君の背にむけ番う矢を
シャドウサーヴァント、というものは。本来であれば、正規のサーヴァントとして現界している英霊よりもさらに劣化し、かたちが揺らいだ存在だ。
当然、宝具の真名解放もできなければ、ステータスも全般的に劣る。
ただし、膨大な魔力リソースと接続していなければ、の話だ。
「まいったな……オレが言うなって話だが、アレはちと厄介だぞ」
「本当に君が言うな、だな」
この場は霊脈に繋がる場所の深部。
吹き出す魔力は結晶化して鍾乳石のように天井に連なっていた。
地上に噴き出るはずの霊脈の吹き出し口が堰き止められていることで、召喚サークルを敷設できず、追加戦力を呼び出すのもままならない。
問題解消のため、近くの洞窟から内部に突入したのはエミヤとランサーのクー・フーリン。
機動力と撤退時の優位性に焦点を置いた人選だ。
マスターと共に地上に残っているのがマシュ、ヘラクレス、徐福。局地殲滅と防衛には適しているが斥候には向かない面子である。
別行動にはなるが、一応マスターが近くにいるという状況のため、単独行動スキルなしでも行動に支障はない。
「土地に紐づいてサーヴァントが召喚されることはあるが……それともどこか違う」
聖杯とまではいかないだろうが、膨大な魔力リソースを取り込んでいるらしい影にどこか違和感があった。
「勘がいいな弓兵。おそらくだが、アイツは真っ当なサーヴァントでもシャドウサーヴァントでもねぇよ。紛い物……っつーか泥人形っつーか」
「なるほど。どちらかというとゴーレムに近い、と?」
「そっちの方がわかりやすいな。随分と繊細な作りだが……オレの槍は効果がねぇ。そんな感覚がある」
男の言葉は、心臓に相当するものがないという証明だ。
心臓を貫くという事実を固定する因果逆転の槍における呪いは、相手に心臓が無い場合には成立しない。
普通のゴーレムならば魔力を骨子とし、物質を使って外殻を作成するが、今目の前にいる存在はおそらく魔力を使って魔力を編み、己のからだとしていた。
核となるものがないとは言えないが、心臓という概念には当てはまらない。
肉体の生成過程がサーヴァントとさほど変わらないからこそ、外側の形はシャドウサーヴァントに近く、自律行動ができているのだといえるだろうか。
先刻、軽く様子見だと言って飛び出して行ったランサーが通路まで後退してくるなり隠形のルーンを使用。声を潜めて警告を発するくらいなのだから、相手の実力も相当高いのが知れた。
隠形は本人の姿を隠すためではなく、陰に潜むエミヤ自身と己の唇の動きを相手に見せないために使用されており、本人は槍を構えて姿勢を低くしたまま。
同じ姿勢の相手は洞窟の広間から動かない。
最初から手の内を全て見せる必要はないとした男の言葉により、隠れて成り行きを観察していたエミヤから見ていても、単純な打ち合いは全くの互角。
こと戦闘に関してはオリジナル並の思考能力があるのか、綺麗に鏡写しになっていたと告げれば、やっぱりかと返答があった。
「そこまでは予想通りか。宝具の真名解放は?」
「そうさな……おそらくだが、突進に関しては無理だろう。投げる方なら単純に威力を重視できるから真名解放とまではいかないかもしれんが、迫る可能性がある」
同じ槍だが、使い方で効果と威力を考えて分けるのは本人がそう使用方法を定義しているためだ。真名解放せずとも魔力全部を乗せて強化した投擲の威力を考えれば納得もできる。
完成度の高いシャドウサーヴァントがオリジナルとまったく同じ戦術思考で同じ動きをするならクー・フーリン同士の一騎打ちは決着が付かない可能性が高い。
継続的に引き出せる魔力の総量を考えれば押し負ける可能性すらある。
そして、そこまでの存在強度であれば、エミヤが相対しても相応の苦戦を強いられることは想像に難くなかった。
一度姿を見せている以上、エミヤが単騎で挑みにいったとて、伏兵への警戒は消えない。
ならばその隙を利用してエミヤ自身が仕留めるか、すでに相手に把握されているランサーがもう一度出向き、彼を盾兼囮に使い、まだ存在を把握されてないエミヤが止めを刺すか。
マスターを待たせている以上、時間をかけすぎるのも悪手。
思考は同時で、おそらく何を考えていたかは声に出さなくとも伝わる。
「任せた」
落とされた声は一言だけ。返事を待たず、エミヤというよりは通路自体に隠形を残したまま男は広間に足を踏み入れていた。
その行動自体が、彼が選んだ作戦を物語る。
まったく。
ぼやきは音にならなかった。代わりに唇から紡がれるのは己の武器を産むための言葉。
通路のことなど忘れたように広間内で全く同じ動作で動く二つの影は、立ち位置を入れ替えながら槍を合わせ、身を翻し、ぶつかり合っては離れ、また距離を詰める。
手元が見えないほどの速度で繰り出される連続突きはすべて同じ軌道を描く槍に弾かれた。
唯一の違いがあるとすれば。
距離を離したランサーがとったのは突進を伴う宝具の構え。もちろん相手に心臓がなく朱槍の呪いが効かないことは承知済みだ。
だからこれは絶対に相手ができないことをして次の動作を誘うためだけのもの。
予想通り。相手は一度姿勢を低くし、飛び上がるための体勢を整えた。
「……」
「いくぜ、ゲイ・ボル……ッ!」
無言のまま飛び上がり、投擲姿勢の敵と、突進姿勢で前傾したまま体を捻った男。
きぃん。
笑みを浮かべた彼の表情を敵が理解し、槍同士の先端が交錯するより早く、一陣の風が駆け抜けた。
矢避けの加護は基本的に射手を視界に捉えている必要がある。
二重に隠された場所から男が口にしかけた真名解放を遮り、咄嗟に展開されたルーンの守りを掠めて。
ランサーの背ならず、シャドウサーヴァントの中心を抉り飛ばしたのはアーチャーの矢。
番えられた矢は偽・螺旋剣。込められた魔力は四十秒。
敵は飛び上がっていたため、矢は場の破壊を伴うことなく地上に向かって抜けていき、広間は最小限の被害で制圧される。
同時に地上にいたマスター達にも伝わっただろう。
「さすがだな、アーチャー! ホントに背中から射抜かれるかと思ったぜ」
「君は最初からこの結果を想定しただろうに。やれやれ……こんなことで君を倒しても嬉しくもなんともないのだがね」
いっそ本当に纏めて射抜いてしまえばよかった。皮肉を口にしながらも、至近で矢の通過に巻き込んだことで乱してしまった髪を軽く手櫛で整える。
ふ、と。先端を引き寄せて口付けをひとつ。
次はないかもしれない。無意識に毛先に向かって落とされた呟きに、男は満面の笑みで上等だと返した。
2024/07/06 【FGO】