夏祭りの舞台裏

「よぉ、オマエも休憩か。ま、座れよ」
「……他意はねぇんだろうが、ひっかかる言い方だなぁオイ」
 考えすぎだろうと笑った男はゆるく煙を吐き出して喉奥で笑った。
 男の名はテスカトリポカ。一応神霊のはずだ。現代かぶれの服装を好むため常からそうは見えないが、今の格好は鉢巻、サングラスまではまだ目を瞑るとしても、鯉口シャツ、腹巻き、足元は股引に雪駄とどこからどう見ても昭和の日本における怪しい屋台のおっさんである。
 コルク弾のエアガンが無造作に横の空き箱の上に鎮座しているため、物騒度も跳ね上がっている。玩具とはいえ危険物に変わりはないのだ。特にサーヴァントが持っていれば。
 もっとも、法被を羽織り、大きく氷と書かれた前掛けをしている自分も似たようなものだとキャスターのクー・フーリンは笑みを刷く。
 男に勧められるがまま、瓶を運ぶためのコンテナをひっくり返してダンボールを乗せただけの簡易な椅子に腰を落ち着けた。
 どっこいせと声を出すところなど完全なるおっさんなのだが本人にその自覚は薄い。
 この場は屋台の裏に位置し、休憩所という名の意図的に作られた霊地で、他の場所よりほんの少しだけ魔力の補給がしやすい状態になっている。
 場を狭めて魔力濃度を上げているため居るだけで回復できるという寸法だ。
 設定は百重の塔に代表されるサーヴァント総力戦の際に設けられるそれに近く、最近だと唐突にストーム・ボーダー内に発生したものが記憶に新しい。
「随分とお疲れだな。一服やるかい?」
「あー……お言葉に甘えるかねぇ。さすがに丸一日立ちっぱなしはきちぃわ」
 きちんと灰皿も設置してあって喫煙は制限されていない。
 それでも服に匂いがつかないようにと小細工をしてから雑に纏めていた髪を解き、差し出された一本を指先に挟んだ。宙空に浮かんだ火が先端を焦がす。
「お、便利だなソレ」
「なんだ、使うかい?」
 つい、と。指先を動かし、さらにわかりやすいように炎の範囲を可視化させてやれば、サングラスの奥で目を細めた男は嬉しそうに新しい煙草に火を灯した。
 立ち昇る二筋の煙はうっすらと動く空気に合わせて上空へと消えていく。
 まめだなと笑った男に対し、そんなんじゃないと告げて。ちょい、と背後を示した。
 目隠し用に設置された幕越しのためにくぐもっているが、どれも聞き慣れている声だ。マスターに続いてトラロックとエリセ、あとはおそらく小さい方のジャンヌ・オルタ。
 首を捻って共通点を考えたらしい男がくつくつと笑う。
「随分とお優しいじゃねえか。兄弟」
「他所様の神性であるアンタと兄弟になった覚えはねぇよ。つーか、それでいくとオレら相性最悪じゃねぇ?」
 お互い話題にしている神性が食い違っていることなど承知の上だが、そこはさらりと受け流す。続けてにやりと口端を歪めた二人は、同時に煙を吸い、吐き出した。
 この話はここまで。
 黙り込んだ彼らの間に、見慣れない屋台の食べ物にはしゃぐ少女達の声が遊ぶ。
 楽しそうでなによりだと思う。正式な休憩中ではあるが、一応カキ氷屋台を預かっている自分は戻るべきか一瞬思案したところで笑みを滲ませた声が響いた。
「嬢ちゃん達は何が欲しいんだ?」
「あれ? さっきまで休憩中の札があったような……」
「おうよ。代打だ、代打。嬢ちゃん達が楽しめるなら留守中に勝手なことをしたとてあの青いのも別に文句は言わねぇだろうよ」
 エリセの控えめな問いに続いて笑い声とともに聞こえてきたのは覚えのありすぎる男の声。
 依代に依存する外見はともかく中身はジジイだと自称する彼は、休憩中の札を勝手に下げたらしい。
 祭りを楽しんでいる子供達に残念な思いをさせるくらいなら留守中に好き勝手やられるほうが何倍もましだろうというところまで読まれているのには笑うしかない。同時に朝から休みなしで働いていたことを気にしたマスターの判断だなということも理解してしまった。
 ゆるり。立ち上った煙はそのまま消えて、表側にその存在を気取らせることはない。
 彼女達の笑い声も遠ざかり、残るのは代理で屋台を開けた者の声と会場に流れている音楽がうっすらと聞こえてくるだけの場所で、男二人ただぼんやりと煙草の煙を追う。
「愛されてんなあ」
「ここにブチ込まれた時点でお互い様だろが。ってそいやアンタ、肉体は人間だっけか?」
「いや、どこぞで依代にしていた人間の外見ごと取り込んでサーヴァントとして召喚されてる状態……ってのが正しいか。だから他の連中のように扱われずとも構わねぇよ。多少は引きずられるがね」
 魔法少女の嬢ちゃん達と同じか、と。頷いたクー・フーリンが例に出した名はイリヤや美遊のことだ。そこと一緒にするのかと不満そうな男に対して何も違わないだろうと笑う。
「見つけました。訓練場がパンク気味なので至急お戻りください。今お迎えに参ります!」
 唐突に鳴り響いたブザー音に続き、連絡用の通信機のスピーカーから飛び出したのは、少し焦った様子の銀腕の騎士のものだ。
「見つかったか。ゆっくり休む暇もありゃしない……が、まあヤル気があるやつが多いのはいいことだ」
 彼が預かっている訓練場もとい射撃ゲームはかなりの人気だと聞いている。人手が足りず腕に覚えのあるアーチャー達が手伝いに入っていることも聞いていた。だが、今の声は違う。
「今の、ベディヴィエールだよな? セイバーの」
「秘書役としてかなりのものだぞ。どこぞのトチトリより任せられる」
 なにより腕前の方もかなりのものだと続ける男の眉間に僅かに皺が寄った。
「ルルハワか」
 いつぞやの夏に銃器全般の訓練をしたとか言っていた記憶が浮かび上がる。本人が努力を惜しまない性質なのも手伝い、確か銃器全般平均以上に扱えるようになっていたはずだ。なにせあのスカサハに認めさせた猛者である。
「ああ、他にああいうヤツがいるなら紹介してくれ。歓迎するぜ」
「あー……思い当たったらな」
 あからさまに言葉を濁した男の言葉に続くように邪魔をすると声がかかった。
 入ってきたのはロビンフッドと斎藤一。どこか険悪でありながら楽しそうな気配が漂っていることを察した彼らが怪訝そうな顔で首を捻る。
 軽く舌打ちをした男は手持ちの煙草の箱を緑のアーチャーに投げ渡して立ち上がった。
「え、ちょっと旦那!」
 ロビンが呼び止めるも、足を止めなかった男はヒラヒラと適当に手を振って去っていく。
「もらっとけよ。労働戦士への労いらしいぜ?」
「なんか怖いんですけど……まあ、そういうことなら」
 あちこちで色々なものに巻き込まれた身だ。神霊からのものなら警戒するのも当然ということだろう。笑って大丈夫だと後押ししてから、話題を変える選択した。
「そいや、アンタ警備仕事だったよな。チビ犬は元気にバイトしてっか?」
「あー、ハイハイ。一瞬誰のことかと……見かけた時はワンオペさせられてましたけど、今はどうかな……彼、遠慮なく教授を呼び戻すから」
 話を聞く限り特段問題はないようである。ワンオペも可能だというのならば遠慮をする必要もなく、子供の自分が走り回る姿を肴に一杯やるのも悪くないだろう。
 あとは急遽代打をしてくれた爺への土産を用意できれば文句なしだ。
「そうかい。助かった。そんじゃ休憩は交代だ」
 ごゆっくり。先に出て行った男と同じようにひらひらと手を振って立ち上がった男は、そのまま目的地へと足を向けた。

2023/08/12 【FGO】