手向けのことばをひとつ
「彼は任せてくれるか」
何の気負いもなく、平然と告げるのは、竜殺しの異名を持つ“黒”のセイバー。
大丈夫か、と。ひょんなことから招かれた異邦人であり、この場に集う管理者を除く十三騎の仮初めのマスターは彼に問う。
「もちろんだ。できなければ言わない。今の俺は、引くつもりも死ぬつもりもない」
君は俺の能力をよく知っているだろうと告げて微笑む男に、承知したと笑ったマスターは、じゃあ他の応援に行くと笑って手を振った。
“黒”のキャスターからゴーレムを一体借り受けているマスターは、それの肩に揺られながら戦場を渡って行く。
それを見送って、“黒”のセイバーは一歩を踏み出した。
そこから先は敵の警戒領域。
大聖杯の醜悪な模造品は、その権限を持ってサーヴァントの模造品を現出させる。
出現したのは“黒”のランサー。
記憶はない。記録もない。だた、それを知っているものから語られた事実だけをもって、かつてどこかで味方だったはずの相手と視線を交わす。
幾度倒しても、彼だけは未だこちらに喚ばれない。それは唯一この茶番を仕立てた人物と融合する形で存在しているためか。
覚えはないが、真名を聞けばその存在は知識として知っている。
国を守るために苛烈な行動を繰り返し、果てには己の名声を捻じ曲げられた悲劇の王。
「これ以上あの人のあり方を汚そうというのなら、俺はそのすべてを打ち果たそう」
謝罪する術は理由ごと取り上げられた。だが、そうするべきだとなにかがこのからだに告げる。
この霊基には刻まれていないが、どこかで紡いだらしい縁を、手繰り寄せることはできるだろうか。
再び十四騎すべて揃うような奇跡が。
身の丈ほどもありそうな大剣を構え、“黒”のセイバーは駆け出した。
反応した敵がゆらりと動く。
ランサーが槍を構え直し、その後方の大聖杯もどきの内部には高エネルギー反応。
来る。
攻撃の発動を確認するが、かまわず突っ込む。案の定、一直線に飛来した光の束は手にした剣の切っ先が和らげ、また、纏う鎧によってほぼ無効化される。
本来ならばすべてを溶かし尽くすだろう光の中を、男は駆けた。
知らず、その唇からは気迫の声が漏れる。
一度。
二度。
三度。
彼は敵を葬り続ける。
延々と生み出される人形は、これを仕立てた人物の妄執に他ならない。遠くからマスターの指示がとぶ。敵が圧倒的な物量を持って巧みに立ち位置とぶつける相手を変えて来る。
それに対応するようにこの場に集ったかつての敵達は、ひとりのマスターの指示のもと、目まぐるしく戦線を移動し、可能な限り有利になる相手を選んで立ち回る。
かのひとが最後の砦としてかつての再現を完成させないのだとしたら、揃うことは無いのかもしれないが。
それでも、“黒”のセイバーは、傀儡として出現する“黒”のランサーを葬り続ける。
その切っ先が、同時に模造品の大聖杯の端を捉えた。
駆け抜ける幾筋もの剣気が模造品を揺らし、生み出す人形たちの計算を狂わせる。
恩讐の塊のような顔がそれを見上げた。
まだ諦めないと、呪詛の声が上がる。
だが。
それを否定する声が静かに響いた。
人形達は動きを止め、それを操る人物は驚きに目を見開く。
コツリ。
声と同じように静かな靴音。すべてが時を止めたように佇む中をその静かな音だけが横切って行く。
優雅な唇が、まるで気安く声をかけるかのごとく一つの名を形作り、音は力となって愚かな恩讐を串刺しにした。
よくやってくれたと告げる、色素の薄い肌と髪。黒を基調とした貴族然とした風貌。
前に出る際にわずかに目があっただけの彼は、その一瞬の瞳の強さだけで影ではないことを証明してみせる。
続けられる言葉を聞きながら、ああ、と。“黒”のセイバーは嘆息する。
自ら手にした剣が行ったことを、無駄ではなかったのだと。彼は告げた。
それだけでわからないままであっても自らがなすべきと定めたことを成した甲斐はあった。
もはや勝負はついた。
だからこそ、彼以外の英雄達はそれぞれ剣を下ろす。
王の前で、言葉をもって恩讐は消え去った。
これですべて終わりだと誰かが告げる。
その言葉を受けた“黒”のランサーもまた、終わりを告げ、さらには退去を告げる。
その瞳が。
一瞬だけこちらを見た。
全ての記憶を有していると告げた彼が、その視線だけでかつての同胞に告げる。
まるで悪戯のように、今度は先に逝ってやる、と。
「……ッ!」
知らないはずの胸が痛む。
だが、声を発する暇もなく、彼はあっさりと退去した。
ずるい人だ、と思う。
相手が何も知らないと分かっていながら、いや、わかっているからこそ。かつてどこかで得た恨みを一方的にぶつけて。
勝手に消化して消えた彼は、もはや次にそれを持ち越すことは許さないと告げたのと同じことで。
かすかに笑った“黒”のセイバーは、謝罪の代わりに感謝の言葉を一つ落とした。
2018/05/07 【FGO】