幟二本
煌めく太陽と青空が今は夏であると全力で主張している。波の音はあるが残念ながら打ち寄せる先は白い砂浜ではなくコンクリートの堤防と消波ブロックだ。
足元もジリジリと焦げるようなコンクリート。すぐ近くの河口を挟んだ対岸には公園が整備されているが、このあたりは港とそれに付随する工場街のため見た目で涼をとれるものもない。
「あちぃ……」
思わず声も出るというものであるが、即座に声に出すなと怒りの滲む声とともにそれまで頭があった箇所を二振りの日本刀が行き過ぎる。
「あっぶねぇ。街中でホイホイ刀抜くんじゃねぇよ」
「うるさいわね。誰もいないんだから問題ないわよ」
次は本気で首をとばす。座った目で続けられて即座に白旗を上げた男は溜息と共に足元の小石を拾った。
「この状況だと闇雲に探しても無意味そうだ。とりあえず日陰にでも退避するぞ」
「異論はないわ」
サーヴァントであろうと、陽炎が立ちのぼっているような道を延々と歩きたいとは思わない。せめて風があれば違ったかもしれないが、その気配は微塵も感じられなかった。
二人は近くにあった駐車場に併設された建物の影に入り、日が陰ればマシだと息を吐く。
「ほれ、水」
「……気が利くじゃない」
店なんかあったかと首を捻りつつ封を切ったジャンヌ・オルタは、他のメンバーと連絡を取る男を盗み見た。
妙にこの街に馴染んで見える彼は、ランサークラスのクー・フーリン。なんとなく土地勘がある気がするというのが今回の捜索隊に選出された理由だ。
今回のメンバーは全員魔術による装備隠蔽を施されており、日陰ギリギリに立つ男の姿はアロハシャツとパンツという現代人の出立ちだ。それは向こうから見た場合も同様で、水着霊基のはずのジャンヌ・オルタの服装もミニ丈のワンピースのはずである。
もう一つの実働部隊はイリヤとパラケルススというどうにも謎な組み合わせ。マスターの傍にはロビンフッドとメディアリリィが控えているが、こちらの役割は各所で活動するサーヴァント達への情報と魔力の提供に重きを置いているため街で一番高いビルの屋上から移動ができない。カルデア側との通信は途絶えたままで、あてにできる状況ではない。
メディアリリィの魔術での目撃情報はメールという形に姿を変えて逐次それぞれに支給された情報端末に届けられていた。鳴り響くメールが届きましたという音声はダ・ヴィンチのもの。ノリノリでサンプリングされただろうそれに突っ込むのにも疲れてしまった彼女達は同時に情報を確認し、即座に日陰から飛び出した。
「回り道は面倒ね……来なさい!」
ごう、と。風を切って現れたのは竜だ。黒の靄のような形は端から破綻していっているが、河を超える程度なら保つだろう。
めちゃくちゃだと苦笑しながらルーンを描いた小石を弾いて隠蔽の魔術を発動させたランサーもジャンヌに合わせて飛び乗る。文句のひとつもないのは単純に時間が惜しかったからだと対岸ギリギリで霧散した竜の背から投げ出されながら笑った。
危なげなく着地し、そのまま全力疾走の体勢に入る。
「この先は商店街だ。入り組んでるから気をつけろよ」
先行する。言うが早いがランサーの速度が上がる。無理に並走する必要はないと判断したらしいジャンヌを引き離し、男は器用に道を曲がって情報にあった大判焼き屋の前へと辿り着いた。
「見つけたぜ、鬼の嬢ちゃん。門限はとっくに過ぎてるんだ。帰るぞ」
「む。汝は青タイツのランサー! 吾は人間(ヒト)でも子供でもない。ならば従う義理などあるものか」
どん、と。地面に打ち付けられた槍には燦然と「吾はもっと遊びたい」の幟がひらめく。つまりはそれが彼女の意思というやつである。
「ああもう邪魔よ! 怪我したくなければ下がりなさい」
遠巻きに様子を窺う人間達を追いついてきたジャンヌ・オルタが問答無用で散らしにかかったのを聞きながら男は改めて獲物である茨木童子へと向き合った。
「そうかい。だがオレもおまえさんを連れて帰るのが役目でね」
大きく跳躍して下がったランサーの手には、いつの間にか魚屋の店頭にあったはずの派手な色味の幟が握られていた。
いくぜ。
宣言が茨木童子に追いつく前にランサーは地を蹴り、大漁祭りの幟が翻る。軽い音を立てて地面に転がったのは横棒。走りながらポールから布部分を引き抜いたランサーは慌てて身を翻した彼女の幟をポールで絡めとりながら布を広げ、槍と体を絡め取って同時に縫いとめる。
「にゃんとぉ!?」
「おーし、捕獲完了。撤収するぜ、黒い嬢ちゃん!」
「誰が嬢ちゃんよ!!」
ジャンヌ・オルタの文句の後に苦笑混じりの穏やかな声が響く。
「みなさんこちらへ。イリヤさん」
「いっくよー、ルビー!!」
「はいはーいお任せあれー。それではぶしゅーっとな!」
その擬音はなんかだめぇえええという少女の叫びが真っ白なスモークだらけになった中から響いたが、方々に流れたそれに巻き込まれた人間達の視界が晴れた頃には何事もない日常が横たわり、先程までの騒ぎを覚えているものは誰もいなかった。
2021/08/08 【FGO】