おふねのたんけん
「うわぁ、おおきなふね!」
新しく召喚された小柄な少年は廊下に出た瞬間からきらきらと目を輝かせて忙しなく首を動かした。
「これはストームボーダー。ネモ船長の船で、今はわたしたちの拠点でもあります」
穏やかに声を落とすマシュとやりとりを笑顔で見守るマスターの前でくるりと回ってみせた彼は、好奇心を抑えられない様子で二人を見上げた。
「ねぇますたー。ちょっとたんけんしてみてもいいかしら」
本質が未知を探索するものであるためなのだろうか。それならば気の済むまで好きにさせようと了承を返してから、思い付いたように通信を開く。
会話は一言、二言。
通信を切ったマスターはとりあえずゴール地点に一緒に行こうと声をかける。
「そうだね。ミッションのかんりょうをしめすのはだいじなことだ」
連れ立って向かった先は食堂。中途半端な時間であることもあり、人影はまばらではあるものの皆無というわけではない。
端のテーブルではネモシリーズの烹炊担当であるベーカリー、カルデアでキッチン担当者だった面々、俵藤太とランサーのクー・フーリンという面々が話し合いをしているのが見えた。
「あれはなにをしているのかしら」
「ちょっと聞いてみようか」
時代も地域もバラバラであることがボイジャーの興味を引いたらしい。
邪魔はしたくないという彼の思いを汲んで息を潜めながら会話が聞こえる位置まで近付く。
しばらく聞き耳を立てて見れば今後の食事について話しているらしいと知れた。
「人間達だけなら吾の宝具もあるためかなり余裕があると思うが、サーヴァントも含めたいということでいいのか?」
「可能な限りは。今は全員この船の乗組員ですから」
「いくら規格外の船とはいえ野菜を栽培するスペースもそれを保存するスペースも厳しくねぇ?」
藤太にベーカリーが応え、クー・フーリンが疑問を投げる。
ストーム・ボーダーはネモの宝具でもあり現実に存在する船でもある。特に彷徨海から脱出する際に物理部品によって現実強度を補強されており、現状では物理的な制約も多く存在していた。
一部魔術的に拡張された空間は存在するものの基本的に船である以上は狭く、大型のサーヴァントは常に霊体化しているような状況で、戦闘時には騎乗しているサーヴァントでもここでは降りている。
「食材に関してはある程度なら閻魔亭から調達可能だという話だった。そのうち何人かは向こうに出稼ぎに行く必要があるかもしれん」
補足を行ったのはエミヤで、会話の内容から藤太とクー・フーリンは食材の調達担当として加わっているのだと把握できる。それをそっと伝えると、ボイジャーは納得したように頷いた。
「たくさんのひとがきょうりょくしてる。ここはいいところなんだね」
もちろんだと頷くマスターにふわりと笑った少年はもう十分だと合図を送る。そのタイミングで入口のほうからわふんと声が上がった。いそいそと移動した三人はほぼ対角にあたる机の傍で白い毛玉に続いて入ってきた男を手招く。
「こっちこっち」
「なんだ、揃いも揃ってコソコソと」
訝しむような声には話し合いの邪魔はしたくないからと理由を告げる。気付かれていることなど百も承知だ。それでも、彼らが話し合いを続行してくれたのならそれに甘えるべきだろう。
マシュに目配せをすれば無言で頷いてボイジャーへと向き直った。隣にはちょこんと座った白い犬が並ぶ。
「ボイジャーさん。彼が探検の相方となります。万が一迷った場合は頼ってみてください。他にも危険な場所なども教えてくれますので従ってくださいね」
「おおー。きみ、すごいんだね」
ほとんど同じ大きのある犬を従えて探検に出発したボイジャーに手を振ってから、マスターとマシュはキャスターのクー・フーリンに礼を告げた。
「別にオレは構わねぇよ。しかしまた不思議なモンが召喚されたな」
探査船ですらサーヴァントになるのかという男に以前ちょっとした縁があったのだとマスターが応える。
探検が終わったらここに戻ってくるだろう。二重の意味で驚かせてやろうと画策した二人は今度は密かにエリセへと通信を繋いだ。
2022/08/12 【FGO】