救出ワルツ

 警告音が鳴っている。ひっきりなしに精神をざわつかせて落ち着かないその音を振り切るように、黄色の光が移動していた。遊ぶように絡み合う光は二つ。
 ひとつところから、ゆるく円を描いて離れ、くるりと回って再び寄り添う。
 まるで遊んでいるような飛翔に、その様子をモニタしていた少女は思わず苦笑を漏らした。
 大量に管の繋がったゴーグルを付け、機能的に配置されたキーボード操作して指示を出す彼女は、ゴーグルの片側からマイクを伸ばし、光に呼び掛けた。
「リン、レン。聞こえる?」
 光が首を傾げた気がする。もっとも、それは光としてモニタしている少女の感覚で、人の形をしていた本体の彼らは正しく少し首を傾げてヘッドセットから流れてきた声に耳を澄ませた。
「聞こえる。そろそろ?」
 リン、と呼ばれた少女の姿をした影が応じる。彼女の隣で速度を落とした少年がレンだ。
「ご明察。その辺に穴開けられそうなところ、無い?」
「穴……?」
「あった、リン!」
 リンが応答している間にもレンは近くを回って調べていた。声は二人に聞こえているのだから何の不思議も無い。ナイスフォロー、と呟いて親指を立てたリンがレンの傍に浮かんだ。
 示された先を見れば、空間がぶれている箇所がある。
 随分とわかりやすい穴だ。詳細な座標を報告して少し待つと、大当たりという茶化したような声。
「マスター、やっちゃっていいのよね?」
 リンが呼びかけると、加減してねという声が苦笑とともにもたらされた。
「そんなに考えなしじゃないわよう。レン、いい?」
「いつでも」
 半眼になった二人は無意識のうちに指を絡ませ、歌を紡ぐ。
 加減してと忠告された通り、小さく響く声は、外からモニタしていた少女の手によって収束され、彼女らが穴と呼称する座標にぶつけられた。
 ぶれていた空間がさらに歪んで光の塊になり、まるで粘土でも伸ばすかのように見知らぬ空間へのトンネルを形作る。
「よっしゃ!」
「マスター、リミットまでの計算頼む。五から十秒後に突入」
 歓声をあげるリンの横で、マイクに向かって冷静に告げたレンの声は浮き足立ったリンを引き戻すのに十分な温度。
「今やってる……出た! 思ったより短い。もし連絡つかなくなったらいつも通り、よろしくね」
 早口の指示に続いて二人の視界の隅にカウントダウンしていく数字が表示された。すでに五分を切っている。
「じゃ、捕らわれのお姫様を救出にいきますか」
 先行くよと告げて勢いよく穴に飛び込んだリンを追ってレンも穴に入る。
 がんばってねーと暢気に呟くマスターの声が最後の肉声だった。余裕を見せているが、今もその手が忙しなく動いて自分達を助けてくれていると知っている。
 トンネルを辿っていく段階で案の定マスターからの通信が途絶えた。
 予想の範囲内だ。リンは逆に好き勝手出来ると喜んでいるかもしれない。彼らのマスターが告げる『いつも通り』と『適当に』は、ようするにやりすぎない程度に好きに行動しろと同義だ。
 二人は目配せした程度でそのまま先を急いだ。
 表示されている時計が四分を切るところ。
 トンネルを抜けた。
「手分けしよう。あたしこっち」
 カイト兄にあたりますようにーと、どこか歌うような口調で呟きながら逸れていくリンを横目に、レンはそのまま直進する。
 広大な空間はほとんどが闇に覆われており、そう遠くもないが近くもない場所に派手な火花が見えた。
 あれが今のマスターの戦場。
 おそらくあの少女はこんなグラフィカルな世界ではなく、黒い窓と白い文字が支配する空間に居るのだろう。
 グラフィックで認識する時間も惜しいと、彼女はそれを選び、必要ならこうして自分達にグラフィック認識の必要な作業を任せる。変換に頼らず、再レンダリング無しで、流れてきた元データをそのまま読むことができるリンとレンなら、圧倒的に処理時間を短縮出来るからこその役割であると理解していた。この空間で実態を持つということは普通には戻れないほど逸脱してしまうということ。二人はもう気にしていない。
 求められて、それが実感できるのは嬉しかった。
「信頼されてる、ってことだもんな。オレ達」
 レンの移動スピードは緩むことなく、分岐で立ち止まるのも一瞬で、直感に従って進んでいく。
 見るものが居たとしたら、おそらく闇の空間にぼんやりと浮かんだ道を物凄いスピードで辿る光として見えただろう。
 リンとはほとんど一心同体だからどこにいるかは意識しなくても分かる。
 確認すれば、残り時間は三分ほど。
「帰りを考えればあと一分……いや、一分半」
 体感的にはもっと経っているような気がするが、この空間での移動は分岐で判断するほんの一瞬が主な経過時間だから、現実よりは鈍い。
 ひっかかりを感じてレンは急ブレーキをかけた。
「ご丁寧に……オレだけでいけるか?」
 迷ったのは一瞬。
 次の瞬間にはもう小さく歌を紡いでいる。
 ちりりと空間が反応するものの、まだ足りない。
 ダメか、と思ったところで補佐するような深い響きが重なった。