苦労の対価

 そう、たとえば。
 同じ名を持つ四人が同時に食堂にやってきてカウンターに並んだとする。
 この場合最も得をするのは基本的にあまり顔を出さない、カルデアに登録された霊基名にオルタが付くバーサーカークラスのクー・フーリンだ。狂王の名を持つ彼は基本的に群れることをせず、割り当てられた部屋で寝るか霊体化しているのだが、今回は同じ名を持つ四人まとめてレイシフト帰りで、食事をしてから休むことというマスター命令が下っていた。
「珍しく君も来たのか。たくさん食べていってくれ」
「魔力が足りないか? 肉を食え。野菜もな! 特製飾り切りで盛り付けてやるワン」
 わははとテンション高く肉野菜タワーを構築するタマモキャットとそれを止めないチーフレッドもとい赤の弓兵。その向こうではやれやれといった顔で肩を竦めるブーディカがいるがこちらも止めることはしない。頼んだ本人は食べられればなんでもいいという様子なのだが、おそらく厨房組にとってはなかなか姿を表さない野生の獣が餌を強請ってきたような祭り状態である。
 そしてそれと対となるのは誰か、という疑問が浮上するが、即座に解決されることになるのだ。
 つまり狂王たる彼の隣におり、知的を気取って己の別側面を先に行かせたため、並び順が最後になったキャスタークラスのクー・フーリンである。
「おっと、肉がきれてしまったな。すぐに追加を焼くゆえしばし待つがよい」
「オルタのオレにあんなに山盛りにしなきゃ足りたよなぁ!?」
 思わずツッコんだものの、楽しげに笑いながら冷蔵庫から塊の肉を出してくるタマモキャットに何を言ったところで無駄だろう。
 そうして肉の焼ける匂いに空腹をこれでもかと刺激されながら一人だけその場で待つことになったキャスターが食事にありつけたのは他の三人が食事を終えた頃であった。
 解せないと漏らす男は、幸運値でいけばそう変わらないはずだと焼きたてほかほかの肉を口に運びながら溜息を落とす。出来立てを食べられるならある意味幸運なのか、と考え始めてしまった彼の目の前に座ったのは食事を終えて部屋に戻ったはずの歳若いクー・フーリンである。
「食いながらでいいぜ」
「そもそも話を聞かないって選択肢はねぇのかい」
「オレ相手にそんなモン必要ねぇだろ」
 道理だ、と。元が同じである彼らはお互いが言うことに納得してしまう。
 さっきのレイシフトのことだがと前置きして話し始めた歳若い方のクー・フーリンは、とんとんと指先でテーブルを叩いた。
 言葉にすると差し障りがあるためだが、無言の仕草でも理解はできる。これは逃げられないなと観念したキャスターはごそりと服の隠しを探って触れた箱を滑らせた。
 見事に若い方の手に吸い込まれたそれは流れるようにしまい込まれる。あまりの速さに目視できた者はいなかっただろう。
 礼を告げて立ち上がった自分を見送りながらキャスターは苦笑する。
「そんじゃオレも」
 にゅ、と。背から伸びてきた手にはもう無言でもう一箱を握らせ、揃いも揃ってと不満を零す。
「いいじゃねぇか、年長者。どうせオマエは自分で作れるんだろうからこういう時くらい譲れよ」
「そういうこっちゃねぇよ……弓兵のメシとジャンクフードくらい違うわ」
 おそらくは。同じタイミングで食事を終えられた場合、箱二つ分も巻き上げられなかった可能性は高い。同じタイミングでブースに足を向けたなら、一本、ないし二本を融通しただけで終了しただろうにと嘆く。
「いや無理だろ。オレも若いのもオマエがこいつを確保したの知ってたからな」
 オルタには食事を。そのほかには煙草を。なぜか貧乏くじを引いた上に年長者呼ばわりされたキャスターはぐぬと唸った。
 ひらり。翻った手がもう用はないとばかりに離れていく。
 自分が自分にカツアゲするというのもどうかと思うが、逆に言えば自分だから遠慮がないとも言えるし、想定していたことでもある。
「やれやれ。年長者は苦労するねぇ」
 独り言だったはずのそれには誰が年長者だと突っ込みが降った。
「お?」
「まったく……ああいうことはもっと目立たないところでやりたまえ」
「おまえさんよく気付いたなあ」
 キッチンで起こることには常に目を光らせていると胸を張る厨房の守護者は何気ない仕草で持っていた小皿を男の前に置いた。
 ちょうど最後の一口を食べ終わった男は、チョコレートで綺麗にコーティングされた小ぶりの丸いケーキが乗っているそれと何か不思議なことでもと言わんばかりの弓兵の顔を見比べる。
 待たせた詫びだと溜息を含む声が落ちた。ある意味堂々と煙草の融通をしていたことを咎めるべきかと悩むようなそれに苦笑する。もっともすぐそばにお子様組がいなかったらそもそも他の自分と見えないほど高速でやりとりなどしないし、小言が落ちることもなかっただろうが。
「大人向けの試作品で悪いがな。よかったら後で感想を聞かせて欲しい」
「おう。ありがとよ」
 わざわざ大人向けと告げられたからには期待してもいいだろう。
 まずは追加で置かれたコーヒーを一口。その後口に運んだケーキからは濃厚なチョコレートに続いて洋酒の味が口いっぱいに広がる。甘すぎないところもいい、と目を細めた男は、感想を求めておいてさっさと厨房に引っ込んでしまった弓兵を見遣った。
「聞いてから引っ込めばいいものを。ああ、そうか」
 お前も食えと言われるのを恐れたか。理由に思い至って一人納得する。
 腹を空かせたままで待たされ、煙草を巻き上げられて。年長者だからと舞い降りた不運はこれだけで帳消しかと笑った彼は、厨房組からの視線を感じながらも残りのケーキをゆっくりと味わった。

2022/08/20 【FGO】