as if

「ん……」
 寝苦しくなって漏れた声で意識が浮上した。
 どうにも胸のあたりが締め付けられている。
 何か乗っているのだろうか。そんなことを考えながら目を開けた青年は無意識に手を伸ばして胸部の異物を排除しようとし、硬直した。
 己の胸に手が当たっている感触がある。思わず揉んでみれば張りがありつつもほどよく柔らかい。そしてそれは手の方だけでなく明らかに胸部全体でも同時に感じている感覚である。
 確認したくない。拒否する頭を宥めすかし、思い切って毛布を跳ね除ける。
 視界に入ったのは普段と変わらない、赤い礼装の下に着込んでいる黒のインナー。ただ、心なしか普段よりも胸筋の膨らみが強い気がする。
 ここに来て成長したのでは? というのは冗談だ。
 触れた時の感触から可能性は低いが、何かが挟まっている可能性は捨てきれず、それならば確認が必要だろう。
 意を決して礼装を解けば、それまで押しつぶされていたものが解放されたことで圧迫感は薄れ、楽になる。
 だが、重力に従いたゆんと揺れた膨らみは明らかに筋肉という域を超えて張り出し、立派な弧を描いていた。
「待ってくれ」
 直に触ってみてもどうみても女性のそれである。真っ白になった頭が状況の理解を拒否していた。
 胸を掴んだまましばらく硬直して頭を抱える。
 人理の危機のために多数の英霊が集い、縁を結んだ一人の少女をマスターとして現界するサーヴァント達は、本来の目的である白紙化地球の解消のために奔走する傍ら、年がら年中出現する微少特異点を潰して回る環境に慣れきっている。
 突然出現した特異点により、待機中の者が引っ張られたり影響が出たりしたことも一度や二度ではない。
 今回も似たようなことが起きたと予想はできるが、実際に己の身に起きた変化を素直に認められるかというのは別の話だ。
 冷静になるためにも改めて状況を確認する。
 現在地はサーヴァントの中でも負担の多い者に割り当てられている個室。時刻は夜明け前で今日の厨房当番は朝から昼まで。
 胸部が女性のように膨らんだ以外の変調はなし。
 無いと断言した後で、ないよな、と自信無さげな声が部屋に響き渡った。己の体のことだからわかっていると言い切れればよかっただろうが、生憎と赤の弓兵は己の幸運値を知っているからこそ、疑念を払拭できない。
 いっそ全て確認しておくべきか。いい加減な報告をしてダ・ヴィンチやネモ・ナースに剥かれるのは遠慮したい。
 ひとまずは深呼吸。その後でそっと毛布を捲りあげ、薄目を開く。
「く……ッ! 見えん!!」
 視界を邪魔したのは屈強な胸筋に裏打ちされ、大きな膨らみとなって存在する胸である。客観的に見れば巨乳という表現が適切だろう大きさを誇るそれを邪魔だと結論付けた言葉は特定の女性に聞かれたら消されそうだ。
 仕方がないと溜息を落とし、青年は胸部を避けるように横から手を伸ばして直接触れることを選ぶ。
 窮屈だという思いで礼装を解いたためか、指先に触れた下半身には下着だけが残っていた。
 まだ半分は毛布がかかっているからという油断もあったのかもしれないと思いつつ、軽率だったと反省する。
 そろりと動かした手は淡い膨らみに触れた。
 兆していない男の欲は、大人しく身を折って下着の中に収まっているらしく少し安心する。
「……いや、安心していいのかこれは」
 どちらにしろサーヴァントの身では必要のない器官と言ってしまえばそれまでだ。
 朝から変な汗をかいたから軽くシャワーでも浴びて早めに食堂に移動しようと立ち上がる。
 すぐそこなのだからと普段はやらないが歩きながら下着までを消してブースの扉を閉めた。
 目を閉じてしばし頭上から落ちる水滴に身を任せてからボディソープを泡立てて全身を洗っていく。
 風呂に入るという行為は気分的な問題だが、さっぱりするのは確かだった。
 常と変わらない手順は体が覚えており、考え事をしながらでも問題なく行える。
「さて……この状況はどう報告したものかな」
 胸部はあまり触れたくないためさっと撫でるだけで済ませ、見えない下半身は手探りで洗う。
 そこで違和感に気付いた。
 先ほど下着越しに確認した男性器のさらに先、尻との間に知らない窪みがある。焦って指をずらしていけば今度は本当に尻の穴に行き当たった。想像したくもないがつまりはそういうことで合っているのだろう。
 勢いよく蛇口を捻って水を被りながら溜息を逃す。
 状況を整理すると今の己の体は視線の位置から身長などの肉体のベースは変わらないが、男性器と女性器両方が備わった状態、ということになる。
 流石に内側まで確認する勇気はなく、どこのマンガの世界だと突っ込んだところで状況は変わらない。
 これが自分を狙い撃ちにしたものとは思えないため、またとんでもない特異点発生の余波に巻き込まれた可能性は高かった。引っ張られずにボーダー内に留まれていただけましだろう。当番をすっぽかさずに済む。
 マスター及び人間のスタッフ達の食事が変更になるなと考え、動作に支障はなさそうだが、報告はしなければならないと気を取り直してブースから出ると、タオルで水気を拭ってから再度己の胸を見た。
 普段の礼装では窮屈すぎる。消去法で彼が選んだのはいつかの夏の特異点のために用意した霊衣である。
「ふむ……」
 多少の窮屈さはあるが、押しつぶされていた先ほどよりは格段にマシだと零して鏡の前に立つ。
 嫌でも目に入る胸の膨らみがいたたまれない。
 布が引っ張られ、くっきりと存在を主張する胸の頂と短くなった裾。流石にこの状態でマスターや子供達の前に立つのはナシだろう。頼光にご禁制判定の上教育的指導される未来すら見える。
 非常に不本意だが背に腹は変えられない。
 強く拳を握ったエミヤは意を決して投影のための言葉を紡いだ。出現したのは一般的な女性用の胸部下着。いわゆるブラジャーである。
「なんで私がこんなものを……」
 文句を言いながらタンクトップをたくし上げ、装着を試みる。
 バチン。無慈悲な音と共に投影されたばかりのものは彼の手の中からすっぱぬけて宙を舞った。
 くたりと床に落ちたそれを拾い上げ広げてみれば、強く引っ張られたことで少し変形してしまったらしい。うっすら予想はできていたがどうもサイズ的に無理のようだ。
 敗因は明らかで、そもそもサイズを把握しないまま投影しようとしたことだろう。
「サイズを……測って……?」
 一般的な知識はある。
 投影が可能か不可能かで言えば可能なのだが、さすがに己のサイズなど知りたくもない。
「そうか、インナーパッドだけを使えば……いやこの形では無理か……あと考えられるのは」
 水着のものなら。それなら最初からカップだけを投影すれば。などなど。焦りすぎて思考が全て口に出ている始末である。
 唯一の救いは個室に一人で、目撃者が誰もいなかったことだろう。
 対象がマスターや子供サーヴァントだけあって真剣そのものだが、そもそもわざわざブラジャーを付けずとも、適当な布をサラシのように巻けば応急処置としては十分だという発想が抜けていた。
 いくら仮初の肉体とはいえ、普通に寝て起きたら無いはずのものが付いていたという事態は、パニックを起こすのには十分だったらしい。
 そこからしばらく己の胸と格闘していたエミヤは、投影したパッドをタンクトップで押さえるように装着することによって少しばかりの精神的余裕を取り戻した。
 使用した魔力は考えたくない。
 朝からどっと疲れたが、食堂に行く前にもう一つやらなければならないことがある。
 面倒だとの思いをねじ伏せて、青年は通信を繋いだ。
 相手は司令室のダ・ヴィンチ。取り込んでいるから音声だけで受けると告げられたことで自分以外でも異常事態が起こっているのが理解できた。続いた言葉は予想通り。
「このタイミングの通信ってことは、異常報告か現状確認か、どっちだい?」
「両方だ。マスターは?」
「ちょうどこちらに来ていたから警報省略でレイシフト準備中だよ。残念ながら座ってのんびり朝食をとる余裕はなさそうだね」
 その件は承知したと告げた後で他に起きている異常の件を尋ねてみる。今の所把握している範囲は一部サーヴァントの霊基異常と微小特異点の発生だと告げられる。
「明確に異常が出ているという報告からこちらに来てもらうように今頼んでいて……あ、いらっしゃいアルテラ。クリームヒルトとドゥムジも一緒だね」
 この後自分はレイシフトの調整に集中するから聞き取り役をお願いしているゴルドルフ君に変わると急いで告げた声が遠ざかり、代わりに溜息に続いてわざとらしい咳払いが通信に乗った。
「あー……私も叩き起こされて呼び出されたばかりなのだがね? とりあえずトップとしては状況を把握しておかなければなるまい。ということで順番に説明を聞こうじゃないか」
 時刻はまだ夜明け前。
 普段ならゴルドルフもマスターの少女も寝ているはずの時間である。それを問えば、先に報告だと制された。知ってはいたが、妙なところで真面目な所長である。
「そうね。ダ・ヴィンチに対しては端的に伝えてあったけど、きちんとした報告はしていないものね」
 こちらも真面目に返したクリームヒルトがアルテラを促した気配があった。
「何が起こったのか、という説明はできないのだがそれでも構わないか?」
「おそらくだけど、そんなことは現時点では誰も説明できないわよ。事実だけを告げればいいと思うわ」
「それでは回想モードでお伝えしよう」
 エミヤに聞こえてくるのは音声だけであるが、口調がふわふわしていることからアルテラと呼ばれている彼女は軍神としてあるセイバー霊基ではなく、サンタとなっている方だと判別できる。
 わざわざやらなくていい、というクリームヒルトの静止は遅かった。
 ほわんほわんと謎の効果音が発生し、音声通信だったはずなのに、記録映像のような画面が眼前に出現する。
 映像が示す場所はどうやら食堂の一角らしい。
 ちらりと映った時計を見逃さなかったエミヤは己が目覚めた時刻とほぼ同じだと把握した。つまり自分に起きた霊基異常も関連している可能性が高い。
 映像がサンタの謎パワーでもたらされたものだと言われればそれまでで、深く考えてはいけないことをカルデアの全員が知っている。
 案の定、報告だけしてくれればいいのだがと言いかけたゴルドルフは途中で黙り込んでしまった。
 よくあることとはいえ、御愁傷様である。
 考え込んでいる間にも再現映像は進んでいく。
 日が昇る前であったはずだが、サーヴァントに対しそれを言っても仕方がない。
 一部の例外を除けば、リソースの都合上霊体化と実体化は交代制のため、そのタイミングが合えば他愛もないお喋りに興じることもあるだろう。
 アルテラとクリームヒルト。たまたま実体化のタイミングが同じで、食堂で会った二人は生前の因縁などないと言いながら対立する要素もなく、端に立ったまま雑談をしていたらしいと分析する。
 ただ和やかだったはずのそれはドゥムジがその場に現れたあたりで雲行きが怪しくなってきた。
「ホーリーシット。アルテラ、今すぐ手近な羊毛で腰回りをガードすることをオススメします」
 黄金の未の第一声がこれである。
 腰回り、と。呟いたクリームヒルトの視線が下がり、カメラも下がる。
 一瞬の間をおいて、辺りにはクリームヒルトの悲鳴が響き渡った。ついでに映像を見ているゴルドルフの悲鳴も重なる。おそらくはこちらより向こうは大画面だろうから彼の他にも見ていた者がいてもおかしくなく、それがマリーンシリーズだった場合はきっと隠すのに必死になっただろう。御愁傷様パートツーである。
「オオウ。もしや持ち合わせがない、と。いえ、問題ありません。私の羊毛をお貸ししましょう」
「ちょっと、あなたの方が際どいんだからここで人型になるのはやめなさいよ! ああもう、アルテラはとりあえずツェルコに騎乗して!!」
「それはいいな。どちらの提案も叶えることができるいいアイディアだ」
 ふわふわの毛並みを持つ羊の背に乗ればとりあえず必要な箇所は隠れる。冷静な良い判断である。
「それで? あなたはそれを言いにきたの?」
「いいえ。最初は別系統と思われる神の力が働いたように感じたので足を運びましたがまさかこんなことになっていようとは……それでどうですアルテラ、それはものがあるのですか?」
「……うん、あるな。信じ難いことだが実際にある」
「触って確かめないでよ! ちょっとあなたも何か言ってちょうだい!!」
「オゥ……アルテラ。婦女子の前でそれはいけません。気になるかもしれませんが少しの我慢です。そして私によく見せてください」
 変態羊、いったいどういうことなの、という回想現実織り混ざった悲鳴の後に、この気配はギリシャの、という声と共に画面には羊の毛並みらしきものが大写しになる。
 というわけだと満足そうに締めるアルテラの声に時が止まった。
「えええ。コレ回想にする意味、あった?」
 ゴルドルフのツッコミはもっともである。実際エミヤも頭を抱えていた。
「オフコース。ちゃんと原因について、私は言及していましたよ。聞き逃したなら耳を掃除してもう一度最初から見るとよいでしょう」
 感情の乗らない声があまりに怖い。
 震え上がったゴルドルフとの間に割って入ったのはやはりというかクリームヒルトであった。
「話が進まないからそれくらいにして。重要なのはアルテラの霊基異常にあたって、ギリシャの神からの介入がありそうという部分よ。他に異常のあるサーヴァントや、ターゲットになりそうなサーヴァントはいないの?」
 ギリシャ絡みで性別の変化があった者、という整理された情報を出されれば話は違う。
 その場にいたにもかかわらず再現劇場に付き合わされたクリームヒルトを思えば当然ではあるが、最初からそれを口に出してくれればよかったのではという思いを口にしなかったのは正しい。
 なるほどとだけ返したゴルドルフはしばしの沈黙の後で明らかに思い当たる者が居るという声を上げた。
「該当者は一人しかいない」
「おう。呼び出されたから来たぜ」
 タイミング良く、と言っていいものか。
 雑に管制室の扉を潜って現れた人物は、丁度ゴルドルフが思い描いてた心当たりで、まだ呼んでいないと口に出せば剣呑な声が返った。
「オレだってテメェに呼ばれた覚えはねぇよ。マスターはどこだ?」
「いらっしゃいカイニス、こっちこっち。レイシフト同行の件は聞いた?」
 音声が遠いが、カイニスに呼びかけたのはダ・ヴィンチだったらしい。
「ああ。マスターに聞いたぜ。もう一人声かけに行くって話だったが……オレの方が早かったか」
 さほど間をおかずにマスターも戻ったらしい。帯同していたのはライダーのメデューサだ。
「オゥ。この気配です。間違いありません。私の毛並みが逆立ちます。アナタ、よく無事ですね?」
「あぁ? ああ……そういうコトか。それでオレとアイツがレイシフト組ねぇ。面倒はごめんだが、敵って言うなら全力でぶっ倒せるってことだろ。悪くねぇな」
 ドゥムジとカイニスの会話は成立しているが、他のメンバーの頭上には疑問符が飛んでいる。
 周りを気にしないカイニスと彼らに手招かれて会話に加わったメデューサは、何人かのサーヴァントに通信を試みるように指示してから、とりあえず元凶は自分達がさっさと片付けてくるとマスターと共にレイシフトしていった。
 指示に従いあちこち通信した結果、判明したのは異常が起こっているサーヴァントの共通した特徴だ。
 同時にレイシフト先に拒絶されているのがセイバー霊基のメデューサ、ドレイク、そしてケイローンだという情報も齎される。
 この時点で原因はほぼ確定したと見て良いだろう。
 カイニス本人が宣言したように、速やかに原因をぶちのめして戻ってくれることを願うのみだ。
「はいー霊基グラフとの照合完了ー。結果出ましたー」
「ええと、結果これ? 読み上げるね。今のところアルテラ、ラクシュミー・バーイー、天草四郎……と赤い弓兵のほうのエミヤに異常が出てることが判明したよー」
 プロフェッサーとマリーンの報告に改めて通信の整理が行われ、名が上がった全員に確認がとれた。エミヤもここにきてやっと己の霊基に異常が出ていることを報告する。
「……ちょっと現実逃避してきていいかね?」
「いいけど、しても何も変わらないわよ」
「ですよねー!」
 逃げを許されず遠い目をするゴルドルフ、容赦無く突き放すクリームヒルト。一連の流れは澱みなく、まるでコントのようである。同時に通信を介して繋がっている全員も同じことを思っただろう。

(中略)

 接触面積が増えた分だけ流入量は増加し、綱渡りのようだった霊基状態も格段に安定に傾いて胸を撫で下ろす。
 根本的な解決にはなっていないが、まずは対処するための制限時間を伸ばす方が重要である。
「一旦整理するぞ。あの羊が言っていたように、とりあえず戻るための手段自体はある、ってとこまではいいか?」
「問題は私自身にその神性がないことなんだがな。念の為聞くが、先ほど以上の力技で解決する目はあるか?」
 質問に質問で返したが、お互い答えは予想していた。ただしその方向が同じとは限らない。
「とりあえず質問にはあると答えるが、それとは別に謝らなきゃならんことがある」
 男が言いにくそうに口籠るのは珍しいと思う。ただ、謝るとは言ったが行動自体に後悔はしていなさそうなところから、必要なことだったのだろうと結論付けた。
「良かれと思ったことで拗れるのはもはや慣れている。どうせ今回もその類だろう? 必要なことだったのなら謝罪の必要はない」
「まあ……お前さんの魔力量がやばそうだったから必要っちゃ必要だったんだがよ。やる気になれば向こうでも処置はできたからな。それに対しては謝罪させてくれ」
「私を君の工房に引き込んだことが問題になる、と?」
 キャスタークラスの工房は本人の城も同じだ。緊急措置として魔力を融通するなら己に特化して安定している空間であるため、本人の負担も軽く、案内することに不自然さはない。
 ヒントを求めて先ほどのキャスターとドゥムジの会話を思い返すと、見立てという言葉が意識にひっかかった。
「テッサリアの乙女カイニスは波に素足を触れさせたことで足を取られた……」
 ポセイドンの愛を受け、償いとして願いを聞かれた彼女は自分を女でなくしてくれと願い、無敵の男になった、という話だ。
 詳細は不明だが、カイニス本人が愚かであることの例として挙げたことを考えると、ポセイドンの支配する領域に連れ去られ、純潔を奪われたと見ることもできる。
 領域。ポセイドンにとっては海中だろうが、見方を変えればキャスタークラスの工房も似たようなものだろうか。
 だとすれば。
「私をこの場所に引き込んだ時点で攫われた乙女という見立てが成立している?」
「……当たりだ。おそらくな。そもそも男性になるということ自体のハードルが最初から高い」
 乙女では無いと主張するのは意味がない。
 成立している以上、女性を男性に変えるとしたらそれを覆すものを用意するかやり切ってしまうかのどちらかを選ぶことになる。
 自分自身に神性がある場合、それを利用して介入された事実を焼き払ってしまえばいい。元が女性体である場合はもっと単純で、本人に神性がなくとも何らかの手段をもって介入そのものを無効化してしまえば事足りる。介入が無かったことになれば元に戻るのは道理だ。
 情報を整理していけばあまり考えたくない解決手段しか浮かんでこず、エミヤは言葉を切って溜息を落とした。
 己の優先順位、サーヴァントとしての本質を見誤るべきではない。
 とん、と。背を軽く叩かれて意識を思考から現実に引き戻す。
「正直に言えば、オレはどちらでも構わんと思っている。オレが認めたのは英霊エミヤであって、それが後付けで性別が変わろうが、どっかの魔術師のように行きすぎて人の理から外れて姿を変えようがな。根本が変わらねぇ限りお前はお前だよ」
 今世では敵となれぬ以上、殺し合いが出来ないから代替手段としてセックスをしているとでも言いそうな宣言には苦笑するしかない。
 実際、そういった面も多少はあるのだろう。
 それを差し引いても、味方である現在、時折甘やかされているなと思う瞬間はある。
 切羽詰まっていたわけでもないのに昨日魔力を分けてくれたのもそうだし、今こうして手間をかけて消滅を防いでくれるのもそうだ。
 解決の手段自体はある。決定権はエミヤにあり、どちらを選んでも関係性が変わることはない。
 今の状態に慣れて受け入れるのか、苦杯を嘗めても戻る道を選ぶのかを己に問えば、自然と答えは定まった。
「……確認だが。見立てを成立させつつ強烈な神性で焼き払うということは、この場で君と性行為をするのが手っ取り早いという認識で合っているかね?」
 そもそもクラス違いを含め眼前の男とは何度か肌を合わせた経験があるため行為自体に忌避感はない。抱き合っている格好になっているため視線は合わせられないが、頭上から降った声は明確な肯定であった。
「新しく召喚された杉谷善住坊が言っていたよ。人間どうにもならなくなれば慣れる、とね。だが、私は君との戦闘を考えた時、今のこの姿である自分を上手く思い描けないんだ。神の思惑などくそくらえだ。私は私の積み上げたものだけで君に勝ちたい」
 どうにもならないことならともかく、解決する手段があるというのなら。
 一度言葉を切って身を起こす。
 こればかりはついでのように言葉にして良いものではないと直感が告げていた。
 同じように身を起こした男と向かい合い、しっかりと視線を合わせて口を開く。
「私を取り戻すのに協力してくれ、クー・フーリン」
「……その言葉、光神ルーの子、クー・フーリンが聞き届けた」
 真名をもって誓いを立てる。それは見立ての一部であるが、本心でもある。ケルトの英雄が受けると口にしたことにより誓約となって二人を縛った。
 ふわり。触れるだけの唇は、熱を灯すには弱い。
 伝承は並行世界の分だけ存在し、それは時折大きなズレを生む。
 ある世界では男性だが、ある世界では女性だった。子供だと言われていたが実際はホムンクルスだった。
 そんな光景は数多の英霊がサーヴァントとして存在するこの場ではあまりにも当たり前になってしまった。
 例の出来事ひとつをとっても、無理矢理だったとも合意だったとも伝えられている。
 今回騒動を起こしたポセイドンがかつてどのようにカイニスを手にしたかは分からないが、キリシュタリアのサーヴァントとして現界した彼がなぜ女性の体なのだと文句を零し、カルデアに召喚されてなお口に出したくもないほどポセイドンを憎んでいるという事実があるだけだ。
 似たような境遇のメデューサと悪口大会をしているという話も聞く。
「この手段を取るなら、その肉体の違和感から目を逸らせなくなる。承知の上だな」
 改まった口調を崩さない男に、改めて彼は昔の英雄なのだと思い知らされる。
 ただし、普段の彼を知っている身からすると似合わないとも思ってしまい、次の言葉には必要以上に煽る内容を選んだ。
「聞かれずとも。さて……彼らの流儀が無理矢理だったのなら、君もそれに倣うかね?」
「必要ない。結果的に事実さえあれば大枠が破綻することにはならないだろうからな」
 それよりも。
 大きく息を吐いた男が唐突に魔力の受け渡し用にと繋いでいた腕を掴んだまま引き寄せる。
 驚いて飛び出した声は男の腕の中でさらに深く塞がれた唇に吸われた。
 鼻に抜けてしまった息は抗議にすらならない。
 器用に唇を割って入り込んだ舌は唾液を纏わせて歯茎を擽り、追い出そうと動いた舌を絡め取って水音を上げる。
 触れられた先から痺れるような気がするのは魔力が足りないせいもあるが、おそらく彼自身が言動によって神性を引き上げているからだ。
 普段のオヤジ……もとい陽気な兄貴めいた口調を封じているのがその証左である。
「……ぁ、う……ん」
 くちゅり。くちゅり。
 掻き回され、混ざり合った唾液が喉を下りていく。
 喉が灼けるようだと喘げば、まだ序の口だとでも言いそうな、笑いを纏った声が耳朶を叩いた。
「全身余すところなく神性混じりの快楽で灼いて、染めてやろう」
 他の神性が齎すものなど入り込む余地がないくらいに。
 首元を撫でた手が胸まで下りて膨らみを確かめるように全体を包み込む。
 途中で入れてあったパッドに気付いたのか、するりと横から引き抜いて放り投げられた。口付けられたままでは確認することができないが、擦れた先端が服を押し上げている気がしていたたまれない。
 同時に、男の手の動きはいつも通りだと気付く。
 全体を確かめるように包み込みながらそっと触れ、柔らかいと笑いながらやんわりと揉みしだき、存在を主張し始めた先を引っ掻き、摘んで責める。
 指の後にくるのは舌だ。
 先ほどまで散々口内を荒らしていた舌でそこを舐られる感覚を思い出して背が震えた。
 形が変わっても自分の胸だ。触れられる感覚自体は同じで、散々言いように弄られたそれがもたらす快楽も変わらない。特に先端へのものなら尚更だ。
 どうしても視界に入って気になるなら、見なければいいと結論を出す。
「……頼み、ある」
 口付けを解かれた一瞬に、痺れて上手く回らない舌で声を上げた。舌足らずになってしまったが自分は悪くないはずだと開き直った弓兵は視界を塞いで欲しいと続ける。
「ああ、気が散るか?」
 願いに応えて瞼を覆ったのは彼が腰のあたりに身につけていた紐状の布だろうか。その気になれば首を振るだけで外せる程度の締め付けで視界を覆われた青年は、言葉にしない細やかさに笑いを噛み殺した。
 首元に、続けて谷間のあたりに息が触れる。
 見えなくとも不安にならないのは、男が完全にいつもと同じように、次は何がくるとわかるように触れるからだ。
 わざとなのだろうと思う。
 強く吸われて残される跡も、舌が踊って微かに上げる水音も。目の代わりに耳が拾う情報に集中した。
「ぁ……」
 ひくり。服越しに先端を舐られ、甘噛みされて反射的に背がしなる。服と歯が擦れるさりさりとした音の合間に爪がもう片方を遊ぶ音が交わる。
 刺激されたことで服を押し上げ、くっきりと形を見せた先端を唾液で濡らして透けさせて。楽しむように歯と舌で刺激しながらもう片方は横から指を差し入れる。
 脇から半端に露出させられた片胸は男の手の中でたゆりと揺れた。
 寄せるように持ち上げられ、執拗なほど交互に先端を抉られて舐られればじわりと腰のあたりが重さを増し、熱は息に混ざって唇からこぼれ落ちた。
 舐められた場所は赤く熟れ、神性に灼かれて痺れるのと同時に敏感になって擦れるたびに快楽を呼び込む。
 下着が湿ってきて気持ちが悪い。
「ん……ふ……ッ!」
 青年は、確認のように伸びた手に股間のあたりを撫でられて足指を丸め、耐えた。こちらの確認はしたかと問われても曖昧に頷くのが精一杯。
 無遠慮に前を乱され、濡れた下着を引っ掻かれれば、誤魔化しようがない欲に身を捻る。
 そうかと頷く声は硬い。
 人らしさが抜けた今のクー・フーリンを恐ろしいと感じるのは人間としての本能のようなものだ。
 英霊になってなお、元人間と神または半神である存在とには絶対的な境界が存在する。
 青年の状態を感じ取った男は身を伸ばし、触れるだけの口付けを落とした。
 唇に。続けて布で覆われた目元に。
 必要であるが故に言葉を崩せない彼の慰めは、少しだけ青年の緊張を解くことに成功する。
 自ら進んで背に腕を回し、髪を払って。男の首に顔を埋めるようにしながら、息だけでこのままと告げた。
「承知した」
 再び伸ばされた男の手を迎えるように下衣を解く。空気に触れて冷やされた陰茎の先は、すぐに熱をもつてのひらに包まれてふると震えた。
 半ば勃ち上がっているそれを煽るでもなく、丁寧に形を確かめるように触れられれば羞恥が先に立つ。
 さらに奥へと伸ばされた手は双珠を転がしながら肌を滑り、あっさりと直視したくない場所へと到達した。
 エミヤという男の認識にはあるはずがないもの。違和感の大元。一度は見ないふりをしたもの。
 そして、直視することになると告げられたものだ。
「ここは?」
「さ、すがに……中までは」
「だろうな」
 少しだけ考え込んだ男は、確かめるように周囲を撫でてから、関節ひとつぶんほどの指先を潜り込ませて浅い場所を探る。
 感じるのは違和感だけ。少しずつ奥へと進む指も乾いたままで、すぐに断念して引き抜かれることになった。
「き、もち……わるい」
「なるほど。まずは認識から、というところか」
 男が身を起こす気配。
 何度か首を振ったため、視界を覆っていたはずの布はだいぶ緩んでいる。背に回していた腕が重力に引かれて落ちるに任せていれば、途中で相手の手に受け止められた。
「クー・フーリン?」
 布の隙間から見上げた先。
 薄闇の中でも輝くように燃える焔色の瞳は揺らがず、彫像めいていて、無慈悲に敵を屠る時の彼だと思う。
 艦内で過ごしていればまず目にする機会はなく、一緒にレイシフトでもすれば敵に対して向けられることはあれどこちらに向くことはない。
 思考を裏切って瞬間的に肉体の方が怯えたのは己を殺すものだと認識させられているからだろう。
 はるかどこかでその目をした男に実際殺されたという事実もそれを補強する。
「足を開け」
 口調とは裏腹に、労わるように触れる手が心臓の上を撫でていく。
 僅かだが歪められた口元に男の葛藤を見た気がした。
 分かっていると、告げたくとも声が出ない。
 思考に反して体の反応が硬いのは、相手を神、あるいはそれに連なるものだと認識させられているために勝手に起こることだ。
 面倒なロールプレイを強いられているとは思えど、少なくとも最初の一回に必要なことでもあるのが分かっている彼らにそれを台無しにする意思はない。
 一瞬だけ相手の手をきつく握り返して、弓兵は命令に従い自ら足を開いた。見られていることを意識してそこを晒すのはかなりの気力を必要とする。
 勝手に膝を割り、静止など無視して事を進めてくる行動が、気遣いのひとつだったかとこんなところで気付くのはおかしかった。
「……んっ」
 唾液を纏わせた指が触れた場所からじんと痺れる。
 何度か表面を撫でてから潜り込んだそれは先ほどと同じようにぐるりと浅い場所を広げるように動いてから奥へと進んだ。
 動きは前戯というよりは触診に近い。
 少しだけ引き攣れるような抵抗があるが、即座に痺れて曖昧になっていく。
 相変わらず違和感しか感じないが、根本まで差し入れられても最奥に触れないところを見ると、違和感の問題は別として受け入れることくらいはできるだろう。
 己の認識として過去女性であったことはないため、知識はあっても実感はない。ましてや己の身に降りかかったそれが神の力で突然出来上がったものであることを考えれば危険性がないことと使い物になるかどうかの確認は最低限必要なことだ。
 臨戦態勢になったクー・フーリンのものは大きい。それを知っている己も、相手が探っていることを利用して他人事のように判断を下すのもどうかと思うが、口に出せば呆れたように表情を歪めながら笑い飛ばすのだろう。
 普段の彼ならばだが。
 なるほどと頷いた男は手近にあったクッションに手を伸ばす。自ら腰を浮かせた青年の腰の下に押し込むと、持ち上げられた脚の内腿に軽く唇を触れさせた。
 にゅる、と。再度唾液を纏わせた指が潜り込む。
「え、あ……ッ!」
 おそらくは人差し指と中指なのだろう。揃えて表面を撫でていた時までは前と後ろ、両方を比べるように遊んでいたのを知っている。
 一度目の挿入も探るようなもので一本だけ。
 油断していたと言えばそれまでなのだが、再度入り込んできた二本の指はそれぞれ前と後ろを同時に埋め、同じ動きで内壁を擦り上げながら奥へと進んだ。
「……んっ、あ」
 感覚的には存在するはずのない前の孔を弄られるのは気持ち悪いと思う反面、後ろを探られるのは逆に慣れた感覚で惑う。
 湿った息が触れる。
 内側で折られた指。僅かに開いた隙間にとろりと唾液を溢され、ついでとばかりに舌先を差し入れられながら掻き混ぜられて悲鳴を上げた。
 くちゅり。ちゅく。濡れるはずもない内を掻き混ぜられるたびに水音が響き、両方同時に攻められていることで重なる感覚が、どちらで快楽を得ているのかを曖昧にする。
 指の動きで奥まで運ばれ、満遍なく塗り込まれることになった唾液で痺れながら鋭敏になった場所は、どちらに潜り込んでいる指で擦られても無意識に締め付けて奥をひくつかせた。
「ひ、ぅ……ん……ア!」
 もういいと言っても許されず、そのまま指だけでひたすら前立腺を刺激されて達する。
 一本だけでは物足りないと思うのに、二本の指で責められているような感覚もあって混乱していた。
 射精はないが達したままの状態で指を引かれ、がくがくと身を震わせる。代わりに入り込んでくるのは比較にならないほどの質量。
「ぁ、あ……」
 絶頂を引き摺る体に潜り込む熱がどちらに挿入されているかなど意識もしていない。ただ奥へと進んできたものを受け入れ、喘ぐだけだ。
 長大なもので奥までを埋められ、抜けないギリギリまで引き抜かれて。内に止まっていた滑りはさらに奥へと押し込まれて腹の奥に熱を灯す。
 前後同時に刺激していたことで出所が曖昧になった快楽は、そのまま達したことで低下した思考を助けた。
 受け入れたものをいつもと同じように奥へと誘い、精を強請ってうねり、締め付ける。
「ぐ……ッ」
「あ、も……と、おく……に……っア! アアッ!!」
 深く咥え込んだ奥に精を吐かれて身を震わせるのは最初の絶頂の余波で、決して単体で達したわけではない。
 だが、この瞬間に神の領域に連れ込まれた人間は寵を受け、純潔を奪われるという見立ては成った。
「……アーチャー、意識はあるか?」
 慣れ親しんだクラス名での呼びかけにどこか気を張っていた部分が解ける。
 一応、と。問いに応えた声はだいぶ間があってから。
 荒い息の合間に押し出された掠れた声が下半身の感覚がないと文句を繋げた。
「神様ごっこは終わりか?」
「おう。途中から前でしてたことは気付いてただろ? 目的は達した。もう必要ねぇよ」
「さすがに。あの言動は神性を上げ、維持するためだろうが……あんな剣呑な君とは二度としたくないな」
 戦闘もセックスも変わらないと言う男だが、さすがに殺し合う時の目をしたまま丁寧に抱かれるのは心臓によろしくない。次に本当に殺し合う時が来たら思い出しそうだという不安も含まれているかもしれないと頭の片隅で考えてしまってから慌てて否定する。

(中略)

「こんなもんか。ちったぁヤル気になったかよ?」
「や、りすぎだろう」
 窒息するかと思った。抗議のはずの青年の言葉には、怒気よりも欲が滲む。
「それくらいやっておかねぇと、ノってこねぇだろテメェはよ」
「君相手ならそうでもないさ」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇの。それならオレともしてくれよ」
 同じ声は斜め後ろから。耳殻を遊びながらするりと移動して顎を捉えた手に向きを変えられて唇を塞がれる。
 これ以上は腫れるから嫌だと、強くもない言葉は形だけの抵抗だとわかっている男達は取り合わない。
 キャスターの舌に翻弄されている間にもランサーの手と口は肩から胸へと移動していく。
「やわらけ。霊基異常の話は放送で聞いていたが、どういう原理になってんだこれ?」
「知るか! あとそれは二回目だ」
「うーむ。同じモンだからしゃあねぇとはいえ、改めて言われるとなんとも言えない気持ちになるな」
 一回目に口にした相手が隣の男だと信じて疑わない槍兵の言葉に、魔術師の爆笑が重なった。
 次は同じ触り方をするのかと文句を言われるぞと続ける言葉は予言めいている。
 その時はその時だと受けた槍兵の方も、脇から手を入れるようにして存在を主張し始めた先端を摘んだ。
「い……ァ!」
「よしよし、見た目だけで他は変わらねぇのな。なら別に問題ねぇだろ」
 普通は変わるだろうというツッコミは無意味だ。状況と言葉は違うものの、内容の根本はキャスターが言ったことと同じである。
 エミヤがエミヤである限りどんな姿だろうが問題ないという宣言。やはりと言おうか。ランサーの触れ方は普段と変わらず、それは先刻のキャスターの触れ方とも同じ。
 先端を遊びながら全体を揉みしだき、一方で服が邪魔だなと笑う。
「横から出してもいいけどよ。それだと真ん中に服が寄るから絞められてキツくねぇ?」
 膨らみで止まる様子はエロくていいが。
 言いながら実践するのはどうかと思う。あとわかっているならやらないでほしい。
 圧迫されるから嫌だとキャスターの唇を押し退けながら途切れ途切れに告げれば、だよなと笑って器用に引き抜かれる。
 触れられるよりも直接肌を晒してそれを見る方が強い違和感を齎すが、本人以上にそれを気にしない者達を相手に言っても無駄だ。
 実際、膨らみを引き寄せて先を吸い、舌で転がしながら反応を窺うように視線を上げる男は無理をしている様子も何かを気にしている様子もない。
「……クー・フーリン」
 迷った挙句、呼んだ名は真名。
 どちらも同じ名を持つ彼は同じように顔を上げて視線を合わせると、どうしたと口にした。
 何度肌を合わせても変わらないことがある。
 そのひとつに、自分が一方的にされるだけなのは嫌なのだと青年は言う。
 槍兵も魔術師もわかっているから普段は好きにさせることを選ぶが、今回ばかりは聞いてやれないと拒否した。
「今のお前さんにやられてもお互い気が散るだけだ。戻れた時に頼むさ」
「そいつは後にしとけ。お前さんがやってる間、オレも同じ場所弄ってやりてぇからな」
 拒否の言葉はどちらも今に対してのもの。弓兵がその気ならさっさと終わらせると応えたため、彼らは左右から同じ笑みを向けた。
 覚悟しろ、と。告げたのはどちらだったか。
 二人居るという状況をいいことに耳も、鎖骨も、胸も。同時に舐られ、弾かれ、吸い上げられて腰が浮く。
 ちろちろと尖らせた舌で先端を擽られながら擦り合わせた膝を見咎められ、脚を開かされて抗議するも、そんなものはこの男相手になんの意味もない。
「我慢できねぇってんなら同時にするぜ? こっちはまだどうなってるか確認してねぇしな」
「違……ッんぅ!」
 内腿を撫で、そのまま臀部を通り過ぎるようにしながら後孔を、それから前の孔を確かめる。
 両側から張り付くように乗られているために身動きを封じられている青年に止める手段はない。
「使え。どっちやる?」
「とりあえず両方確認するかな。つーか、ソレ渡すってことは濡れねぇの?」
「色々説明が面倒なんだよ。考えたくなけりゃ大人しく後ろに回っとけ」
 くちゅり。
 粘着質な音に不似合いな爽やかな香りが漂う。潤滑剤自体は先程も使われたものだ。魔術行使の手段のひとつだとエミヤは知っているが、ランサーはただのモノとして受け入れたということになる。
「説明されねぇなら自分で確認するしかねえってな。クラス的に行使する方は難しくてもある程度は読むことはできるってことをお前さんは忘れてるよな」
 くるくると表面を解すようにしながらの言葉。それを直接言うのかとキャスターが呆れた声を出したとろをみると事実なのだろう。
 表面を遊ぶ指はいつの間にか増えていた。片方が孔を開くように端を引っ張れば、心得ているとばかりにもう一方が浅い部分を探り、塗り込めるように動く。
 交互に浅く出入りを繰り返す指先に腰が揺れる。
 胸への愛撫も再開されていた。
 舐られながら歯で扱かれて。熟れていく先端を強く吸われれば声が飛び出す。
 頃合いかと潜り込んできた指は二本。
「……ッ!」
 揃って進むそれが前後両方を進んでいることを経験から知っている。とりあえずとばかりに根本までを埋めた槍兵はなるほどと妙に冷静な声を落とした。
「確かにこいつは分担だな……前任せていいか?」
「オレは最初からそのつもりだけどよ。随分と簡単に結論出したな」
「ああ? テメェがクー・フーリンとして存在を重ねたせいだろうが。クラス違いなのに妙にこの場からの補助が受けられると思ったぜ」
 同一存在であるということを逆手にとった世界への誤魔化し。工房という己の陣地だからこそ、それは大きな力を発揮する。
 会話中も手を止めない男達は勝手に分担を決めて位置を調整していた。
 キャスターが前、ランサーが後ろ。同時に動く四本の指は浅く、深く内壁を擦り上げながら滑りを広げていく。
 じゅぷじゅぷと水音が響き、熱に触れた香りが広がっていった。うっすらと欲を煽ると同時に無駄な力みを逃す効果のある香りはそっと意識に忍び込む。
 後ろのランサーに前立腺を集中的に刺激されるのと同時に前のキャスターに奥を捏ねられて喘ぎを零す。
 分担しているとわかっていても、先程のように違和感しか感じない状態ではないことにエミヤは混乱した。
 どちらかというと慣れた刺激を二倍感じる。
「大丈夫だ。さっきより強く存在を重ねただけだからそれで正常だ。我慢すんな。さて、馴染んだ頃合いだからそろそろ本気でいくぜ」
 奥を探っていた魔術師の指が引かれて槍兵同様浅い部分で指を折る。重ねているとはいえ具体的に性感帯の反応が指先に触れない前の孔は難易度が高い。
「ひ、ァ!」
 性感帯が存在しない前の孔に後孔を重ねて違和感を打ち消す。それはつまり性感帯が二重写しになるということでもあった。
 前と後ろ、同時であってばらばらに二人の指で前立腺を責められて青年の唇から悲鳴が上がる。気紛れに胸を吸われる刺激もそれに拍車をかけた。
 通常ならばありえない刺激に青年の背が震える。
 唇から溢れる喘ぎは高く掠れたが、まだ達したくないと首を振る。
 ぱさぱさと乱れて落ちかかった髪が積まれたクッションを叩いて、抵抗というにはささやすぎる音を響かせた。
「き、みを……」
「ああ、ちと我慢しろ。槍持ち」
「あいよ。腕回せるか?」
 ソファの端であることを利用し、片足を地面に下ろしたランサーが腕を伸ばす。求められるまま背に腕を回したエミヤは簡単に抱き上げられた。
 クッションを積み上げてあった場所にキャスターが滑り込み、その腰を跨ぐようにしながら降ろされた青年は、縋り付くように上半身を槍兵に預けたまま、臀部に擦り付けられる魔術師の熱を感じた。
 ぐぷ、と。切先が後孔に潜り込む。丁寧に解された場所は男を拒まない。
 半分抱き上げられている格好のため、震えて感覚がない脚でも一気に貫かれるということはなく、じりじりと奥まで進んでいくのを感じた。
 宥めるように触れる唇が熱い。
 大きく張り出している奥の襞までを埋められた状態で息を吐いた。
「まだだぜ」
「……ぁ」
 ランサーからキャスターへ。
 受け渡されたエミヤの体は、魔術師に後ろを貫かれたままその体に凭れるように倒され、大きく脚を開いた状態で固定される。
「挿れるぞ」
 わざわざ触れさせたまま宣言するのはこれからここでするのだと認識させるためだ。
 膝立ちの片足を座面に、もう片方は地面につけたまのランサーは、キャスターがしたのと同じように孔の周辺を己の陰茎の先で押しながら滑りを広げ、存分に大きさを主張してから、前の孔へと己を押し込んだ。
「はい、って……ッあ!」
「そうだ。わかるか、エミヤ」
 そこを埋め、快楽を引き出すのはクー・フーリンの熱だと背後からキャスターが囁く。
 物理的に張り出しているものがない分だけ、前の孔は抵抗なく奥までランサーを受け入れる。さほどの抵抗もなく根元までを飲み込んだ場所は、後ろで言えばいきなり奥襞の先までを暴かれて全身をひくつかせた。

(中略)

「きついと思うがもう一回だぜ、アーチャー。今度は好きなだけ前でもイっていいからな」
 その分も含めて注いでやる、と。キャスターの後を引き継ぐように耳元で囁いたのはランサーだが、今のエミヤは二人の位置が入れ替わっていることにすら気付けない。
「待ってくれ……なにがなんだか……ぅん……ッ」
 直前まで絶頂の中にいた体は少し口付けを深くし、胸を弾いただけで熱を灯した。
 収縮した内壁が埋められたものを引き絞れば、先ほどランサーが腰を引いた際に中途半端な位置で止めたこともあり、ちょうど張り出しが前立腺を刺激する。
「ふ、ん……ぅ……!」
 そのまま唇を合わせられた青年は、後ろから押さえ込むように回された手に体を撫でられ、自ら腰を揺らして快楽を引き込んだ。
 どこもかしこも敏感になっている。熟れきった胸の先端は触れるか触れないかの刺激でも痛いほど快楽を告げ、触れられていなかったはずの陰茎を撫であげる手にすら背をしならせる羽目になった。
 いつの間に潤滑剤を足したのか、ちゅくちゅくと音を上げながら男としての欲を育てていく手は背後から。
 首筋を吸われ、胸を持ち上げるようにして先端を引っ掻かれながらの刺激は、押し付けるだけになっている内側のそれと深い口付けとも呼応して強い快楽を呼び込んだ。
 嬌声は吸われ、荒い息だけが合間から溢れていく。
 潤滑剤でとろとろの手は亀頭を擽り、裏筋を辿って双珠までも濡らしてゆるく揉み込む。
 思いついたようにその先に伸びた指がぐ、と会陰を押し込んだことで青年の喉がひゅうと鳴った。
 内と外から前立腺を押し潰される感覚。今のエミヤには強烈すぎる刺激である。
「イイ反応だが、あんまやるとまた後ろだけでイっちまいそうだからな。いまはこっちだ」
 ランサーの手の動きが早まる。槍を扱う大きくて固く筋張った手は決して小さくもない弓兵のものを包み込み、本気で欲を煽る動きは大きく粘着質な水音を散らした。
 ちゃりと声を上げる槍兵の腕輪が時折肌に触れてその硬質な感触に腰が揺れる。
 ゆると頭を擡げた欲はあっという間に育てられ、張り詰めて。絶頂の気配に収縮した後孔が埋められたものを喰むように締め付けた。