もふもふ
「ツラかせ」
弓兵はいるかと問われたブーディカからパスされた青年がカウンターに立った途端に投げられた言葉である。
「え、あ……ああ。わかった」
不機嫌さを隠さない男に対し、拒否の言葉など紡げるものではない。
思わず頷いてからぎぎぎ、とブーディカのほうに視線を流すと、こちらはどうにかするから早く行ってと視線だけで促された。
即座にエプロンを外し、後を頼むと告げた声は掠れていなかっただろうか。
目の前の男の尾の先が僅かに揺れている。
あれが大きくなってテーブルやら椅子やらが破壊される前にこの場から連れ出さなければならないというのは共通の思いだっただろう。
外したエプロンを握ったままカウンターを回り込んで外に出た青年は、即座に伸びてきた尾に絡め取られた。
「ちょっと待ってくれ狂王。せめてエプロンを置かせて……」
「うるせぇ」
一言で切って捨てられる。
これはもう何を言っても無駄だろう。そもそも彼が食堂に来ること自体が珍しい。ならば用件は急を要するはずで、多少強引になる状況もわからなくはない。
溜息一つですべてを諦めた厨房の守護者こと赤の弓兵は尾の動きに逆らわずひたすら足を動かした。どこか気の毒そうな周りの視線を何気ない顔で全て受け流すのは少々居た堪れない。
面倒になったのか、途中から完全に持ち上げられたため、居た堪れなさはさらに加速した。
「……勘弁してくれ」
もふりとした男の武装の一部に顔を埋めることでやり過ごす。
周囲は見えずとも音の反響具合と距離で大体の位置は把握できる。男が向かっているのはどうやら温室のようだった。
食堂から遠ざかれば人は減っていき、目的地に辿り着く頃には人もサーヴァントも見当たらない。
ずんずんと奥に向かっていく男は、茂みの陰にひっそりと立つ休憩所に青年を連れ込む。
その場所に覚えがあった。
もともと何もなかったはずのそこに鎮座しているのは巨大なクッション。
「これは一体……うわ」
「許可はとってある。だが、オレには合わん」
ソファに投げ出され、抗議の声を上げようとした青年はぐらりと傾いだ体を受け止めて黙り込んだ。
「……狂王?」
「テメエが、仲介しろ」
もふ、と。
胸筋に顔を埋めたまま動かなくなった男を絶望的な気持ちで見遣る。
この場所はもともと秘密の休憩用としてキャスターのクー・フーリンが作ったものだ。森の賢者らしく木々がある場所と相性のいい彼が短時間で効率よく魔力を蓄積するための場所。そして無理をしすぎた時にちょっとした隠れ場として使えと告げられた青年も、そこを使うことを許されていた。実際強い霊脈と接続したかのように効率は良く、時折世話になっている。
場所を借りたのだろうことは先程の言葉で理解できた。ならばそこをわざわざ使う意味を考えればいい。
導き出される答えは単純だ。
「魔力が足りていない、のか」
少し考えて上半身の武装を解いた。接触供給であれば素肌同士、触れる面積が増えるだけで多少効率は上がる。
確かあと数時間後には戦闘に出ると告げられていたはずだ。それは自分も同じ。
そこまで考えてなるほどと納得する。
弓兵が同行者でなければ別の手段をとっただろう。そして弓兵側もそれを拒まなかったと断言できる。効率の良い場所での接触供給。それは次善の策だ。
おそらく時間になれば勝手に起き出すだろうから好きにさせておけばいいと理解した青年は力を抜いて巨大なクッションに体重を預けた。
今はびくりとも動かず、床に長々と伸びる男の尾を視界の端に捉えながら目を閉じる。
さらり。流れ落ちる髪を遊んで。かすかな笑みと共に眠りへと身を委ねた。
2020/04/19 【FGO】