ふわふわのしあわせ

 甘い匂いがする。
 ちょっとした手伝いのはずが、力仕事に頭脳仕事にとこき使われた青年は、向かう先から漂う香りに首を傾げた。
 歩を進めるに従って強さを増すそれに混ざって、わずかに漂う紅茶の香り。
 時間を確認すれば、確かにお茶の時間。
 きゃっきゃ、としたお子様達の声も聞こえる段階になって、彼はわずかに瞳を細めた。
「ふむ……」
 このまま足を踏み入れるのは無粋だろうか。
 気分的に水でもと思って食堂に足を向けたが、考えてみれば自室のディスペンサーからでも事足りることに気付いて歩みを止める。
 もうあと一歩踏み込めば自動扉が開くというところで踵を返した青年の後ろで軽い音とともに扉が開いた。
 少し驚いたような表情でたたらを踏んだのは、青年とも何かと縁深い青の騎士王、アルトリア・ペンドラゴン。
 軽い挨拶をして立ち去ろうとした青年を呼び止めた彼女は、どこか照れたような困り顔になって、今しがた彼が入るか躊躇った扉の中に誘った。
「アーチャー、ちょうどよかった。すいませんが少し助けて欲しいのです」
「君がそんな顔で頼み事とは珍しい」
 乞われるならば入室に否やは無い青年は彼女に続いて扉をくぐる。
「あ、おかあさんだ!」
「ほんと、エミヤおじさまだわ!」
「お疲れ様です」
 入るなり聞こえてくるのはお子様達の三重唱。
 ふふ、と。笑った騎士王に着席を促され、青年はお子様達にまじって円形のテーブルに腰を下ろす。
 肩越しにキッチンを振り返るが、普段ならそこにいるはずの者たちの姿はなく、代わりに動き回っているのは先ほど青年を誘った騎士王のみ。
 彼女が運んできた皿を見て、甘い匂いの正体を把握した。
 二枚重ねのパンケーキ。出来立ての熱で溶けていくバターの香りが鼻腔をくすぐる。
「どうやらレディ達のお茶会のようだが、私が邪魔をしてもよかったのかね?」
「ええ。むしろ助かります。その……ちょっと作りすぎてしまって」
 自分の前にも置かれた皿を見てうれしそうに笑ったのはナーサリー・ライム。首を傾げたのはジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ。
「おいしそうね。とってもおいしそうだわ」
「はい、ちょっと意外です」
 パンケーキの皿に続いて、空のまま置かれていたカップに紅茶が注がれる。
 透き通った鮮紅色の水色を持つそれが高く香った。
「随分と良い紅茶だな」
「ええ。先日マスターにいただいたものだそうですよ」
 別件でロンドンの特異点に行った彼が持ち帰ってきて、定期的にお茶会をしているらしいお子様三人組に渡したものらしいと語る。
「エミヤおじさま、まずは冷めないうちにいただきましょう?」
「うん。あったかいほうがおいしいよ」
 今にも歌いだしそうなナーサリー・ライムの声に賛同するジャック・ザ・リッパーの声。
「そうだな。そうさせてもらおう。セイバー、頂くよ」
「はい、どうぞ召し上がれ」
 ふわりと微笑んだ彼女が全員が食べるのを見守っている。
 口に含んだ焼きたてのパンケーキは、どこか懐かしい感じがした。ふわふわとしながらももっちりとした食感はお子様達に大好評である。
 エミヤは食べ始めてすぐに気付く。
「うん、美味い。これはヨーグルトかな?」
「正解です。さすがですね」
「私としてはむしろ君がパンケーキを作るのが得意だったというほうが驚きだが?」
 片眉を上げてからかうように告げれば、アルトリアは一瞬だけ遠い幸せを追うような表情を見せて、これだけは特訓したからと笑う。
 目の前ではお子様達がメープルシロップをかけあって二枚目の攻略にかかっていた。
 その様子を眺めながら、アルトリアとエミヤは紅茶を口に運ぶ。
 喉を潤し、息を吐いてもう一口。
 青年はパンケーキを口に運んだ。
 彼女が焼いたそれは、あたたかい、食べさせたい人の幸せを願う味がする、と思う。
「セイバー」
「はい」
「ありがとう」
「さて、なんのことでしょう?」
 エミヤが気付かなかったはずはない。アルトリアが食べさせたかった相手が誰だったのか。
 焼きたてふわふわのパンケーキは、生地を作ってから焼くまでの速さが勝負。
 つまり、最初から頭数に含まれていたのだ、と。そこまで把握しているのに、青年は、どうして自分がと思いこそすれ、深く考えることはしない。
「次は合作も悪くないと思うのだが如何かな?」
 デコレーションパンケーキは彼女達にもうけると思うのだがと提案すれば、アルトリアよりも先にお子様組がおいしそう、食べたい、今でもいい、などと反応する。
「いいですね。でもまた今度ですよ」
「ああ。これ以上食べると夕食が入らなくなるぞ?」
 拗ねるお子様達を宥めるようにもう一声。
「それでは次の時は皆さんにも手伝っていただきましょう」
 ジャックはナーサリーの、ナーサリーはジャンヌの、ジャンヌはジャックの分を飾り付けるのだと言って笑う。
 その意図に、青年もすぐに気付いた。各種チョコペンを調達しておこうと続けるエミヤに、アルトリアも頷く。
「ふふ、何をするのかはわからないけど楽しそう。楽しみね」
「うん。たのしみ!」
「じゃあお二人は相手の分を飾り付けるのですね!」
 ナーサリーとジャックがきゃっきゃと騒ぐ中で、さりげなくジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィが爆弾を投下してくる。
「ああ、そういう流れになりますね。どうでしょう、アーチャー?」
「ふむ、騎士王の挑戦なら受けて立たないわけにはいかないな」
「では決まりです。皆さんもそれでいいですか?」
 揃って頷く三人組。
 マスターが帰ってきたら予定を聞いてみようと相談する三人を眺めながら残りのパンケーキを食べきったエミヤは、次のときにはどうやって目の前の相手を驚かせてやろうかと思案する。
 その口元は、ゆるく溶けた幸せを形作っていた。

FGO時空のどこかの軽くふんわりしたおやつ話。 たまにはセイバーさんだってがんばる、っていうのもいいなあと思うんですが、自分に向けられる好意にとてつもなく鈍い弓兵はもうちょっと頑張って欲しいとおもいます。

2018/03/01 【FGO】