タルトをひとくち

 良かったら食べていくかと問われてきょとりと目を丸くする。
 構わずに差し出されたのは切り分けられ、きらきらと輝くフルーツが山盛りになったタルトがひとつ。
「オレでいいのか?」
 間違っていないかと問うが、皿を持ったままの青年は苦笑して、一番最初に来た人物に声をかけようと思っていたと問いの理由を明かした。
「マスターや子供達に配ったものの余りなんだ。少し崩れてしまったし、ひとつだけというのは争いの元になるだろう?」
 最初に会った人にというのが抽選で決めると同義だと理解した男はなるほどと頷いて、そういうことならとありがたく受け取った。事情を考えれば他の者に見つかる前に食べてしまうほうがいいだろうとそっとカウンターの端に寄れば、よければ中にと通される。
 考えることは一緒らしい。
 厨房の担当者が一時休憩や食材の残数、レシピ整理などに使う小さな壁付のテーブル前に案内された男は、お茶を持ってこようと青年が踵を返すのを黙って見送った。
 改めて見下ろした先にあるタルトはきらきらと輝くフルーツが宝石のようで、さぞ女子供の受けはよかっただろう思う。
 時折絡んでくる子供の姿をしたサーヴァント達だが、本の少女の呼びかけで定期的にお茶会をしているのは知っていた。
 呼ばれたこともあるのだが、今のところなんだかんだと調整がつかず、参加するには至っていない。
 静かに置かれたカップから漂う香りに現実に引き戻された。見上げた先は苦笑。
「先に食べ始めてもらっていても構わなかったのだが」
「ちとぼーっとしてたわ。こいつは……酒?」
「アルコールは飛ばしてあるから香りだけだ。まあ……気分だけでも、と思ってね」
 いただきます、と。
 マスターがそうするように律儀に手を合わせてフォークを手に取りざくりと突き刺す。一度で土台まで通らなかったがそこはご愛敬というやつだろう。
 爽やかなフルーツの酸味、カスタードの優しい甘さに、さくさくとした食感が加わるのが楽しい。酒は香りだけだと告げられた紅茶を一口含めば豊かな香りが鼻腔を抜けた。
「うまいなコレ!」
「気に入って貰えたのなら幸いだ。あまり酒を出しにくい時でもこれくらいなら、と思っていてね」
 実験台にしたようで申し訳ないと苦笑する様子に構わない手を振る。歓迎する要素しかないと笑ってから、一緒に飲まないかと誘いをかけた。
「こいつはブランデーだろ? どうせなら別のものも試してみたいな」
「さすがにそこまでいいものはここにはないよ。もっとも、君がどこからか調達してきてくれるなら話は別だがね」
「そいつは酒好きの連中を敵に回したくねぇってことか」
 そうとってもらって構わないと告げた青年は、香りがいいものは高級品だろうと続けて、自分の分を持ってくると一度離れる。
 さくり。タルトにフォークを刺すがやはり土台までを綺麗に割れず、へにょりと眉を下げた。
 青年はまだ戻っていない。
 悩んだのは一瞬で、男はフォークを置くと、ひょいと手掴みでタルトを口に運んだ。
 噛みちぎられたひとくち分はフォークで切り取るよりもだいぶ大きい。満足のいく量とバランスのそれは、口の中で混ざり合い、一体となって喉を駆け下りていった。
 後を追う紅茶が残りを洗い流し、また新鮮な気持ちで次のひとくちを味わう。
 もはや唸り声とともに溜息しか出ない。
 自分の分の紅茶を手に戻ってきた青年が慌てて変なものでも入っていたかと問いの声を上げたのに気付いて、そうじゃないと首を振る。
「ちまちま食ってるのに我慢できなくてな。あー……ちと行儀が悪かったか?」
「今は私以外誰もいないから構わんよ」
 常は見かけによらず綺麗な食べ方をすると評価をいただいている身だ。多少はお目溢しをもらえるらしい。
 それでは遠慮なく、と。紅茶を傾ける青年の前でもうひとくちタルトにかぶりついた。

2020/08/08 【FGO】