炎の標

「こいつぁどうにもならねぇなあ」
「杖持ち(オレ)でもわからねぇのかよ」
「そう言うなや。マスターの気配はするんだが……どうも位相が違う感じか」
 杖に額を預けてあたりを探っていた男が深く息を吐き出して現状お手上げの仕草を見せる。
 そのままぐるりと見回せば、周囲には見事なほどに同じ顔が並んでいた。
 もう一度溜息を落とせば複数の舌打ちが上がって、それをやりたいのはこっちだとそれぞれが伝えてくる。
「まあ、こっちからはどうにかできんでも目印くらいは必要か。そこは仕方ねぇからオレがやるわ。それまでの間は自由時間だ。とりあえずオマエら連絡用に一つずつ持っておけ」
 キャスターの手から弾かれたルーンストーンが弧を描く。
「あぁ?」
「おっと」
「俺のだけ飛ばし過ぎ!」
 それぞれオルタ、ランサー、プロトの声である。文句を言ったプロトだが、持ち前の身体能力を遺憾無く発揮して見事にキャッチしていた。
「悪ぃ悪ぃ。手元が狂ったわ」
 笑って杖を担いだキャスターが何かあったら連絡を入れると告げて、同じ顔の四人はその場で解散する。長期戦になりそうなら食材になる獲物でも探しにいくかというランサーとプロトが揃って森に消え、オルタは寝るとだけ告げて手近な樹の傍に座り込んで目を閉じた。
「さて、そんじゃやるとしますかね」
 一人残ったキャスターは担いでいた杖を下ろして先を地面に触れさせる。
 幸い周囲は森だ。ゆるりと立ち上った魔力がこの場所はドルイドの領域であると定義し簡易的な工房として成立していく。
 とん、とん。ととん。
 杖で示した先には同じ樹木がある。その内側の空間を切り取るように工房が成立したのを確認すると、キャスターは息を吐いた。
 次にやるのは大気中の大源(マナ)の変換だ。マスターとの繋がりはかろうじて保たれているが、極端に細い。己一人ならばともかく特にバーサーカークラスであるオルタの維持に関しては怪しいため、早急に解決すべきところだろう。ランサークラスであるもう二人も燃費こそいいがアーチャークラスのように単独行動のスキルを持っているわけでもない。
「……こんなもんか。おう、オルタのオレ。多少はマシか?」
 きっちりと範囲に入っていることを確認して問えば巨体がのそりと動いた。余計なことをと告げる口元が僅かに緩んでいるのを見逃さず、キャスターは中央に火を灯した。
 焚き火ではなく松明の炎だ。目印として設定されたそれはこちらとあちらに光を投げる。
 ほどなく森の奥に探索に向かった二人が帰還した。獣はいなかったがいくつか木の実があったと両手に抱えている。
 どうだと見せられたそれらに問題ないと返して、キャスターは小振りなリンゴをひとつ手に取った。
「オルタ、テメェも食べとけ。何もせずに消えるなんざオレららしくねぇだろ」
「……チッ」
 痛いところをついてくる、と。身動ぎしたオルタに投げつけられたリンゴは手ではなく尾で受け止められた。
「案外器用だなオマエ」
「五月蝿え」
 丸ごと咀嚼して飲み込んだオルタに他の三人が笑う。それぞれ好きな場所に陣取った彼らは少しの木の実を傍にゆったりと目を閉じた。
 さて、持久戦だ。
 キャスターの宣言と共に淡く魔力が輝く。一度高く上がった中央の炎が四人の表情を均等に浮かび上がらせて、続く彼らの軽口を笑った。

2021/08/08 【FGO】