明かし夜のあお

「特異点Fですか?」
 ことりと首を傾げて。拍子にずれた眼鏡を直しながらマシュが呟く。
 彼女の疑問はもっともだ。
 ストームボーダーの管制室にはマスターとマシュ、ダ・ヴィンチ、ムニエルとゴルドルフといったいつもの面々が揃っている。
 例外はシオンとキャプテン・ネモで、こちらは現在エンジンに呼ばれたため離席していた。
「うーん。おそらくね」
 苦笑しながら曖昧に応えたのはダ・ヴィンチで、その後ろであからさまに苦い表情を隠そうとしていないのがゴルドルフだ。
 続けられた彼女の説明を要約すれば、反応は酷似しているが差異もあり確定するには至らないということらしい。
「外からの観測結果で得られた映像は燃え盛る街並みで、見覚えもあるんだけどね」
 あらかじめ用意されているモニタに並んで映し出されたのは、確かにどこかで見覚えのある光景。
 街のあちこちから上がった炎が揺らめき、赤く染め上げられた闇夜だ。
「確かに映像越しに確認する限りでは特異点Fの光景と同じように見えますね」
「うん。だが、何かが違うというのも事実でね。その一つがこれだ」
 ウインドウを上書きするように全面に出てきた別の映像にあったのは人影だ。
 ぼんやりと黒く塗りつぶされたような存在の輪郭は時折揺らめくが、それでも確かに存在するものとして燃え上がる街を駆けている。
「これは、シャドウサーヴァント?」
「だと思うんだがはっきりしない。争っている痕跡はあるんだが……」
 南極を出てから時も過ぎた。マシュの霊基も当時のままではなく、マスターの少女も年を重ねている。
 すっかり大人びた表情が多くなったマスターの口から落ちた疑問に応えたのはダ・ヴィンチの横で今現在もモニタリングを担当しているらしいムニエルだ。
 ひとつ頷いて彼の言葉を肯定したダ・ヴィンチがもうひとつ、と指を折る。
「レイシフト適性者がおかしい」
 そうは言っても、特異点であり冬木である以上適任者は自ずと決まってくるような気はする。そのまま口に出したマスターに返ったのは苦笑付きの適性者リストだった。
「え、ちょっと待って。これ……」
「……はい。私から見ても適性なしのサーヴァントがいない、ように思います」
「正解。逆におかしいだろ?」
 これが毎年恒例夏特異点であればそういうこともあるだろう。ただ、かなり緩い部類に入るその特異点でさえ、作成者の思惑によって一人二人は弾かれる者が出てくるのが普通だ。
 結局のところ。外から見ているだけではどうにもならないのなら飛び込んでみる以外に方法はない。
「全部じゃなくていいんだけど、確認できてるシャドウサーヴァントの特定ってできてる?」
「ああ。何騎かなら」
 名が上がったのはメドゥーサ、エリザベート、呪腕のハサン、ウラド三世、アタランテ。
「シャドウサーヴァント自体は他にもまだ何体か居るんだが、観測頻度が多いためにわかりやすいのがそのあたりだ」
「なるほど。私達が知っている冬木の関係者だけ、というわけじゃないみたいだね」
 思い付いてセイバーオルタとエミヤは居るかと尋ねたが、そちらはわからないという返事であった。ならばやはりレイシフトして解決するしかないだろう。
「となると同行者……マシュは行ける?」
「はい、もちろんご一緒します。オルテナウスも調整済ですので!」
 朗らかに頷いたマシュで一騎は確定だ。リソース的には三騎までという助言が途中に挟まったため、少し悩んだ少女はクー・フーリンの名を上げた。
「なんとなくだけど。キャスターのクー・フーリンに同行をお願いしようと思う。彼も知っているはずの場所だし、差異があったらなにかわかるかも」
 この場合、クラスがキャスターというのも大きい。細かい魔術は期待するなと本人はよく言うが、やろうと思えば出来ることは全員が承知している。魔術的な調査もある程度は可能だろう。
 残り一名はどうすると問われた少女はもう一度リストを見返して考え込んだ後で、とりあえず先発は二騎で行くと告げた。
 代わりに何人かの名を挙げ、可能であれば常時待機にしてくれと続ける。
 それくらいはなんとかしようとダ・ヴィンチが請け負う。そのまま細かいことをいくつか打ち合わせ、即座にレイシフトの準備に移行した。

  ***

 ぱちり、ぱちり。
 目を開ける前に感じるのは熱と煙。
 降り立ったのはどこか覚えのある、火に囲まれた街の中だ。
「レイシフト完了。状況を」
 当時右往左往しながら進んでいた少女達は年月を経た分、大きく成長した。周囲を見まわし、状況を確認すると、即座に通信を確立して次の相談をする。
「クー……キャスター、なにかわかった?」
「レイシフト前に言ってたこと、忘れてなかったか」
 少し怪しかったが、ちゃんと途中で言い直したマスターの少女に苦笑を返して。こつりと手にしていた杖で地面を叩く。
 薄く引き伸ばされた魔力が波紋のように広がり、同時にマシュが盾を持ち直した。
「来ます。マスター、わたしの後ろに!」
「いい反応だ。まずは安全を確保しねぇとな」
 魔力の波紋が呼び水になったのか、カタカタと音を立てながら押し寄せてきたのはスケルトン兵だ。
「懐かしいなぁ、オイ」
「そんなこと言ってる場合……マシュ!」
「はい! マシュ・キリエライト。周辺の制圧を開始します!!」
 盾の少女の宣言は、同行した魔術師にマスターの守護は任せたと告げたのと同じだ。
 気合い一閃。勢いに乗った彼女が敵を薙ぎ倒していくのを見守りながら男は首を傾げる。
「妙だな」
「なにか分かった?」
「警戒しとけ。唐突に現れたのが気になるが、とりあえずはシャドウサーヴァントの気配だ」
 忠告と同時に地面に接地させて周囲を探っていた杖を引いて小脇に抱える。
 前線に上がっているマシュも第三者の気配に気付いたようだが、思ったよりも彼女を囲んでいるスケルトン兵の数が多く、戻るのが遅れていた。
 男は護衛として頼まれた仕事をするだけ。
 飛び込みに合わせて杖を振る。先程から魔力を流していた地面に追加の魔力を流せば、あらかじめ構築しておいたルーンが内側から順に光を放ち、接近してきた影を弾き返した。
 ちょうどよく飛んで行った先でマシュの盾が綺麗に入り、さらに遠くにかっとんでいく。
「おー。ホームラン」
 思わず出た感嘆の声は少女達に綺麗に無視された。
「今のうちに離脱しましょう、マスター」
「ダ・ヴィンチちゃん、ルートおねがい!」
「オッケー」
 元々策定と計算だけはしてあったのだろう。即座に返った指示に従って走り出す。
 熱も敵だが、視界も悪く、索敵の精度が落ちる。
 霊脈地へと向かう一行を途中で阻んだのは、やはりスケルトン兵とシャドウサーヴァントだ。先程と同様に唐突に反応が現れた反応が気に掛かる。
「こいつらは……さっきの奴らとは違うな。しかも複数か……マスター、今回はオレが先に出るぜ」
「わかった、任せる。じゃあマシュは代わりに周囲を警戒して」
「了解しました」
 人数が少ないということもあって振り分けはすぐに決まった。
 レイシフトしてきた人員は少ないが、マスターには簡易召喚もある。まして、否応なしに歴戦の猛者になってしまった彼女の判断力を疑う必要もない。
 迷わずスケルトン兵の群れに突っ込みながら杖を振る。
「派手に燃えとけ!」
 杖先から灯り、流れるように揺めきながら杖全体を覆うように広がったのは炎。
 残像を残すそれをスケルトン二体に掠めながら通り過ぎ、近付ききれなかった数体は放射状に火球を飛ばすことで牽制する。その向こうに黒。
「……チッ」
 本来色などないはずなのに、どこかドス黒い気がする衝撃波は音だ。
 歌、と言い換えてもいいのだろうが、あれを歌とは認めたくない葛藤が邪魔をする。
 シャドウサーヴァントとして黒い靄のようなもので塗りつぶされているが、正体は事前情報にもあった。ランサーのエリザベート・バートリー。どこをどうしてそういう在り方になったのか、アイドルを自称する属性特盛りサーヴァントである。
 そしてその背後からもう一人。地味で目立たないように振る舞っているが、エリザベートの体格に隠れられるような体格はしていないためバレバレである。
 靄に塗りつぶされていても見て取れる、槍と盾を持つ筋骨隆々の男性とくれば特定は容易だ。
 レオニダス一世。
 古代ギリシャにおける守護の英雄である。
「おいおい、シャドウサーヴァントのくせに妙にバランスいいじゃねぇか」
 杖での振り下ろしは素早く前に出た男に受け止められた。続けて男の影から槍に跨り突っ込んできたエリザベートを受け流し、炎を撒く。
 もっとも、連携と思しき動作は最初だけで、その後はバラバラに動く彼らを見るに、思ったよりも再現性の低いシャドウサーヴァント達だったらしい。
 それならばと適度に炎を撒きながら掻き回し、いくつかのルーンを仕込んで魔力の流れを追った。
 感覚に触れるどろりと凝るような昏い魔力は周囲の霊脈を汚染している。ただ、それが時折噴出するように動くと、そこに濃い気配が満ちた。昏い魔力は凝って、シャドウサーヴァントへと変貌する。
 ある程度の濃淡と波があるため、出現しやすい場所を絞ることはできるが、確実ではない。
「なるほど。コイツらが何もない場所に唐突に出現する理由がそれか……面倒だな」
 ひらり。炎の軌跡を残しながら身を翻し、敵二体がうまくお見合いするような体勢に持ち込む。
 とん、と。地面を軽く突いた杖に呼応して、予め仕込んでおいたルーンが猛烈な炎を噴き上げた。
 基本的にシャドウサーヴァントは声を発さないため悲鳴はないものの、あまり直視したい光景でもない。
 一瞬で燃え尽きた敵を横目に戦線を離脱。マスターの隣に着地した。
「嬢ちゃん、走るぞ」
「……了解っ!」
 理由を告げずとも、声音で逼迫した気配は伝わる。
 即座に反応したマスターは無駄に問いを返すことなく身を翻して男の後に従った。索敵のためのルーンを展開しながら駆ける魔術師が先頭に立つなら、もう一騎の同行者であるマシュは当然のように盾を構えながら最後尾を走る。
 向かう先は街の中心を流れる河にかかる橋、そしてその先の公園だ。
「ねえキャスター! 公園壊滅してるっぽいけど、港と教会どっちに向かう?」
 ほぼキャスターと並走しながら走るマスターが、器用にもそのまま通信内容を把握して伝えてくる。
 どのみち両方に行くことになるだろう。好きな方でいいと返せば迷いなく左折した。港に向かうらしい。
 橋ではシャドウサーヴァントではないライダーのメドゥーサと会敵したが、やる気がないらしい彼女は適当に刃を合わせただけで撤退していった。
 なんだったんだとの疑問も投げられないうちに大量のスケルトンとの追いかけっこが開始される。
「……にゃろう、あのライダー、オレらに押し付けやがったな」
 カルデアに待機組の様子を確認する暇もなく走りながらスケルトンを分断しつつ撃破、港の跡地を回って教会側へ。
「数が! 多い!!」
「同感です。それに、そろそろマスターの体力が心配になってきました。可能なら速やかに制圧後、休息と情報交換をするべきかと」
「右に同じ。最初の霊地候補ほどじゃねぇが教会もそこそこの格のはずだ。いけるか、マスター?」
 前触れもなくあちこちから湧き出す敵に即時対応するため、戦闘を担うサーヴァント二人の手を塞ぐわけにはいかない。
 抱えられなくとも問題ない。自力で走ると強がったものの、さすがに息が上がってきている少女を気遣うと、まだ大丈夫だと強い言葉が返った。
「よし。そんじゃ気張れよ。雑魚はこっちで纏めて薙ぎ払う。行け!」
 最後の呼びかけはマシュに対して。はい、と返事を残して盾を構えたマシュが突進する。
 その横をキャスターの炎が追い抜いて向かってきていたスケルトン達を的確に打ち抜いた。
「テメエらの相手はこっちだ、骸骨ども」
 挑発の言葉と共に発動するルーンがスケルトンの群れを纏めて魔術的にも挑発し、マシュに注意が向くのを防ぐ。その隙に群れの間を突破した彼女は、シャドウサーヴァントとの戦闘に突入した。
 遠目だが、相手がバーサーカーらしいことだけは見て取れる。シャドウサーヴァントとして力押しだけでくるなら、今のマシュの相手にはならないはずだ。
 炎が走る。マシュを前線に上げた以上、マスターを守るのはキャスターの役割ということになるが手が足りない。
「おーおー。こいつはまたわらわらと湧いて出やがって。しゃあねぇ」
「え……?」
 一瞬だけ、骸骨の骨が発する耳障りな音が遠のく。
 杖先を地に。ぼうと浮かび上がるはルーンで描かれる図柄。光が溢れたかと思えば唐突に消え去り、後に残っていたのは見慣れた二頭の白い犬だ。
 心なしか毛並みがくすんでいる気がするが、この場所の暗さ故だろうか。
「マスターを頼んだ」
 わふん。犬達が元気よく吠えた時にはキャスターも骸骨の群れに突撃していた。
 マスターである少女も心得たもので、犬達の誘導に従い、邪魔にならない場所へと移動すると、簡易召喚の体勢に入る。
 マシュに群がるシャドウサーヴァントの数が増えている状況を見てとった上での行動に、今更口出しするようなことはない。
 いざとなれば犬達もついているので問題はないだろうと判断し、キャスターは倒しても倒しても湧き出してくるスケルトン兵の相手に集中しながら、次の手を整えていく。
 こういう場合、周囲を走り回る必要がある雑魚掃討は相性がいい。地面に、瓦礫に。男が触れた場所に微かに灯るのは魔術の気配。
 そうして、マシュとマスターがシャドウサーヴァント全員を片付けた瞬間に一帯を包み込む結界を発動させた。弱らせておいたスケルトン兵はそれだけで塵になって崩れ落ちる。
「つ、かれたぁ」
「お疲れさん。これでしばらくは休憩できるだろ」
 流石に限界がきたらしいマスターを休ませるために比較的状態の良さそうな場所を軽く整備して腰を落ち着けた。カルデアも交えて作戦会議をするならと犬達に見張りを任せることにし、通信を試みる少女達の向かいに腰を落ち着ける。
 さすがに疲れた表情を隠せないまま礼を言って笑う少女が、彼らにはどうお礼をすればいいのか聞いてくる。あまりにも律儀なそれに、後で労ってやればそれで十分だと返した。
「じゃあとりあえず現状を整理しようか」
「その前に軽く補給をしてくださいマスター。ドライフルーツは食べられそうですか?」
「ありがとマシュ」
 考えをまとめるのなら糖分補給も急務だ。疲労に支配された状態では判断も鈍る。
 マスターが補給している間に通信を開き、待ち構えていたダ・ヴィンチに対してマシュとキャスターで経緯を説明することとなった。
 なるほどと頷いてから、ダ・ヴィンチは考え込む。
 通信量の節約のため、全コマ分をやりとりしているわけではない。それでもわかるほど忙しなく動く視線はモニタを追っているのだろう。何度か言葉を選ぶ様子を挟んでから、困ったように眉を寄せた。
「計器の値と君達の情報を総合すると、その場所は特異点Fではなく限りなく近いどこかという可能性が高い、という結論になる」
「限りなく近いどこか……」
「もちろん、確証はない話だ」
 実際、この街の作りは冬木に似通っている。街の中央部に掛かる赤い大橋も港や教会の位置も同じだ。
 少女達の指摘にダ・ヴィンチも理解は示し、その上で反証の映像を出す。そこに写っているのは駆け抜けたはずの街の一部だ。さらに隣に並ぶのはデータベースから持ってきた同じ場所。比べるとよくわかる。
 戦闘や休息など、いわゆる何かあった場所以外の解像度が低いのだとダ・ヴィンチは表現した。
「ええと……それならこの特異点はシミュレーターに近い、ってこと?」
「そうだね。その例えが一番わかりやすいかもだ」
 彼女達の出した予測に異論はなく、解決しなければならないという本来の目的にも変更はない。だからこそ明確にしておくべき要素が一つあった。
「結論の前に、待機組にしてもらっていた皆の状況を確認してもいい?」
 目的はこちらで会ったシャドウサーヴァントではないサーヴァントとの照らし合わせだ。前提にズレがあるなら何も起こらないはずなので、追加派遣してもらうことを検討する必要がある。
 まずは大橋で会ったメデゥーサ。彼女は待機組だったが特に問題は起きておらず、本人も違和感を感じていないという。
 次は、バーサーカークラスのシャドウサーヴァント達の後に出現したファントム・ジ・オペラ。
 彼は待機組ではなく霊基グラフ状態だったため、本人の状況を確認することは叶わないが、データ上は問題がないようだ。
 特異点Fに一番関係が深そうなのはアルトリア・オルタだがこちらも変化なし。
「うーん……それなら待機組からアルトリアかエミヤを追加で……ダ・ヴィンチちゃん?」
「ちょ、ちょっとそのまま待って! 急いで状況を確認するから!!」
 唐突に騒然とした通信機越しの空気に少女達は顔を見合わせる。
 直後、唐突な光の柱が遠くに立ち上った。数拍遅れてどおんという音が響いた。
「な、なに!?」
「星の聖剣だ。お前さんも知ってるだろ?」
「知ってる、けど……今アルトリア・オルタは異常なしだって」
 音と前後してやってきた衝撃波からマスターを庇うようにマシュが盾を掲げ、その横に立ったキャスターが激しく翻り、バタバタと音を上げる己の礼装をそのままに彼方を睨む。
「違う。アレはオレの知ってるセイバーだ。つまりはカルデアで言うところのアルトリアだろうよ」
「……マスター、ダ・ヴィンチちゃんからです」
 今の衝撃で通信が乱れたために映像が出ないが、ノイズ混じりの音声が待機組だったサーヴァントのうち三名が消えたと伝えてきた。
「セイバーのアルトリア、アーチャーのエミヤ、あとは……ランサーのクー・フーリン?」
 聞き取り難い中でも断片を繋ぎ合わせれば推測混じりで特定はできる。
 消えたのはいずれも待機組だったメンバーだ。
「もしかしてカルデアと繋がっている状態でこちらが認識したサーヴァントを呼び込んだのでしょうか」
「ああ、何回かそういうタイプのやつあったっけ」
 よくあるのはサーヴァントが行方不明になって探してみたら特異点が発生していたパターンだ。途中から引っ張るというのは珍しいが、手順は同じと考えるならありえない話ではない。
「うーん、状況確認もしないといけないし、ひとまず飛ばされてきた組と合流しよっか」
「そう上手くいくといいがな」
「不吉なこと言わないでー!!」
 そもそも、別口で呼び込まれたサーヴァントが敵に回っているのはよくある話だ。光が上がった位置と、シミュレーターに近いという特異点の性質を考えれば今回もそうなっている可能性は高いだろう。
 話をしながらでもきちんと休憩はできたらしく、マスターの顔色は幾分か平常に戻っていた。
 何度か探ってきたが、この特異点の絡みつく汚泥のような大気を考えれば、いくら毒に耐性があってもマスターに長居はさせたくないのも確か。
 もはや跡地とはいえ、教会は高台にあるため、燃えて高い建物が無くなった街は全体がよく見えた。
「サーヴァント反応ってここから追える?」
「細けぇのは無理だな。だがまあ、どこに陣取るかくらいはなんとなくわかるぜ。嬢ちゃん達でもわかるはずだ。あの街を再現したシミュレーションってなら尚更だろ?」
「そういう考え方でいいんだ? じゃあまず向かうのは学校だね。跡地かもしれないけど」
 いちいちスケルトンの相手をするのも面倒だから隠形していくと告げた男がルーンを刻む。それが功を奏したのか、こちらにくる時のように軍勢に絡まれることもなく橋を渡り切った。
 襲撃に警戒しながら足を運んだ先は、廃墟になっているものの、かろうじて形は残っている学校。
 校舎だったものの残骸に遮られ、山寄りに位置しているために街からの光が遠いこともあり、薄暗いはずのそこに、淡く輝く人影があった。
 煤け、どこまでも昏く赤い世界に不似合いなほど鮮やかな青のいろ。
 予想はできていた。
 光の柱が上がったのは山の中腹で、特異点Fでも同じような光景を目にしている。
 そこから導き出される現状としては、アルトリアとエミヤは大聖杯に繋がる場所にいるのだろう。
 ならばあえてこの場に居る青に該当する人物は一人しかいない。

(中略)

「キャスター、提案がある」
「あん?」
「この特異点から帰還するための手段はセイバーが持つ星の聖剣にある。だから君が集めた場の魔力を私に預けてくれないか」
 場の魔力とは毒そのものともいえるが、それをよこせと青年は言う。
 戯れを、と。一蹴しようとして、視線を上げた彼の瞳に宿る真剣さに息を呑んだ。
「自滅は覚悟の上か」
「それは君を前にして言えることではないな。私は自分を武器だと思っているが、必要なら切り札を産むための呼び水になるというだけだ。まあ、君と違って反英霊の身なのでね。汚染にも多少の耐性はあるさ」
「なるほど。目的を達成するために必要なら毒も喰らうし、オーバーヒート上等で不相応な魔力タンクを外付けするのも厭わねえってか」
 ああそうだ。この英霊は最初からそういう奴だ。
 現状、何より優先されるのはマスターの無事で、どんな状況でも優先度が揺らがないのはお互い様だ。
 お互いがお互いの優先度一番になることなど、天と地がひっくり返ってもありえない。必要があれば自分自身を消滅するまで使い潰す選択肢も拒否感なく選べるという意味では、似たもの同士の枠くらいには入るだろう。
 真っ直ぐに視線をぶつけ合った二人はお互いの瞳の奥に決意を見る。
 それしか突破する方法がないというのであれば。
「いいぜ。どうせそう保たない霊基だ。燃料がわりにオレごとくれてやるよ」
「……そこまでは想定していなかったな。マスターはどうするんだ?」
「槍持ちにやらせるさ。おっと、今はあいつもキャスター霊基だから槍ナシだったな」
 けらけらと笑うが、どうにも声に力はない。ほどほどにしてやれと溜息を落としたエミヤは、椅子から立ち上がって男に近付くと、乱れた髪をそっと流した。
 カウンターに懐いたままの男の顔色は悪く、唇にも血の気がない。暖色の灯りに照らされてなお蒼白に見える肌に青年の指先が触れる。
 続けて触れるのは唇だ。熱を分けるようにそっと押し当てられては移動していくそれが重なる。
「……ん」
 疑問を含んだ喘ぎと共に控えめな水音が逃げた。
 抵抗なく開いた男の口内を青年の舌が辿っていく。
 くちゅり、くちゅり。
 舌が動くたびに水音が遊ぶ。色事めいた触れ合いだというのに、欲を煽るためというよりは状態を確認するための触診のような触れ合いに、思わず苦笑を落とした。
 掻き回され混ざり合う唾液が喉奥に落ちて、僅かながら器を満たす。
「……腐敗直前とはよく言ったものだな。確かにこれは甘すぎる。味覚がおかしくなりそうだ」
「そっちの味見かよ」
「分析は必要なことだろう。もっとも、少々軽率だったと後悔したがね」
 くつりと笑った青年は指示をくれと告げた。
「いつものやり方でいいのなら勝手にするが……その場合、君のそれは役目を果たせるのかね?」
 人のことを槍ナシと揶揄している場合ではないのではないかと皮肉を込めた物言いに男のこめかみに青筋が浮かぶ。
「余計なお世話だわ! そこまで言うならオレの槍に穿たれる覚悟はできてんだろうな」
「やれやれ。耳まで遠くなったかね? いつものやり方でいいのかと聞いただろう。そんなもの、とっくにできているさ」
 あまりにも当然のように返されて面食らう。指示という言葉が示すものが、自分で礼装を解くか脱がせやすいようにせめて体を起こしてくれだと気付いた男は盛大な溜息を落とした。
「色々と紛らわしいんだよテメェは。そう心配されなくても、ちと休憩してただけで動けるわ」
 実際のところマスターにかけた魔術的な守りは解かれておらず、学校に敷いた結界も稼働中。物理的な護衛として呼び出した犬達も維持したままだ。
 加えて繊細な場の修復をしたことにより、かなり慎重に気を遣って作業した分の精神負担と、一時的に増大した消費魔力で動くのが億劫になったことは否定できない。
「とはいえ、この場が完全に安定したわけでもねぇから、オレはこの位置から大きくは動けない」
 汚れこそ綺麗にしたとはいえ、ソファもベッドも望めない小さな室内だ。立ち位置の制限も考えれば外でするのとそう変わらない選択をすることになる。
「来いよ、アーチャー」
 とん。位置を示すようにカウンターを指先で叩いてから椅子を降りて。カウンターを背にして立った青年に身を寄せて軽く唇を触れさせた。
 何も言わずとも首から肩へと降りていく動きに合わせて礼装が解けていく。
「あー……いや、まあいいわ」
 文句など言える状態ではなかったと零れかけた言葉を飲み込んで自ら唇を肌に触れさせることで塞ぐ。
 晒された濃色の肌は普段と違ってあわい暖色の光を背負っているためか、飴色の輪郭だけがぼんやりと浮かび上がって見えた。
 舐めれば全てが甘い。
 本人が平気だと嘯いているとはいえ、この場の影響は等しく降りかかっている。味見で唇を奪われた身としては少しくらい仕返しをしてもいいだろう。
 男の顔はもう相手の胸元まで降りている。
 背を反らせるようにカウンターと青年の腰の間に腕を差し込んで引き寄せると、僅かに上を向いた胸先の尖りを舌先でつついた。
 ひくりと反応する体を確かめながら空いている方の手で胸筋を持ち上げ、唇で挟み込みながら舌先で捏ね回す。飴でも舐るように念入りに唾液を塗し、やわと甘噛みしては慰るように丁寧に舐った。
 濡れてふくりと固く勃ち上がった先が、ランタンの淡い光を細かく反射して欲を誘う。
「ぁ……う、んッ。キャスター、待って……くれ」
 なにかおかしい、と。背を跳ねさせて無意識に逃げようとする青年を押さえ込み、男はもう一方の胸先に口をつけた。
 ころりころり。
 舌先で捏ねるように転がして勃ち上がらせ、唇で挟みながら軽く先端を吸って押し潰す。すぐに押し返してくるほど張り詰めたそこは本当に飴でも舐っているかのよう。
「ああ、甘ぇな」
「ひ、ぅ……ア!」
 胸筋を支えるように持ち上げていた手で全体を揉みしだき、軽く爪を立てながらもう一方を舌先で弾くように刺激すると。高く掠れた声と共に大きく跳ねた弓兵の体が硬直した。
 ずらした手で下腹を撫で、前立てに手をかければどこか抵抗するような仕草が伝わる。
 思うように力が入らないらしい体を抱き止めて、何もおかしくないと囁いた。
 前立てを寛げ、臀部側の布地を引き下ろすと、抵抗されないうちに青年の体を持ち上げてカウンターの上に座らせる。下着ごと下衣を引き抜けば、目の前で青い匂いがとろりと糸を引いた。
 今度は膝裏から内腿に向かって啄んで。濃色の肌には目立たない痕を残しながら中心まで。胸を弄られて一度達した割には重く垂れる双珠を舌で絡め取った。
 それぞれを口内に引き込んで転がし、じゅうぶんに濡らしてから解放した後は滑らせた舌で陰茎に絡む白濁を舐め取りながら筋を擽る。
 片脚は軽く肘で押して広げながら腰を撫で、双珠はもう片方の手で転がしてやった。
 先端まで辿り着いた舌を器用に使い、掬い取るようにしながら口内に引き込んだ欲を口蓋で包みこむ。
 ゆっくりと舌と唇すべてを使って全体を扱き上げると、徐々に硬さを増したそれが天を仰いだ。
 宙に浮いたままの足先が揺れる。
 きゅうと丸まった指、慌てて肘を軸に上半身を起こそうとしていた青年の首が仰け反る。
 離せと叫ぶような声は間に合わなかった。
 とぷり。淡い精が押し出されて。弓兵の声を無視して深く咥え込んだ男の喉を降りていく。
 荒く息を零す青年はすっかり背をカウンターに付けて、唾液に濡れたままの胸を上下させた。
 横から差すように光を投げるランタンを厭うように顔を背け、影に逃げる。
「逃げんな。おかしくねぇって言っただろ。お前さん側に絡みついてた汚染魔力を変換してんだよ。腐敗と成熟は紙一重だからな、そっちに向けてやるのが一番手っ取り早い」
 繰り返される性的刺激によって敏感になった状態を熟れたと表現するのならば。
「つまり?」
「感度マシマシ?」
「……勘弁してくれ」
 盛大に落とされた溜息を見なかったことにして、魔術師はするりと青年の内腿を撫でた。
 持ち上げられてゆらと揺れる先を引き寄せ、確かめるように踝のあたりを撫でる。
「ここなら邪魔にならねぇよな」
 何の話をしているんだと怯える青年に対し、ただの目印だと笑う。無くても問題はないが、あるとこの後のあれこれがやりやすいと理由を告げれば不承不承ながらも装着に同意した。
「指か腕か足で選べるが?」
「足でいいと言っただろう。そもそもそのチョイス、貴様の身につけているものを渡す気だろうが」
「オレが目印にすんだから分かり易いものを選ぶのは当然だろうが。そんじゃ、ちとばかし大人しくしてろよ。オレだって蹴られたくはねぇからな」
 言い終わるか終わらないかのところで手にしていた足の指先に口付ける。
 行動が予想外だったのか驚いて硬直したのを見逃す魔術師ではない。足首を一周分、輪を描くように舐めてから軽く踝に歯を立てた。
 びくり、青年の体が跳ねて。項垂れたままの前が僅かに雫を零したのには見ないふり。自らの体液を媒介に弓兵の右足首に柔らかなアンクレットを結んだ。
「……ぁ」
「接続は問題なさそうだな。そんじゃ本格的に準備するか」
 アーチャー。呼びかけて少し躊躇った後に、できれば快楽に流されてくれと告げた。
「利用しているものを考えるとその方が効率がいいってのもあるが……マトモに耐えようとするとかなりきついはずだ」
「それは君次第だろう。濡れもしない男の体を貪ろうと言うのだからな」
 軽く触れただけで背をしならせるくらい全身はとっくに熟れきっているというのに、相変わらず口だけは可愛くない言葉を機関銃のように吐き出してくる。
 彼の性格をわかっているからこそ男は特に言い返さず、膝裏を押して上げさせた腰の下に丸めたローブを突っ込んだ。
 文句が出ないうちに眼前に晒された後孔へと舌を這わせ、先を軽く押し込んで周囲を濡らす。
 会陰を吸い、双丘に軽く歯を立て、幾度も舌先を出し入れしては唾液と共に術式を流し込む。
「ひ、ぅ、んア、ア!」
 どれだけ固く閉じようと、液体である唾液が奥へと潜り込むのは容易だ。上を向けられたことも手伝い内壁に沿うように広がり落ちていくそれが触れた箇所をやわらかく解かして男の舌を飲み込んだ。
 とろり、とろり。
 溢れた分全てを注ぎ込もうというのか。縁に指を掛けて大きく開かせた後孔に、少し丸めて道を作った舌を落ちていく液体が満ちていく。
 縁にかけていた指を滑ららせて差し込めば、押し込まれて逃げ場を失ったそれらがくちゅりと水音を響かせた。
 すっかり柔く解けた内壁が揃えて差し入れられた指を咥え込み、奥へと誘う。求められるままに根元までを埋めて。既に存在を主張し始めている前立腺を軽く叩けば腿の筋肉が収縮する。
「ア、ッあ……アっ!」
 大きく身を震わせる度に宙に浮いた足先が揺れ、淡い光で作られた影が天井で不器用なダンスを踊った。
 ここにきてもまだ精一杯噛み殺した控えめな嬌声しか上げられない相手に苦笑してぐるりと内を探ると、強くなりすぎないように擬似的な挿入を思わせる動きでゆると滑らせた。
 内に満たした唾液をかき混ぜ、押し潰し、ギリギリまで引いては指先に絡んだそれを擦り付けるようにしながら奥へと戻す。
 光から顔を背けながらも、耐えるようにぴんと張り詰める筋肉と、どろりと解けて奥を強請る内壁の淫靡さは、成熟しきっているにもかかわらず外皮に守られている果実を思わせた。
 目眩を覚えるほどの落差に、先走りそうになって唇を噛み締めて耐える。
 先に警告してあっても、英霊にまで至った忍耐と意地はもはや本人にすらどうにもならない領域だろう。
 荒い息に混じって僅かに溢れる声が達した時だけは高く掠れながら尾を引く。
 魔術的効果で強制的に感度を上げられた体は普段と同じ刺激であっても増幅された快楽に晒され続けているため、一歩間違えれば拷問と変わらない。
 続けて何度も達している青年は男の指に押し出された薄い精をとぷりと零して、ようやく浮いていた背を天板上に戻した。
「……ぁ、ん」
 小刻みに痙攣を繰り返すのはまだ絶頂から降りて来られないためだろう。今の彼は細やかな温度差や衣擦れだけでも絶頂に至るような状態だ。必要なことだったとはいえ、必死に耐えながら乱れるさまはあまりに目に毒である。
「自分でやっといてなんだが、あまりやりたくはねぇ手だな。趣味の悪い……」
「……な、に?」
「なんでもねぇよ。それよりこっからが本番だぜ」