世界で一番短い夜をぬけて

 ごおごお。ごおごお。
 風が耳元で鳴くのにまかせてストームボーダーの甲板、その先端に立つ。
 この船も幾度かの戦闘の舞台になり、そのたびに修理してはいるが、細かい傷は増えた。
 船自身はキャプテン・ネモの宝具ではあるが、同時に現実世界に存在を獲得するため、物理資源、魔術資源がふんだんに使われて成立している。
 こつり。杖の先で確認した場所に消えかけたルーンが視えた。だが、それはただの痕跡だ。何の力も残ってはいない。
「……おつかれさん」
 その場に胡座で座り込み、指先で残った文字の欠片を撫でて。
 唇から零れた手向けの言葉は、風に攫われて霧散した。
 そもそも、誰にかけたものなのかもわからない。
「お、魔術師のほうの兄さん。ここだったか」
 そちらに行ってもいいかと。そこそこ距離のある場所から問う声が風に乗って届く。
 逆風になっているこちらからでは声はおそらく届かないだろうと判断して頷けば、感謝すると告げる言葉と共にすぐに横に並ぶ。
「判断早すぎねぇ?」
「頷いたのが見えたからな。とりあえずアンタに届け物だ」
 相手は神代の終わりに生を受けた古代ペルシャの大英雄。槍持ちの自分とはたまに話をしている姿を見るが、そういえば千里眼持ちだったと納得する。
「オレの方にか?」
「兄さんも自分で渡せばいいと思うんだけどな。縁を繋ぐため、だそうだ」
「そいつはあんまりいい話じゃねぇなあ。あのマスターは何に巻き込まれるんだか」
 違いない。そうして笑った男から渡されたのは何かの布の切れ端だ。
 自分と縁があるとすれば。
 どこかの大伸絡みか。それとも。
「獣の気配だな」
「ああ、わかるか……彼がこちらで存在を保てるように尽力してやってくれってのが兄さんの意向みたいだぜ。そのためにいくつかこうしてどこかからの縁を拾ってるらしい」
「……金ピカと、槍の騎士王も絡んでやがんなこれ。ってことは実質選択肢ねぇじゃねぇか」
 どこから持ち込んだかの正体はそれで知れる。
 古代の王様達の扱いに長けたペルシャの大英雄はからからと笑って隣に寝転がると、空を見上げた。
 今日は一年で一番夜が短い日だ。
 船は現在朝に向かって飛行している。艦内の時間を基準にするのは少しおかしいが、夜明けまでの時間は通常よりさらに早いだろう。
「こんなに夜明けが早くちゃ、流れる星も大変だな」
「おいおい、それをお前さんが言うか? いやまあ、あんまり他人様のことは強く言えねぇ身だけどよ」
 答えながら魔術師も横になった。
 暗いだけの空がだんだんと薄れていき、無数の星はそれに合わせるように姿を隠していく。
 曙光一筋。
 自ら望んで流星のように生きた英雄達は。
 傷だらけの甲板に背をつけて空を見上げた彼らは。生前からよほど遠い遠い空の上で、世界で一番短い夜を抜けながら、違いないと笑い合った。

2024 Litha(Midsommar)

2024/06/21 【FGO】