ドッグバトル
「なあなあ、エミヤ。味変って言ってたやつ、これつけるのか?」
「ああ。ビネガーとシーズニングソルトはそれぞれ三種類。ソースは向かって右から順にタルタルソース、サルサソース、グレイビーソース、カレーソース、ワサビマヨソース。あとはレモンとすだちを用意した」
彼らの眼前には大量のソースの他にほかほかと湯気をあげる白身魚のフライと横に添えられた大量のポテト。説明をしながらトレイから最後の小鉢を下ろした青年の話をトレードマークの三つ編みを揺らして熱心に聞いていた少年は、ずらりと並べられたソースを前に考え込んだ。
くつり。エミヤが笑う。
「そんなに悩まなくとも、気軽に試してみればいいさ。味の予想がつかないなら舐めてみてもいい」
「いやーそうなんだけどさー。あ、コラ!」
逃げられた。
後に続いた言葉に今度はエミヤが首を傾げて少年の指先を追う。挟まれているのは素のままのポテト。それが一瞬後に半分になったのに気付いて、ぱちりと目を瞬かせた。
「セタンタ、今……」
「あーッ! 落ちつかねぇ。ちと文句言ってくるわ」
うにゃーと言わんばかりの叫びと共に椅子から立ち上がりかけた少年を食事中に立つのは行儀が悪いからと押し留め、エミヤは手にしていたトレイをテーブルの上に置いた。
「こちらは私が相手をしよう。君はそのまま食事を続けてくれたまえ」
笑いながらしゃがみ込んだ青年の両脇からもふんと毛玉が体当たりしてくる。
ふんふんと鼻を鳴らす彼らの興味はエミヤの手らしい。
執拗に追いかけてくるそれをかわすように隠したり出したりを繰り返して気を引き、少年の足元から引き離すように動く。
「この子達に邪魔をされていたんだな。気付かなくてすまなかった」
お腹が空いているなら何か作った方がいいかと呟く青年は盛大に落とされた少年の溜息に気づかない。
「アイツの思惑通りになってんじゃねぇか。くっそ……」
「セタンタ?」
顔を背けた状態での発言では内容までは聞こえなかったのだろう。疑問符と共にかけられた声にどうせならもう一匹よろしくと笑ってポテトをひとつ宙に舞わせた。
食べ物を粗末にするんじゃない。怒りの声は、彼の眼前でジャンプした小さな白い毛玉に遮られて霧散する。
華麗にポテトを口内におさめて着地したそれはわふんと一声上げてぶんぶんと尻尾を揺らす。
体勢は戯れて飛びかかる数秒前。
つられて臨戦体勢になった犬達がエミヤの隣で身を低くした。
突然勃発した犬同士の対決はしばらくの睨み合いの後で突然走り出した犬の片割れを子犬が追いかけていったことで一応の決着をみたらしい。
エミヤの傍に残った犬の片割れは膝の上に鼻先を乗せて甘える体勢を取り、椅子に座ったままの少年は気付かれないように軽く舌打ちをする。
そもそも二対一だった時点で結果は見ていたようなものだが、この辺りが年の功というやつなのだろう。
「オレの犬どもはこっちにいるかー……って、なんか美味そうなモン食ってるな?」
ひょこりと顔を出したのは犬達の主であるキャスターのクー・フーリンで、テーブルを挟んでいるためエミヤから見えないその表情はどこか楽しげだ。
犬の頭が膝の上にあるため立ち上がることもできない青年は必要なら君にも出せると告げることもできない。
テーブルの上に突っ伏すようにして守ろうとするセタンタと、飄々と近づいてくるクー・フーリンの間でどこかピリピリとした空気が漂う。
一瞬後。
アンタにだけは絶対やらねぇという絶叫が響き渡った。
2021/08/08 【FGO】