世話焼きのスパダリ

 ざりざりと地面が削れる音が響く。敵は分散して左右から。グレイ、ゲオルギウス、ランサーのアルトリア・オルタ。基本全員近接型だが一部中距離でも対応してくるグレイ、騎乗しているアルトリア・オルタは得に要注意で、ゲオルギウスに気を取られている間に一気に距離を詰められる可能性が高い。
 対するこちらはイリヤとエミヤの遠距離コンビに自分。この中なら誰が迎え撃ってもいいが、遠隔二人の交互に足止めできる利点を考えれば、小回りがきいて足の速さでも対抗できる自分が行くべきだろうとセタンタは両脇の味方に声をかけた。
「了解した」
「むこうはまかせて!」
 訓練という名目での戦闘であり、練度も向こうの方が数段上。だからといって負ける前提では面白くない。
「うし、どうせなら全力で勝ちにいこうぜ」
 そうして開始の合図とともに飛び出したのがつい先ほど。お互い真正面の障害物を回避するなら左右から回り込むしか手段はなく、必然と二人と一人に分かれることになる。
 考えることは同じだったのだろう。確かにゲオルギウスの防御性能を生かして足止めし、背後から強襲するつもりならその組み合わせになるだろう。
 知らず浮かんだ笑みをそのままにセタンタは突っ込んでいく。いくらなんでも騎乗した相手に対し、常時速度で勝てるとは思わないが、一瞬なら話は別だ。
 狙うは突進時。もしくはその後の旋回時だ。ゲオルギウスの位置も気にしておいて、なるべくそちらに気を取られた場合でも隙が少なそうな位置取りができれば完璧である。
 すれ違いざまに回避行動をしつつ軽い一撃。即座に背後に張り付いて追撃するもこれは手堅い防御で潰される。
 そう簡単にはいかないか。
 内心で苦笑して障害物を利用しながら隙を窺うも、どうにも決め手に欠けていた。
 相手は遠距離からの攻撃を嫌ったのだろう。戦場はいつのまにか全体的に北へとずれ、林の中へと移動していた。セタンタもそちらに入り込み、遮蔽物を利用しながら一撃離脱を繰り返す。
 徐々に合流する方向で動くのはエミヤの宝具展開を視野に入れるためだ。イリヤもセタンタの動きに気付いたのか、牽制しながら回り込むように動く。接近戦になるリスクは負うが、敵の視線はバラけるため時間は稼げるはずだ。
 障害物が増えたため、アルトリア・オルタはスピードを活かせないとふんで担当をスイッチ。素早く加速したセタンタがゲオルギウスの懐に入り込む。
「おっと、アンタの相手はオレだぜ? ガキだからって油断してっと足元掬われるぞ」
 彼のように強制的に周りの注意を引けるわけではないが、軽口による挑発程度なら朝飯前だ。それにあえて相手が乗ってくれるのも織り込み済みである。
「そちらこそ。そんなに余裕でよろしいのですか?」
「いまのところあいつらの方がオレより強いから、な!」
 踏み込みつつ棍での斬り上げから突きを横薙ぎに繋げる。勢いを殺さずに棍を回し持ち替え、追撃に移ろうとしたところで咄嗟に身を倒して回避する。
 そのままダッシュで離れると、吹き飛ばされてきたイリヤの体を受け止めつつ棍を立てて旋回。樹への衝突を回避しつつ樹の背後に身を隠して射線を切る。
 入れ替わりに連続で放たれるのはエミヤの矢だ。
「無事か」
「はいぃ!」
「いい返事だ。立て直すぜ」
 木々の多いこの場所は遠距離攻撃は遮られて不利だが、視線を切ることにより次の動作が分かりにくくなるため相手が迂闊に宝具を放てないという利点もある。
 エミヤの矢がゲオルギウスを押しとどめている間にセタンタとイリヤはグレイとアルトリア・オルタに接近する。合流していた彼女達に先んじて突っ込んでいくのはセタンタ、一歩遅れてイリヤ。迎撃しようとするグレイの奥でアルトリア・オルタもこちらに突っ込んでくる気配があるがおそらくはフェイク。
 グレイに向けて斬撃を一つ放ったイリヤは即座に宝具の予備動作に移る。対象は手前のグレイではなく奥のアルトリア・オルタだ。相手も宝具発動の体勢だが、一歩遅い。
「いくよ、これが私の全て!」
 後方から聞こえる声を聞き流しながら、グレイの猛攻に対してガードを固めていたセタンタはエミヤの流れ弾で隙ができたのを見逃さず攻撃に転じた。
 吹き飛ばして昏倒させてからの連続攻撃。それでも追撃を入れる前にゲオルギウスによる邪魔が入る。
「ちぇ、やってくれる!」
 戦場の把握は戦士の最低条件だ。狙いを強制されたセタンタはそれまで相手にしていたグレイに固執することなく即座に回避行動に移る。落としきれなかった彼女からの攻撃を勘だけでかわして駆け出した。遠くからエミヤ、そしてイリヤが射撃体勢であることは把握済み。
 一か八か。ギリギリの位置からの攻撃ははやはり空振り。即座に反撃に転じた彼の横をイリヤの斬撃が掠めていった。
 ざわり。
 空気が変わり、周囲の景色は侵食され、赤い荒野へと塗りつぶされていく。
 無数の剣が墓標のように突き刺さったそれが晴れていった後には、霊基の消滅を示す光が二つ。ゆると立ち昇っていった。
 かなり練度差はあったはずだが、チームワークの勝利とでも言うべきか。
 全身で喜びを表現するイリヤに対し、アンタのおかげだと声をかけたセタンタは、勢いのままにハイタッチをしてよろけた彼女を咄嗟に支えた。
「おっと。気をつけろよ」
「おやぁ……イリヤさん、本日二回目ですねぇ」
「あわわわわ。ごめんセタくん」
 戦闘中のことまで思い出したのだろう。わたわたして顔を覆ってしまった彼女を支えたままで首を捻る。
「さっきの戦闘でやばい怪我をした……ってわけじゃないんだな?」
「大丈夫。ちょっと宝具の反動がきてるだけだから。少し休めば問題ないよ」
 今はサーヴァントなのにねと苦く笑う彼女の感覚は、普通の人間とそう変わらないのだろうと想像する。ちらりと様子を窺ったエミヤが苦い顔をしているのを見てとって、少年はなるほどと頷いた。シミュレーターを利用していたため周囲は既に見慣れたカルデアの景色に戻っており、敵だった3騎も戦闘用のプログラムだったため、この場に残っているのは彼らだけ。
 そもそも、シミュレーター起動中のダメージは起動終了と共に修復されるため、彼女が言う反動はどちらかというと精神的なものだ。サーヴァントに食事も睡眠も必要はないが、そうしたほうがよく動ける気がするというのを同じことであるが、その積み重ねが作戦の成否を分けることがあるということを彼らも、そのマスターも知っていた。
「そんじゃさっさと休めるところに移動しようぜ。疲れた時には休息と甘いもの、だろ?」
 有無を言わさず伸びた腕がイリヤの膝裏を掬い、軽々と持ち上げる。いわゆるお姫様抱っこという体勢だ。
「ええええ……」
「エミヤ! オレこの子連れてくから先に戻って菓子でも用意してくれないか?」
 突然のことに少女はフリーズしているが、セタンタは気にしない。少女の手から抜け出した愉快型魔術礼装が身をくねらせながらさすがケルトのスパダリ、などと笑っている。
 エミヤはこめかみを押さえて呻いただけでルビーのセリフを無かったことにしたらしい。
「これはさすがと言うべきなのかな……ともかく了解したよ。彼女を頼む」
「おう!」
 青年の絞り出されたかのような苦い声に気付かないまま軽快に頷いたセタンタは、腕の中の少女に掴まっていろと笑みを落とした。
「ひゃいぃ」
「ちょっとイリヤさんには刺激が強すぎるみたいなので、加減してもらえます?」
「そうなのか? こんくらいフツーだと思うけど」
 身をくねらせながら周囲を漂うステッキは見た目がだいぶ悪いのだが、人通りもないため指摘するものはおらず、セタンタは気にせず会話を続けながら食堂に向かって進んでいく。腕の中の少女は両手で顔を覆って自衛しているものの、されるがままである。
「ああ、準備は間に合ったようだ。椅子よりはソファのほうが楽だろうからこちらへ」
 了解と返し、指定されたソファにイリヤを座らせて気分はどうだと問う少年の態度にはまったく他意がないが、道中ずっと御子スマイルに晒されていた少女は限界だった。
「え、エミヤおにいさーん! 助けてください!!」
「そう言われてもな……」
 言葉を濁したまま菓子を並べ、紅茶を注ぐエミヤの様子に何かを感じたのか、イリヤが勢いよくセタンタを振り返った。
「ここまでありがとうございましたエミヤお兄さんがお手本を見せてくれるそうなのでこの後はあちらにおねがいします!」
 早口ノンブレスの勢いに押されて頷いたセタンタはイリヤに示された青年を眺めながら後頭部を掻き回して。少女に対して何を言い出すんだと焦っている姿は少し可愛いかもしれないと認識する。
 まあいいかと口端を上げた彼はさりげない仕草でテーブル端のティーポットを掬い上げた。カップよし、お湯よし、茶葉よし。やったことはないはずだが、なんとなく感覚で大丈夫だと認識する。
「どうせならエミヤも休憩にしろよ。さっきはオレが一番楽してたからな。ここの給仕役ならオレがやるさ」
 イリヤと向かいにある丸椅子を足で動かしつつ逃げようとしたエミヤの腕をとってくるりと回す。
「う、わ!」
「ほい、完了」
 目の前にカップとソーサー、お菓子の取り皿からカトラリーまでを並べてやれば観念したかのように溜息を落とした。
 流れるような動作で紅茶を淹れる。おそらくはクー・フーリンという座の記録に基づくそれも、体が覚えていると呼称していいのだろうかと一瞬だけ考えるも、気にしたところでどうにもならない。
「なんだかんだで世話を焼くのは得意だぜ?」
 ぱちり。片目を瞑ってみせて。
 何を取り分けましょうか、とどこか甘い声を落とした。

2022/09/11 【FGO】