇ」
 大げさに大変だねと返す少女に、笑いながら今度デートでもと誘いをかけるが、考えておくという一言で流される。
 ひらひらと笑顔で手を振る少女に引きつる笑顔のままで手を振り返して、青年はその場を後にした。
「さて……チョコボ牧場ね」
 す、と。音が聞こえるのではないかというほど、一人になった途端に青年の表情の温度が下がる。
 彼はもちろんマキナ・クナギリが0組に移動になったのも知っていた。わざわざ2組所属の候補生に声を掛けたのは情報収集のためでもある。
 予想通りの人物だということを確認して、彼は移動のための魔法陣に足を踏み入れた。
 浮遊の感覚に続いて見えた一番遠い柵の中では数頭のチョコボがのんびりと歩いている。
 しかし以前と違い、チョコボ舎にはヒヨチョコボはおろか、成体の姿も無い。
 そんな空のチョコボ舎の前に目的の人物を見つけて、青年は草を踏んだ。
 彼が纏うのは2組ではなく、0組をあらわす朱のマント。
「不躾で悪いんだけど、マキナ・クナギリだよな?」
 なるべく気安く声をかけるが、振り返った相手の顔には不信感という文字が大書きしてあった。
「……そうだけど、アンタは?」
「おっと、悪い悪い。俺は9組のナギ・ミナツチ。ただの使いっ走りだよ」
 ひらひらと手にした袋を振って届け物だと告げると、マキナの表情がわずかに緩む。
「ありがとう。わざわざ悪いな」
 呼び出してくれれば自分で行ったのにという言葉は仕方のないことだが、ナギにとっても同感だから笑って頷くだけに留める。
「まあ、俺に頼むくらいだし、機密とか何も言われてないけど、封がしてあるみたいだから、念のため一人になってから開けてくれよ」
 やっぱり落ちこぼれクラスのヤツは、まともに届け物も出来ないとか言われたらたまらないからとおどけてみせると、マキナは眉を寄せてナギを見た。
「大変なんだな」
「こんな運び屋に大変も何もないさ。これからは優秀なやつほど戦場に行くんだ」
 あんたも行くんだろう。
 背のマントを示して告げれば、どこか他人ごとな肯定が返る。
 戦場になんか到底行けない9組の自分は想像も出来ないが、死ぬかもしれないのは怖くないのかと聞けば、少しだけはにかんだような表情を見せた。
「そりゃ……正直に言えば恐いさ。でもオレは守らなきゃならない人がいるんだ」
 伏せた瞳の先に、強く握った拳。それは、彼の決意を示しているとも言えるが、ナギには、恐れを封じようとしているように見える。
「ああ! 噂の7組の美人さんか。幼なじみだっけ?」
「な……っ! なんでそれ……」
「おっと!」
 あちこちで噂になっているから知らないほうがおかしいだろうと笑って、ナギは思わず掴みかかろうとしたマキナの腕をかわした。それ以上はからかう意思は無いというように軽く手を上げて、とりあえず落ち着けと口にする。
「悪い悪い。ちょっとした冗談だって」
「アンタなぁ……!」
「だから悪かったって! ともあれ、これも何かの縁だ。これからもよろしく頼むぜ」
 手を差し出しながらのあっけらかんとした挨拶に曖昧に頷きながら、彼はどこに接点があるのかという表情を浮かべた。その様子を見ながら、青年は握られた手を引き寄せる。
「気を付けろよ。汚いことや隠し事をするならなにかを失う覚悟をしたほうがいい。だいたい、お前には向いてないと思うぜ」
 ひそり。落とした呟きは低く。マキナは目の前で明るく笑う青年から発せられたものだと気付けなかった。
「え……あ……?」
 戸惑っている間にナギは身を翻し、手を伸ばしても届かない距離まで移動している。
「じゃあな。また会おうぜ」
 軽いウインクとともに投げた言葉にもまだうまく反応出来ていないマキナを置いて、青年はその場を後にした。
 おせっかいが過ぎただろうか、と。自嘲のような呟きは誰にも聞かれないまま。彼は応答した通信機からクリムゾンの声を聞いた。

マキナは一番まともな感性を持っているんだけどあの世界では異端で。 そういうマキナを見ると、ナギは(経験から色々失うことを分かっているので)ちょっともやもやするんじゃないかなぁと。 でもこの二人は戦後いい関係になれそうだな、と思います。

2013/10/30 【FF零式】