War cry
「えーと、ここだな」
おじゃましまーすとばかりに元気良く突入していったのはシミュレーションルーム。
気分的な問題なのかは不明だが、現状の環境設定はローマのコロッセオらしい。
現在地は観客席の後方あたり。
中心あたりを見下ろせば、いくつかの集団が目に入った。
闘技場の中は結界術を応用して作られているらしい魔術の壁でいつくかに区分けられ、それぞれに二人ずつ割り当てられているのが見て取れる。
まずは割り当て担当者を探すのが先かと今度は観客席側に視線を移した。
「あれ。キャスターのオレじゃねぇか」
最前列と言っていいだろう位置に見知った姿を発見する。
近くには赤の弓兵ことアーチャー・エミヤの姿も見えた。
最前列にいる彼らならば、たとえハズレだったとしても仕切り役が誰かくらいの情報は把握している可能性が高いと予想する。
コロッセオの観客席は三層構造になっており、層を繋ぐ通路は一度外周部に出る必要があるため、回り込むのも面倒だと判断した少年は軽く屈伸をして体の調子を確かめた。
「うっし」
軽い掛け声とともにジャンプしてひとつ下の階層に着地すると、そのままの勢いでもう一度飛んで次の階へ。
無事に最前列がある層に辿り着くと、真っ直ぐにエミヤの元へと足を向けた。
「なあエミヤ、飛び入り参加の受付担当が誰か知らないか?」
「……セタンタ。君も来たのか」
「へへ。こんなイベント見逃す手はねぇだろ?」
まったくと苦笑したエミヤだが、とりあえずこの一戦が終わるまで待てと告げてキャスターのクー・フーリンに近付く。
「君達は揃いも揃ってじっとしていられないらしいな」
「あぁ? そいつぁ貧乏くじ引いたオレへの嫌味か?」
「そんなつもりはなかったんだが……一人追加だ」
ひょっこりとエミヤの後ろから顔を出したセタンタを見てあからさまに嫌そうな顔を見せたキャスターのクー・フーリンと、勝手知ったるとばかりにその傍に置いてあったタブレット端末を手に取って登録作業をするエミヤ。
よく見ればキャスターの手には杖が握られており、魔力が動いている気配もする。
「ってことは受付役ってキャスターのオレ?」
「いいや。本来の担当者ならあそこだ」
エミヤの示した先に居たのはランサークラスのクー・フーリンと、同じくランサークラスのクー・フーリンだが霊基名にプロトタイプと付く歳若いほうの二人。
自分と対決するとか物好きだと評する少年に、ランダムだからそういうこともあると返した弓兵は、参加するなら例外はないと軽く脅すような言い方をした。
「どうせやるならアンタとがいいけど」
「残念ながら私は見学だよ。この後食堂の当番があるのでね」
もうすぐ退出する予定だと笑う。
「ちぇ。じゃあ今度、相手してくれよな」
「そうだな、機会があれば。それよりも見ていなくていいのか?」
続けられたエミヤの説明を要約すればこうだ。
こういった大規模な手合わせ会は定期的に行われているが、なんでもありの時もあれば武器縛りをつけることもあり、今回のルールは徒手である。
だからこそ参加人数が多く、全員ごった煮にすれば阿鼻叫喚になるのが見えていた。
本来の受付役であったはずのランサーのクー・フーリンは、一戦毎に魔術的な区分けを作成する作業をキャスタークラスの己に丸投げし、自分はちゃっかり楽しんでいるという状況。
「うわ、サイアクじゃん」
「今回は受付役だっつってんのにシステムに自分を登録したマヌケだ。あんな風にならねぇようによーく見ておけよー」
「それは悪かったっつってんだろ!!」
一番近い位置でやりあっているせいか、こちらの会話も丸聞こえらしい。キャスターのそう大きくないはずの声に闘技場内から反論が飛ぶ。
「おっと。余所見してると危ねぇ、ぜ!」
猛犬の名を持つ者は隙を見逃さない。プロトが思いっきり踏み込み、拳を繰り出す。
小気味良い打擲音が響いた。
「今のはいいとこ入ったなー」
「いや。狙いはいいが、奴さん相手じゃ重さが足りねぇだろ」
そのまま講評に移った二人の前で素早さを生かした連続攻撃を仕掛けるプロトと、それを捌いていくランサーがくるくると立ち位置を入れ替えるも決定打がない。
「まだまだだな、若ぇの」
くつり。
杖の先で床を小突いて笑う。
直後に各々の相手に集中できるようにと分断するために存在している光の壁は薄い水色から黄色に変化していた。
この後徐々に赤みを帯びていき、完全に赤になった時点で時間切れだと即座にエミヤからセタンタに説明が入る。
キャスターの適当な解説と評価に我慢が効かなくなったのはなぜかランサーの方であった。
プロトをいなした体勢のままで客席に向かって吠える。
「うるせえ! そんなに言うならテメェがこいや!!」
「ハッ、上等だ」
「おいこらキャスター!」
弓兵が止めた時にはもう遅い。
「ちと持ってろ」
置き去りにされた言葉と同時に風が舞い上がる。
うわわと慌てたセタンタが放り投げられた杖をキャッチ。それを見ることなく舞台に降り立ったキャスターはそのままの勢いでランサーに突っ込んだ。
一瞬の踏み込みはプロトよりも早く、拳は鋭い。
「チッ!」
「こちとら細かい魔力操作要求されてストレス溜まってんだ。本気でいくぜ」
声は低く地を這う。
受けて立ったランサーも一方的に押されるのはごめんだとばかりに動き回った。
徒手ルールだが使用は拳だけと指定はされていないため、蹴りも肘も飛び交い、双方そこそこにダメージが入っているにも関わらず獰猛に笑う。
「えっぐ……ドルイドはやっぱ真似事だったかー」
セタンタの感想はもっともだが、杖を抱くように抱えた彼の頭の先に、杖の先端に付けられた飾りが当たってしゃらしゃらと笑う。
鬱陶しそうに動かす彼の横で弓兵が溜息を落とした。
弓兵の手で立ち上げられたタブレットに表示された時間は夕方に差し掛かるかどうかというあたり。光の壁はだいぶ赤色に近付いている。
「セタンタ、よく観察してみろ。ルーンを使ってるんだあれは」
「は? え、それって反則じゃねぇの?」
「そのあたりのルールは毎回違うが、基本的に己の力による身体強化に関してはよほど過剰ではない限り認められているよ。戦地に乗り込むのなら前準備はしっかりしておいた方がいいと忠告しよう」
確かにその通りであるので、ろくに説明も読まずに飛び入り参加しようとしたセタンタは素直に指摘を受け入れた。
「まあ……残念ながら今回はこれ以上はまともな手合わせにはなるまいよ。無法地帯に記念参加だけしていくといい」
「それって……」
少年が疑問を投げようとした瞬間、警告音と共に真っ赤になった光の壁が消失する。
時間切れの演出に慣れた者達はその時点で動きを止めていた。
エミヤの手にはいつの間にかマイクが握られている。
「さて、残念なお知らせだ。担当者が持ち場を放棄したため、次の選出と結界の構築は行われない。これより全員参加のバトルロイヤルに移行するので、私がここに居られる三十分で決着をつけるように」
早期決着した場合はささやかな報酬として夕食時に一品追加してやろう。
突然の方針転換だったが、報酬があるということもあって全員一致の歓迎で迎えられる。
「では参加者は闘技場内に。辞退する場合は観客席に上がってくれ。三十秒後に私が声をかけたらスタートだ。準備はいいかね?」
返事は地響きすら伴いそうな咆哮。
ご褒美効果もあるのか、随分と戦士達の士気は高いらしい。
ぱちり。こちらを向いて片目を瞑ってみせた弓兵に少年はそういうことかと返して。抱いていたキャスターの杖を手放す。次の瞬間、支えを失ったはずの杖はエミヤの手の中に、セタンタは闘技場内に着地していた。
「では、はじめ!」
突き上げられた杖と共に高らかに宣言された開始の合図に従って、一斉に動き出した全員が楽しそうに、そして獰猛に声を上げて笑った。
2023/07/01 【FGO】