ピクニックの荷物

 青年は悩んでいた。
 眼前に並ぶのは日焼け止め、水筒、飴、レジャーシート、タオル、などなど。
 所謂ピクニック用品というものが所狭しと置かれている。
 そして手元には決して大きくないサイズのボディバッグがひとつ。
 見栄えがいいように適当に膨らませられるものを入れてくれと頼まれたが、デザイン優先のそれはおそらく物を入れるようにはできておらず、どう頑張っても小物数個程度しか入りそうにない。悩みに悩んだ末、青年は厳選したものを中に入れて立ち上がった。

  ***

 その日は晴天だった。空も海も等しく青く、眩しい。
 うーんいい天気などと言いながら伸びをしているメイヴと、すでに水に入っているフェルグス、フィン、ディルムッド。
 いくつかの指示の声があったが、しばらくすると満足のいく絵が撮れたらしい。
 マスターと盾の少女は、馬を撮ってくると張り切って駆けていった。
 残されたのは楽しそうに水と戯れている先述の四人と、水着まで着ておいてそれに混ざらずぼんやりと景色を眺める狂王と呼ばれるクー・フーリン。
 そもそもその格好自体彼の意思ではなく、撮影と聞いて気合を入れまくったメイヴの手によるものだ。こだわりも思い入れもない彼にとって、自分がどんな格好をしているかなど関係がないのだろう。
 そういえば、と。
 胸元にある小さなバッグを見下ろしてファスナーに手をかける。
 中身を詰めたのがキッチンの守護者である弓兵だということは知っていた。だからこそ興味を惹かれた彼は、出てきたものに疑問符を飛ばすこととなった。
 膨らませるものをとオーダーされたらしい青年がタオルを詰めたのは理解できる。そしてそれ以外に入っていたものといえば。
「通信端末……」
 通信端末というよりは呼び出しのみに特化したコール端末というほうが正しい。液晶はなく、宛先も表示されないためどこに繋がるのか不明だが、すでに帰りたくなっている男は深く考えずにそれを押した。小さなライトが点滅から点灯して、通信成功したのだけが把握できた。
 すぐに興味を失った男はタオルごともう一度バッグの中にねじ込む。
「呼んだかね、狂王」
「あぁ?」
 見知った気配だったために警戒態勢を取ることもなく振り返ったクー・フーリンの前でにこやかに笑うのは確かにカルデアキッチンのチーフとも赤の弓兵とも呼ばれる青年、エミヤであった。
 今は現代の装いに合わせているらしいが、上下ともに黒というのは夏の青空の下ではものすごく浮いている。
「テメェ、どこにいた」
「向こうの影に。スカサハ殿のルーンはすごいな」
 ここまで付いてきても誰も気付かなかったと声を弾ませて一人頷く青年にツッコミを入れる者はおらず、黙って聞いていた男は己のバッグを示して関係性を問うた。
「その……持っていって欲しかったものはとても入りきらなくてだな……ならば私が持って付いていけば解決するかと思ったんだ」
 自分がバッグがわりだと堂々と告げる青年の様子を見れば、誰でも頭を抱えたくなっただろう。必要なものは網羅してきたと言う彼の両肩からは大荷物が入っているらしい巨大トートバッグがぶら下がっていて、真実を裏付けていた。
 そうか、とだけ零したオルタのクー・フーリンは、身振りでついてこいと指示し、四人が遊んでいる水辺までおりていく。首を傾げながらも従った青年に対し、水に濡れないギリギリのところで荷物を下ろすように促した。
「あら。クーちゃんどうしたの?」
 自らもボディバッグとキャップを外し、上着を脱ぎながら返すと告げた狂王に対し、女王はころころと笑って濡れるのを気にしているのなら構わないと告げた。
 そうかの一言で脱ぎかけた上着を戻した男は、荷物を下ろしたままの体勢で固まっている青年の腕を引く。
「せっかく来たんだ。テメェも濡れていけ」
「ちょ、待……ッ」
 静止は虚しく。バーサーカーの膂力で飛ばされた青年は見事に海中に落下した。
 後を追って水面を尾が跳ねる。
「はっはっは。セタンタも元気だな」
「それでいいのでしょうか……」
 フェルグスとディルムッドの会話も遠く。全速力で追ってくる尾から逃げ惑うエミヤの姿が海中に引き摺り込まれるのにそうかからなかった。

2020/07/26 【FGO】