変わらないもの
「少しでいいのだが時間をとって貰えるだろうか」
忙しいのは承知しているのだがという控えめな要請に、思い当たることもなかった。
首を傾げはしたものの、結局は二つ返事で了承して。何時頃なら都合がいいかとの問いに手元の端末に視線を落とす。
なにしろ相手は厨房の守護者と呼ばれる赤い弓兵だ。予告するほどのことなら気軽な頼みごとではないだろう。
「ええと……そうだね。夜、遅くなってしまっても構わないかい?」
一瞬の間。零れそうになる小言を堪えたと言わんばかりの表情で要件の見当をつけようとしたのだが、ますます首を傾げる羽目になる。
「緊急なら今でも構わないけど」
代案を出せば夜で構わないという返事と、具体的な時間の確認。おそらく日付が変わるあたりだと告げれば、ではその時間に来ると言い残し、赤の外套がひるがえる。
「さてさて、何が出るのだろうね?」
問いに応える相手は居ない。現在のところは補給と調査期間という位置付け。シャドウボーダーで脱出できた全員がカルデアベースに落ち着いており、霊基グラフからの再召喚が叶った英霊達も増えつつある。
次の異聞帯に赴くまでの僅かな間だ。それら一切を取り仕切る側である身には時間が無く、それ故に不眠不休。
いくつかはシオンという新たな協力者に頼むことができるが、そもそも今の自分はサーヴァントであると同時に最重要部品でもあるため、最終的には全て背負うことになる。
弾き出した約束の時間もギリギリ。故に、予定を入力した後で一度それを忘れて目の前の仕事に打ち込むことを選んだ。
約束の時間を示すアラームが鳴る。
「ダ・ヴィンチ女史」
ぴったりに訪ねてきた赤の弓兵は遠慮がちに大丈夫かと問うた。
「問題ないよ。ちょうど区切りをつけたところだ。むしろジャストタイミングと言うべきだね」
用件をどうぞとばかりにてのひらを翻して、噛り付いていたデスクの上を軽く片付ける。
身を引いたことでできたデスク上に乗せられたのはクローシュ。
「では約束通り、少しだけ貴方の時間を借り受けよう」
宣言とともに持ち上げられたクローシュの蓋。
ふわり。
湯気と香りがデスクの主人を襲う。
現れたのはパスタであった。トマトと、モッツァレラと、バジル。定番とも言えるシンプルな組み合わせ。
「ええと……」
「冷めないうちにどうぞ。さすがにワインというわけにはいかないからこちらは水だが」
続けてワイングラスに注がれた水と、並べられたカトラリーが背を押して、もはや食べる以外の選択肢を奪う。
そこでなんとなく、時間を告げた時に彼が微妙な表情をしたのに合点がいった。
ダ・ヴィンチはすべての記録をカルデアの彼女から引き継いでいるとはいえ、今の身体は少女のもの。つまり、辛うじて飲み込んだものの、他のお子様組と言われている彼女達と同じ扱いをしてしまったのだろう。
だからそれは、そっと胸に仕舞って気付かなかったふり。
「なるほど。こちらでは新鮮な卵もチーズも手に入りやすいのかい?」
「そういうことになる。あちらでは貴重だったから、振る舞えず仕舞いだったからね」
自分の自己満足のためにわざわざすまないと苦笑する青年も、本当のことは告げてこない。
今彼が告げたようにパスタを要求したのはかつての自分だ。
くるりとフォークに巻きつけたパスタの一口分は以前よりも少ないが、それで何が変わるわけではない。
自分は変わらず、カルデアの万能の天才。それを成すために作られたスペア。
改めてそれを噛み締めて、少女の姿になった彼女は目の前の皿を空にした。
2019/12/31 【FGO】