鬼ごっこ
「よお! どうしたんだ。いきなり闘技場に呼び出しなんて」
重い音とともに扉が開いて、響いたのは軽い声。
先に着いて中心付近に立っていた小柄な影は声がした方を振り返ると、ナギ、と青年の名を呼んだ。
「エイト一人か?」
「そうだ」
深い息を一つ。戦闘態勢に入ったエイトを見て、ナギは表面上はそのままにさりげなく全身を緊張させる。
それで、というように首を傾げれば訓練の相手をしてくれと、至極まっとうな応えがあった。
「俺なんかでいいのか?」
「ああ。0組にはオレより早いやつはいなくて」
「ケイトが居るだろ?」
0組のサポートという任務が多いナギは、ある程度のデータも頭に入っている。
実際、エイトとケイトは仲もいいし、スピードを誇る二人でもあった。
彼女にはいつも相手してもらってるからできれば違う人がいいというのがエイトの言い分で、エースからナギの事を聞いたのだと続ける。
「なるほど……それで俺、ね」
「頼めるか?」
伺うような視線。軽く肩を竦めて、ナギはそういうことならと応じた。
改めて頭を下げたエイトが軽くジャンプして、体を解す。
対するナギは、いつも通り片手をポケットに突っ込んだままの自然体。
「ルールは?」
「闘技場の中のみ。魔法なし。相手の背中を地面に付ければ決着」
「りょーかい。じゃあ、始めますか」
提示された条件を口内で繰り返して、ナギは軽く了承を返した。開始の合図はお互いのカウント。
開始と同時に地を蹴ったエイトが、全力でナギに迫る。
左はフェイント。乗るように見せかけて掴みにかかってきた右を狙う。
掴まれる勢いを同じ方向に飛ぶことで相殺して、ギリギリで空を掴んだ腕をとった。
勢いを殺さず半回転。引っ張られて自然と宙に浮いたエイトの体を、そっと押して体勢の立て直しを妨げつつ向きを調整する。
とさり。
呆然としたまま地に背を付いたエイトは、しっかりと受け身を取りながらも、何が起こったか分からないといった表情でナギを見上げた。
「俺の勝ち」
軽く首を傾け、様子を伺うように勝利宣言。
我に返ったエイトがものすごい勢いで起き上がる。
「もう一度だ!」
ものすごい剣幕の再戦要請に、思ったより熱いと笑って。火をつけてしまったかと独語した。
「捕まえてみろよ」
挑発を投げる。
何度も続ければ鬼ごっこの決着は恐らく自分の体力負け。先が予想出来るナギだが、あえて乗って。
先ほどの一瞬で気付いてしまった服の汚れを忘れるように、ずっと笑ったままでひとときの戯れに興じた。
ちゃんと笑っていられる自分に安堵しながら。
2012/08/08 【FF零式】