愛でるは……
さらり、さら。
清流のような髪が流れて空に溶けるようだ。
知らず目で追ってしまったそれから無理矢理視線を引き剥がして赤の弓兵は溜息を逃す。
こんな時ばかり聡い男は揶揄い混じりの問いを風に乗せた。
「なんだ、嬢ちゃん達の世話はもういいのか?」
視界に入るのはあおと、しろと、
ざわ。
黙ったままの弓兵を笑うように風が渦巻く。
ほんのりと薄紅の花弁が同時に散って、彫像のように整った男を彩った。
緩慢な動作で振り向いた彼の視線は風の強さに辟易するように細められ、影を落とした瞳の中でも失われない鮮やかなあかが青年を射抜く。
「アーチャー?」
そこで初めて気付いた、というように男は首を傾げてさくりと草を踏んだ。
見た目はひどく整っているというのに、仕草は悪ガキを思わせ、言動はどこのおっさんかと突っ込みたくなることも多い。
それでも。
酔ってるなと指摘されても睨みつけて無言のまま。
気付かないふりをしていたというのに、ぐらと揺れる視界に白い指先が大写しになった。
「……別に、そこまででもない」
ようやく口を開く。伸ばされた指からは逃れて入れ替わるようにそれまで男が立っていた場所に歩を進める。
岩と言ったほうが適切かと思うほどの巨大さを持つ白い石は一見すると不安定に見えるものの、その重量故か、ぐらつくような気配は皆無であった。
先端に立てば、眼前に広がるのはひたすらに空。
視線をずらせば木と川が見えるだろうが、今この瞬間には必要がない。
どこまでもあおい空に、枝を離れたときに紅を忘れたかのような白さをもつ花弁が流れていく。
空に浮かんでいるように見えたのは間違いではないらしいと笑みを刷いた唇ですぐ後ろまで追ってきていた男の名を呼ぶ。
厳密には名ですらないそれを口にした回数はもうどれほどだろう。
わざとゆっくりと瞬き視界の端で空に溶ける青の先を見る。
背に重なる体温を振り払うことはせず、腰に回った指に己のそれを絡めてやれば驚いた気配が伝わって、そっと笑みを深めた。
「おいこら酔っ払い。なんとか言えよ」
「さて……なんとか、とは何かな」
手探りでひとつひとつ指のかたちを辿り、嵌められた指輪をそのままくるくると回して誘う。
ぐる、と。獣のような呻きが直接触れている肩口に響いた。
花弁が舞い上がる。
同時に浮いた男の髪の先を反対側の手で絡めて遊ぶように引き寄せる。
「何かと忙しいマスターだ。息抜きに花見というのもたまには悪くないだろうし、女性だらけのそこに小煩くあれこれ言うような男は邪魔なだけだ」
正式サーヴァントである盾の少女は今は戦力外だが、花より団子の青の騎士王や、なぜか和の風景にも馴染んでいる金星の女神など、頼りになる面々が一緒だ。多少離れたとしても心配はない。
指を滑らせたあおの髪に薄紅の花弁がひとつ。
埋もれそうになっているそれを救出してからくるりと体を反転させた。
立ち位置の関係でいつもより少しだけ下にある男の顎を掬い、そっと唇を合わせる。
悪戯な花弁がその間に紛れ込んで邪魔をしたのにすら笑って。
「ならば、給仕が終わればもういらないと邪険にされた私がどこかで一人酔っていても構わないだろう」
珍しい直截的な誘いの言葉。
目を見開いた男は直後に楽しそうに笑って。
「仲間はずれとは寂しいじゃねぇか。オレもまぜろよ」
後ろ手で描かれたルーンが二人の空間を閉じ込めた。
2020/04/19 【FGO】