しっぽ二尾

 赤の弓兵は戸惑っていた。
 時刻はお昼過ぎの夕刻前。言ってみればおやつの時間である。
 場所はランドリールーム。
 立ったまま作業ができる高さの台の上にはたった今乾燥が終わったばかりの山盛りのタオル。
 足元にはもはや慣れてしまったふわふわの白い毛玉もとい犬二匹がいて、先ほどまでは様子を伺うように青年のあちこちを嗅ぎ回っていたのだが、今は足の間をぬるりぬるりとくぐって遊んでいる。
 布の山と格闘している弓兵は、彼らの扱いに困って何度か声をかけてはみたものの、立ち去る様子もない犬達は飽きずに遊んでいた。
 綺麗に畳まれた布達は、ある程度の量がたまると一段低いところに置いてあるカゴへ綺麗に揃えて入れられていく。
 ぐるぐる、ぐるぐる。
 犬達が遊ぶ。
 気にはなるものの、さして邪魔というわけでもないため、弓兵は声をかけるのを諦めて作業に集中することに決めた。
 部屋にはもう一台の乾燥機が回っている音だけが響いている。
 機械の音も、洗剤の匂いも嫌がるそぶりをみせない犬達は、遊びながらもどうも自分を待っているらしい。
 気付いたのは、台の上の布の山が無くなり、布の詰まったカゴが二つに増える頃。
 回っていたもう一台の乾燥機が終了の合図を出して止まる。
「だいぶ溜め込んでしまったからまだかかりそうだな……先にこちらだけでも持っていくべきか……」
 カゴいっぱいに綺麗に並べられた布の山と、新たに乾燥が終わった布の山。
 とりあえず残りを台の上に出してしまおうと、移動の気配を察して遊ぶのをやめた犬達を避け、動きの止まった乾燥機の前に屈み込む。
「う、わ……っ」
 ずぼっ。唐突に両脇の間に挟まってきた毛玉に驚く。
 見れば己の両脇から犬の顔が生えていた。
 一瞬怒るのを忘れた青年の顔に笑みがのぼる。
「こら、これは遊んでいるわけでは……うん?」
 普通の犬と違い、毛が舞うわけではない犬達は弓兵の脇の下から逃れると、傍に置いてあったカゴに前足をかけた。
 ぽん、と。軽く宙を舞ったカゴが犬の背中に乗る。
 どういう理屈なのか、カゴはそのままの位置で固定され、わん、と元気よく鳴く声に青年は我に返った。
「手伝ってくれるのか?」
 首を傾げながら問えば、もう一度、わんという声。
 ふふ、と。青年の唇から嬉しそうな声が漏れた。
「それじゃあ、お願いするよ」
 背中のカゴに乾燥機の中のものを入れてやれば、カゴを保ったまま器用に歩いて作業台の前で弓兵を待つ。
 その間、背に乗せたカゴは微動だにせず、何らかの魔力がはたらいているのが見て取れた。
「ありがとう」
 犬の背からカゴを受け取り、台の上に中身を広げる。
 空になったカゴと、すでに中身がいっぱいのカゴを交換する段階になって、もう一匹の犬がぴたりと足の横に寄り添った。
「えー、と。お使いをお願いしても?」
 わん。
 弓兵を見上げながら吠える犬はすでに準備万端とでも言わんばかり。
 背にカゴを乗せて移動できるのは先ほど見た。だからこそ求められていることがわかってしまう。
 おそるおそるその背にタオルでいっぱいのカゴをひとつ預けると、ふわりと魔力が広がったのがわかった。
 カゴを包み込むように広がった青の魔力。
 しっかりと固定されたことすら確認できるのは、他人の目にもきちんと見えるように彼が魔力を可視化したため。
「君たちは本当に器用だな……」
 カゴを預けた犬は、これくらい造作もないと言わんばかりに青年の周りをくるりと一回りして、尻尾を振る。
「ではすまないが、共同浴場にいるはずの聖女殿に届けてくれるか?」
 くぅん。
 承知した、と同時にもう一つのカゴはいいのかというように鼻先でつつく。
「それはいいんだ。運んでもらう分で当座はしのげるはずだから。気にしてくれてありがとう」
 入り口の扉を開けつつ、問題ないと笑ってみせる。
 開いた扉からカゴを持ったほうの犬が飛び出し……急停止した。
 そんな状況でもカゴの中身はぴくりとも動かない。さすがである。
 目の前にいたのは、狂王とも呼ばれるバーサーカークラスのクー・フーリン。
「あぁ?」
「すまない……もう少し私がちゃんと確認して送り出すべきだった」
 ぶつかってはいないが、急に進路を遮られた相手の機嫌はあまりよろしくないのを見てとって、青年が謝罪を口にする。
 だがしかし、目の前の男は弓兵のほうを見てはおらず、その視線はカゴを持った犬に合わせられていた。
 しばしの沈黙。
 ふ、と男の視線が上がって弓兵を捉える。
「オイ」
「あ、ああ。なんだろうか?」
「カゴをよこせ」
 カゴ?
 疑問符を浮かべた青年に構わず、開かれたままの扉から勝手に中に入った男は、犬が持っているのと同じ、布が詰まったカゴを手に戻ってきた。
「は……?」
「先導しろ」
 端的に落とされた言葉は傍の犬に対して。それに一声鳴くことで応えた犬のほうも男に合わせて歩き出す。
 会話はなかった筈だが、青年が呆けている間に彼らの中でなんらかのやりとりがあったのか。並んだ尻尾が遠ざかっていく。
 ゆらゆらとわずかに揺れる尻尾達はまるで仲良くお使いをする兄弟のようで微笑ましい……などと言ったら嫌がられるだろうか。
 だが、助かったこともまた事実。
「さて……お礼をしなければならない相手が増えてしまったからな。さっさと残りを片付けようか」
 部屋の中には犬が一匹。作業台に広げられ、雪崩れ落ちそうな布の山を押し留めている。
「君も、ありがとう」
 わずかに目を細めた青年は一度だけその額から耳の後ろまでを撫でてから作業を再開した。
 ここのところ随分と甘やかされている。
 それはこんなふうに。一人で大量の作業をしていたり、少しだけ働きすぎて翌日に響きそうだったり。
 無くても困らないがあると嬉しい、という絶妙な瞬間に彼らは居合わせる。
 自分はなんでも引き受けるくせに他人に任せるのは苦手な青年をわかっているというように、無理矢理甘やかしてから美味しい食事を強請るのだ。
 青年にとっての料理は苦ではなく、むしろ楽しみの範疇に入る。だからこそそれを報酬と指定してくる犬達は、彼らの主人にとてもよく似ている。
 アイルランドの光の御子。正しく英雄である彼は、貸し借りを残すのを嫌がる性分なのだろう。
 何かを提供されたと思えば、違う形で自然と返してくる。自分が提供したと思えばきちんと報酬を求める。
 あまりにも自然に、無理のない範囲で求められる報酬に彼の余裕が表れていた。
 それはどのクー・フーリンでも同じ。
 考え事をしながらも、青年の手は高速に大量の布達を捌いていく。
 それまで防波堤ならぬ防布堤になっていた犬は、これ以上布の山が崩れないところまで来たことを確認したところで、すとんと下に降りた。
 作業の手は止めぬままで行方を追えば己の真横。くるりと丸くなって寝転ぶも、青年の足にちょん、と鼻先を乗せて枕がわり。
 まだしばらくは動かない予定だというのがわかっての行動なのは明白だった。
 いつもは一人でやっている作業ではあるから苦ではないが、必要がなければ待っていて、いざとなれば手伝ってくれる存在がいるというのも悪くはない。
 以前よりも少しだけ、犬達に何かを頼むことに抵抗がなくなっている自覚はあった。
 いくら気安く接してはいても、正しく英雄揃いである他の英霊達のように気後れする必要が無いというのも理由の一つであろう。
「これは慣らされているのかな」
 くぅん。
 独り言に返る気の無い声に苦笑する。
 犬達はキャスターのクー・フーリンから分かたれた存在。
 一度、その主人にそんなに甘やかしても何も出ないぞと告げたことがある。
 それに対する返事は、何かを頼んでない時にあいつらが好きにやってることなんぞ知るか、だった。
 苦笑をさらに深くして、青年はいつの間にか畳む作業が終わっていた布の山をカゴに詰めていく。
「行こうか」
 気配を察してすでに起き上がっていた犬に声を掛けて。カゴを持って歩き出す。
 たまには犬達をけしかけるだけの主人も呼んでおこうか。
 犬達が勝手にやっていることはキャスターの男がやっていることも同じ。
 男相手にはつい投げてしまう皮肉も犬相手ではなりを潜めるため、自分の代わりによく犬達をけしかけている事実を分からない自分ではないのだと。
 お礼と称して呼びつける理由にして。
 やっぱり歩きながら足元に戯れてくる犬をひと撫でした弓兵は反応を想像して密かに笑った。

随分と回りくどい甘やかし方をしているキャス弓(キャス不在) もはやタイトルからだだもれですがオルタニキとわんこの組み合わせも可愛いと思うんです。わんこ達は元がキャスニキなんだから無言でケルトヤ○ザ的なことをしててもいいかな、と(笑)

2018/04/01 【FGO】