涙
「ねぇ〜、ナギ〜。どうやったら君のことを泣かせられるのかなあ?」
言葉は唐突すぎて。一瞬固まったナギは回避が遅れた。その隙を逃さぬように体を捩じ込ませてきた青年は、ほんの少しだけ高い位置から男を見下ろす。
その表情は、何の裏も無いような笑顔。
「はっ!? じゃ……ジャックさん? 何言っちゃってんの?」
冗談なら、と言いかけたナギの口を指先一本で塞いで、青年は本気だと笑う。
普段から目にも留まらぬ早さで刀を捌く腕力は、意外と強く。引き摺り込まれるようにして柱の影に回ったナギは柱と壁、そしてジャックの体に挟まれて完全に身動きを封じられていた。
「だってほら〜。例えばさぁ。女の子みたいにここで無理矢理やっちゃったとしても、ナギってそれで泣くようなタイプじゃないでしょ〜?」
「おいおい、随分と物騒なこと言ってくれるな……」
タチの悪い冗談だ、と。先ほどは否定された言葉を繰り返してナギは自然に笑う。
まるで泣くことなど無いと言わんばかりのそれに、ジャックの目がわずかに細くなった。
無造作に動かされた足が男の動きをさらに奪う。
「ああもう、そんな怖いカオするなよ。本気で男相手にそういうことしたいわけじゃないだろ?」
抗議じみた行動に対して、小さな子供をあやすように相手の肩を叩いたナギは、笑みを苦笑に変える。
諜報部に所属するナギの裏の顔を、何回かの任務ですでに0組全員が実感を持って知っていた。
そういえば、と。前回の任務を思い出しながら、男はするりと自らの指先を青年のそれに絡ませる。
失敗して発見された秘密部隊の尻拭いのために敵を引き付ける囮の役割を負ったはいいが、予想より多い敵に追いつめられたナギを助けたのは彼だった。
あのとき。笑いながら突然ナギの目の前に飛び込んできたジャックは、通行の邪魔だと言いながらこちらに狙いを定めていたコロッサスを沈め、続くストライカーを薙ぎ倒しながら去っていった。
声をかける暇すらないが、ナギのほうもそんな余裕は持ち合わせていなかったのだから、時間があったとしても同じ事だっただろう。残った一般兵をかわして周りを見る余裕が出来た頃には、0組の活躍で持ち直したことで、作戦は無事に完了したところだった。
一応助けてもらった恩を思い出したナギは、深く息を吐いて、どこか蠱惑的に笑う。
「で、そんなジャックさんはどんなのがお好みなワケ?」
「ん〜そうだね〜。任務失敗したらどうしよう怖いって思いながらも気丈に平気だって言ってたりとかさ〜。いっぱい仲間が死んだけどまだ自分は生きてるから大丈夫だって言ってたりとかしてさ。でもちょっと震えてたりするのをそっと抱きしめてあげるとかいいよね〜」
笑みのままの攻防戦は、どちらからも崩れない。
「それ俺がやったら怖いだけだろ」
「だよねぇ〜」
即座に切って捨てたナギに対して、僕もそう思うと返したジャックは、やっぱりそういうのは可愛い女の子じゃないとと嘯いて笑った。
「じゃあ、そういう子を探してやれよ。今ならいっぱいいるだろ?」
「だって、カッコよく決められなかったら馬鹿みたいじゃないか」
至極当然のように真面目な顔になって答えた青年に対し、ナギはがくりと肩を落とす。
「俺って、練習台?」
「あったり〜」
なにせジャックは色々な意味で目立ちすぎる0組だ。
練習で女の子を相手にするのは色々と不都合があるのは理解できる。だが、だからといってわざわざ相手にナギを選ぶ理由も無い。
「ちょっとくらい付き合ってよ〜。ほら、友達のためだと思ってさぁ」
「どんな友達だよ」
くつくつくつ。
言ってることの滑稽さはお互い理解済み。だからこそ軽く笑って乗ったふりが出来る。
お互い裏の顔を知ってなお、無条件に手を伸ばしてくる相手は怖いと内心で苦笑して、ナギは求められるままにジャックの肩に額を預けた。
甘えるように預けられた体も。
あやすようにゆるく背中を上下する手も。
ただの演技で、誰かの為の練習だと。嘘と誤摩化しを混ぜて、彼らは顔を覗かせた感情には気付かなかったふりをした。
2012/02/11 【FF零式】