夏至2020

 ゆら、ゆら。
 小さな灯りが地を越えていく。
 頼りなさそうに見えるのに消えることなく強く強く、どこまでも。
 その先は海だよ。
 誰かが叫んだ。
 視線を転じれば見渡す限りの海原。そこにゆっくりと日が沈んでいくところで、どこまでも光に溢れている。
 大丈夫だと灯りは答える。
 自分の行く先はその夕日の向こう側なのだと。鮮やかに瞬いた光は、言葉通りさらに大きな光に飛び込んで見えなくなった。

「先輩……マスター!」
「フォウ! フォウフォウ!!」
 べろり。鼻先を擽る濡れた感触。
「あー……俺、寝てた?」
「これは寝ていたというよりは気絶していたという状況に近いと思いますが……ええと、はい。意識がなかったのは確かです」
「おー起きたかマスター。大丈夫そうだな」
「キャスター……」
 はく、と。声になるはずだった言葉は霧散して呼びかけは行き先を失う。
「なんだ、ど忘れか」
「……うん、そうみたい」
 夢を見ていた気がすると告げた少年に青の魔術師は曖昧に笑う。その後からひょこりと顔を出したのは同じ存在、別クラスの霊基で現界したクー・フーリン達であった。
「おい杖持ち、テメェだけサボってねぇで手伝え」
 手加減なしで体重をかけられた魔術師がぐえと声を上げて潰れる。
「ランサー、プロト、オルタ……」
「おう、どうしたマスター?」
「ううん。なんでもない。やっぱり忘れちゃったみたい」
 変なやつだなと笑うランサーは、潰されたキャスターを引き摺るようにして丘を下っていく。
 その先に見えるのは子供の姿のサーヴァントと、ブーディカやエミヤなどキッチンカルデアの面々だ。その向こう側にはカルデアで退去した時に別れたきりの何人ものサーヴァント達の姿も見える。
「マスター?」
 不思議そうな少女の声を聞きながら、ああそうかと少年は納得した。
 ありえない光景だ。少なくとも今はまだ。
 隣に立つ盾の少女の装備はオルテナウス。そしてノウム・カルデアで再召喚が叶ったのは目に映る人達のほんの一部。
「夢かあ……うん、そうだよね」
 ゆったりと流れる時間を楽しむ余裕は今の自分達にはないはずだのだが、夢であるならばそれも叶うのだろう。
 今は夜と昼の境。淡く色づきはじめた空が一年で一番長い昼の訪れを告げる。
「うん、そろそろ起きなきゃ。もしかしたら今日は誰かが来てくれるかもしれないね」
 上半身を起こしただけで草の上に付いたままの手にフォウ君が遊ぶ。ぱたんとそのまま倒れた少年は明るくなる空を見上げながら目を閉じた。

「先輩、新たに四騎の再召喚に成功したみたいですよ」
「一気に増えたね。誰が……」
 廊下を急ぐ少年少女が角を曲がった瞬間に空のような青が視界一杯に広がった。
「よぉ、マスター。また宜しく頼むぜ」
「……うん、よろしく!」
 光の御子の異名を持つ彼らを認めて。少年は破顔して、勢いのままに飛びついた。
 そんな無茶をしても受け止めてくれる男達はどうせ抱きついてくるならマシュだろうと口にして、それを受けた少年はそんなこと許しませんと笑う。
 彼らの生涯は夏至の夜のようだったという。
 彼らがこうして召喚に応えてくれる今は夏至の昼のようだと少年は語る。
 長く続く昼は普段見えないはずの時間までを見渡せるのだと。
「いいじゃん、嬉しいんだからさ」
 そんな風に文句を零した少年に何かを感じたのか、クー・フーリン達は少年を抱え上げたまま案内しろと笑った。

2020/06/21 【FGO】