夏と麦茶と砂とパラソル
「あーーーーーーーー」
声が揺れる。
何をしているんだとの問いに振り返らぬまま、ガキどもは面白いことを思いつくもんだと笑った男はそのまま後ろに倒れて声をかけてきた相手を見遣った。
「よぉ。ぐだぐだ言ってたが結局お前さんも来たのか」
「好きで来た訳ではない。凛が忘れ物をしたというからそれを届けるために仕方なくだ」
相変わらず眉間に皺を寄せたまま。それでも手にしていたグラスを軽く掲げて受け取れと促してくる。
疑問符を飛ばしながらそれでも受け取れば、小脇に挟んでいた盆をゴザの上に置いてからグラスを出せと要請されて素直に従った。
盆を挟んでいた方の手に持っていたのは丸いフォルムをした金色のやかん。注ぎ口が太めでレトロなタイプだ。
片膝立ちの体勢でたっぷりと注がれたのは麦茶。
「やっぱり夏といえばコレだよな!」
一気に飲み干せば即座に二杯目が注がれ、あとは勝手にやれとばかりに盆の上に置かれたやかんはほんのりと汗をかいていてしっかりと冷やされているのが見てとれる。
量を考えればおそらく彼のマスターには別のものを用意しているだろうと思えるだけに、ランサーに出すものまできっちりと冷やしてよこすのは性格故なのだろうなと苦笑を落とした。
「なにか?」
「ん。冷たくて美味いな、って思ってよ。喉も渇いてたし、助かったぜ」
ありがとな。
素直に礼を述べればそうかと呟いて視線を逸らす。おいこら、そこは照れるようなところじゃないだろうとツッコミたい気持ちを押し込めて、飲み切ったグラスを差し出した。
自分でやれとの返しに、お前も飲めと返して。押し付ける形になったそれを麦茶で満たす。
「嬢ちゃん達はまだ遊んでんのか?」
「ああ。確かここにくる直前は砂山崩しをしていたか」
この場所はお昼のお弁当を食べようとした際にあまりにも風が強く砂が混入しそうだったため避難した休憩所なのだが、凛と桜が気を利かせたたこともあり、暑さに少し参っていたランサーに荷物番を言いつけてこの場に残し、連れ出された士郎はノリノリのセイバーとともに強制的に遊びに参加となって今に至っていた。
「そうかい。ま、無理矢理でも肩の力が抜けてるならよかったんじゃねぇか。オレじゃせいぜい強制的に砂に埋めるくらいしかやりようがねぇからなあ」
気分良くカラカラと笑う男に対して渋面を作った青年は注がれた麦茶を一気に飲み干してグラスを置き、立ちあがろうとした彼の手を取って引き寄せる。
「おい……っ!」
「まあまあ、そう急ぐなって。もう少し付き合えよ」
冷房があるわけではないが、柱だけで屋根を支える構造は夏の強い日差しを遮り、扇風機にかき回された風が抜けていくため過ごしやすい。
「坊主にちょっかいかけにいくにしろ帰るにしろ、無言ってわけはねぇだろ? ならちと待ってやれや」
「なぜ私がそんな気を使わなければならない」
「そう言うなって。嬢ちゃんたち、楽しそうだったろ?」
おそらくは士郎が楽しむのは癪に障るのだろうが少女達はその対象ではなくむしろ楽しんでほしいと思っていると読んであえて主語をずらす。
黙り込んで座り直したところを見ると実際効果があったらしい。
「どうせならお前さんも砂に埋めてやればよかったかねぇ」
「謹んで辞退するよ。そもそも私が大人しくそんなことをやらせてやるとは思っていないだろう?」
もちろんそんなことはわかっている。だからこそやりがいもあるというものだ。
いつか、そんな機会があったら。士郎の上には城を作ったが、この男の上に作るのなら何がいいだろうか。
「どうしてやろうかねぇ」
いつかどこかで。やり残したことがずっと頭の隅に引っかかっている。
「さっきからなにを言っているんだ。とりあえずこの拘束を解きたまえ!」
後片付け終わりを見計らって半ば拉致同然に連れ出した浜辺。ルルハワの蒼い空の下に悲痛な叫びが響く。
「オレが満足したらなー……っと、この辺でいいか」
両肩にそれぞれパラソルと赤の弓兵を担いだ男は、適当な場所にルーンで拘束してある体を下ろし、顔のあたりの日差しを遮る位置にパラソルを突き刺した。しっかりと固定されたそれが倒れる心配がないことを確認してからせっせとその体を砂で埋めていく。
熱いとの文句は無駄遣いのようなルーン魔術の行使で多少冷やすことで黙らせて、とりあえず簡単には脱出できない程度の砂で首から下を埋めてやってから魔術の拘束を解除する。それ以上のことはされないと理解したからか、無理矢理起き上がって砂を崩すような真似はやめたらしい。
「やっぱなーんも思いつかねぇわ」
「一体何をしたかったんだ……」
「お前さんはここのところちと働きすぎだからな。砂風呂でもしてデトックスしとけ。気持ちいいだろ?」
砂風呂はそういうものではないのだがと溜息を落とした青年の瞼はゆると落とされ、額に浮き始めた汗が男の言葉を後押ししてサウナ効果をもたらしていることが察せられた。
となれば次にやることは水分補給のための飲み物を用意することだろうか。
「ここじゃ麦茶は用意できねぇなぁ。ホテルに戻れば快適な冷房が迎えてくれるしな」
「水で構わんさ。ああ、だが……」
日本的なそれを楽しみたいのなら今度そういった場所を用意しよう。
そうしてゆっくりと瞼を押し上げた赤の弓兵は、青空を背景に破顔した姿を眩しそうに眺める。
そっとクラス名で呼びかけられた男は目に入りそうになっている汗を拭うついでに軽く唇を落とした。
2022/09/19 【FGO】