忘れ物のかわり

 しゃらり。胸元には十字架。腹に触れるのは下げた銃の先、腰には剣。
 視界がひらけている感じからすると帽子はどこかに忘れてきたらしい。
 そこまで考えてから、おや、と首を傾げた。
「なんとも……失態だねこれは」
 おそらく気にするほどのことでは無いのだろう。現に、こちらを振り返った少年少女は先の言葉の意味がわからないというようにきょとんとした目を瞬かせた。
「ああ、君達は気にしないでくれ。個人的な拘りの問題だからね」
 常に外見を整えることは趣味と実益を兼ねたもので、少しでも欠けがあると落ち着かない。落ち着かなくはあるが、時間が無いことも確か。
 今は己の外見よりもマスターの願いが優先だと笑いながら男は首を振る。
 疑問の色は浮かべたまの彼らだが、早く行かなければ遅刻なのだろうと促し、自ら足を早めてやればそれに付いてくる。
 先だって告げられていた場所には、すでに何人ものサーヴァントが集まっていた。
 慣れているらしい少年達は、あれこれと気安く言葉を交わしながら男を手招いて臆することなく中へと足を踏み入れる。
「うわ、なんか凝ってるね。あ、お面まである!」
「よお、マスター。ひとつどうだい?」
「その声……プロト?」
 当たりだと笑った青年は被っていた面をずらした。そんな彼の衣服は、場所に合わせるように和装となっている。
 気のいい兄貴肌の笑みに、つられたように少年少女も笑う。
 どうしようかなと迷う素振りを見せた少年は、ちらりと男の方を見てから、優美な狐面をひとつ求めた。フリだけの代金のやりとりを経て彼の手に渡ったそれは、少女との連携プレーにより屈めと告げられて従った男の頭の上におさまる。
「ま、マスター?」
「色男はなんでも似合っていいなぁ。カッコいいよ、バーソロミュー」
「はい。クー・フーリンさんのように着物で身に付けるもの、という知識だったのですが……洋装でもあまり違和感は無いものなのですね」
 クラシカルな服装だからでしょうか。
 うんうんと頷くマスターと、感心したように見上げる盾の少女。
 自らの外見を気にしてきたものとしては、褒められれば悪い気はしない。
「そうかい? それは光栄だ」
 しかしこれは彼のように本来なら顔にかかるように身に付けるものではないのだろうか。
 疑問は続けられた解説にすぐに霧散する。
「お祭りの時は歩き回るから危ないし、だいたいみんなこんな風に横とか、あと後ろとかにつけてるよ。なんていうか……テーマパークに行って、マスコットの耳とか付けるのと同じ感覚……って言ってもわからないか。今回は花火がメインだから、顔にかけてたら見え難くてしょうがないだろうし、これでいいよ」
 示された先に何人か、同じように面を頭の横や後ろに回して身に着けている姿があった。
 少年の感覚はわからなかったが、唐突に誘われて時間を気にして飛び出してきた経緯に気を使ってもらったのだということは十分に伝わる。
 頷きをひとつ返して、彼らは空いている場所に移動した。
 タイミング良く、それまで灯っていた小さな店のささやかな明かりが絞られる。
「あ。始まるようですよ、先輩」
 どおん。
 少女が言い終わらないうちに暗くなった天井に大輪の華。
 腹に響く花火の音に混じって。
 置いてきてしまった帽子の代わりにはならないかもしれないけれどと、ひそやかな声が耳に届いて、男は表情を綻ばせた。

2019/12/26 【FGO】