[アーチャー/エミヤさん]は[ワタシ/オレ]が守る!!

 自我が生まれて最初に理解したのは力の流れ。
 それが魔力というのだと後から知ったが、この時点では己の自我を励起させたものというだけの認識。
 回路良好。入力済みの擬似人格を設定。以降己を魔術礼装・スライムと定義。外装を擬似人格に適したものに置換形成。展開完了。
 自分は礼装であり使い魔、一種のゴーレムのようなものである。
 そんな、明確な自意識。
 脳と呼ばれるものはないが炉心として核となっているものはあり、擬似魔術回路も搭載されている。
 魔術回路を使えば人間の脳に匹敵するだけの演算も可能で、擬似人格が外装に与える影響によりアメーバ形状、もしくは水饅頭形状を取る都合上、発声能力はないが人語の理解は可能だ。
 ふるり、身を震わせて。
 人間と同じ見え方に調整した視界で眼前の人物を捉える。
 実際には体内の不純物を集めて擬眼としているだけでその器官で見ているわけではないが、この際細かいことはいいだろう。こちらが見ているということを相手が認識すればいいのだ。
「ええと……」
 戸惑いの声にもう一度ふるりと身を震わせて。警戒させないようにゆっくりと伸び上がると、ゆるく身を折ってお辞儀のような体勢をとった。
 すぐに動いて主人の役に立てるようにとある程度の知識は最初からあるため、一定以上の知能がある行動をすれば、最低でもこちらに敵意がないことは分かってもらえるだろう。
 返ってきたのはさらに困惑した気配。
 床に落ちたままの箱と眼前の謎の生物を見比べる控えめな視線に敵意はない。
 スライムはこれまたゆっくりと体の一部を伸ばして器用に箱の蓋を掴むと、蓋裏に貼り付けられた紙を見せるように掲げてみせた。
 じわり。
 浮き上がってきたのは『エミヤ』というらしい彼の名前。その上にはマスターという文字があり、彼が魔術師ならばおそらくそれだけで気付かないうちに使い魔を従えてしまったと理解してもらえるだろう。
「とりあえず君は誰かに造られた擬似生命体ということでいいのだろうか?」
 溜息を吐いて疑問を口にしてから、会話ができないと気付いたらしい彼は困ったなと眉を寄せる。
 しがないスライムとしては彼と同じように会話で応えることはできない。だが、理解はしていると示すためにとりあえず縦に揺れてみることにした。
「理解はしている、ということかな。ならば肯定と否定の反応を確認させてもらえるだろうか」
 要請はもっともだ。
 肯定は縦揺れ、否定は横揺れ。
 場合によってはジャンプと回転。
 ついでに体色を変化させる術も披露すれば、納得した頷きが返った。
「普段は薄い水色だが赤系の色に変わるのは警戒または怒りかな? 組み合わせでそこそこの意思確認ができそうだ」
 その他、視界に入っていない時用に魔力を纏わせる方法も提案する。なんとなく温かく感じるとか冷たく感じるとかそういったものだ。
 一般的には嬉しい嫌だなどの感情的なものの発露に使われるが、ゴーレム的な使い魔は疑似人格はあれど好悪や感情の振れ幅がほぼないため、体色と同じように注意喚起と返答の意味合いが強い。
 ひととおり反応を見たところでもう一度動作と対応する要素を確認する。意思疎通の方法を手に入れたことで敵性生物ではないと認識されたスライムにエミヤは一緒に来てもらえるかと問いかけた。
「事故のようなものとはいえ、残念ながら私の一存で君を使役することはできなくてね」
 せっかくの縁ならとりあえず責任者に説明して許可を貰う方向で動こうと思う。
 説明されれば理解する。
 ぷるんと縦に揺れたスライムは己が入っていたらしい缶と蓋を拾ってエミヤの隣に並んだ。
「ああ、確かにそれも持っていったほうがいいか。よく気が付いてくれて助かるよ」
 自分に持ち上げられてはくれないかと蹲みながら告げられて、首の代わりに胴体を横向きに折り曲げるようにして疑問を示す。考えてみれば自分はまだ不審物ならぬ不審生物なのだと思い至って勝手に納得した。
 確かに自由に歩かせていいとはならないだろう。
 回収してきた箱を床に置いてその中にどぅるんと入り込む。流石に蓋を閉められるとどうなるかわからないので、体の一部を外に出したままぶら下げるように持つことにした。
 これならどうだと見上げる動作をした先で青年が僅かに口角を上げる。
「助かるよ。では行こうか」
 箱ごと持ち上げられ、運ばれた先はシミュレーター可動用のスペースらしい。
 がらんと何もない空間だが、エミヤは冷静に部屋の中央まで進んだ。
「このあたりで問題ないか?」
 独り言かと思ったが違ったらしい。
 バッチリだよと声が降って、軽やかな声が続いた。
「スライム状の君とは初めましてになるね。姿を見せずに失礼。私はダ・ヴィンチ、今からちょっと君の調査をさせてもらうよ」
 弾んだ声音に敵意はない。どちらかというと全力の興味が隠せていない響き。
 考えてみれば不審なものを中枢に持ち込まないのは正しい。ふるん、と震えてから促されるままに地面に降りた。
「うんうん、いい子だ。それじゃあエミヤくんはもう数歩下がってくれるかい? スライムの君はスキャンしたいからそのままね」
 ふるんふるん。
 肯定として縦揺れしたが、声だけの相手に見えていると捉えていいものか少し悩む。
「あはははは。いいね。こっちの言うことは理解しているってことなら話は早い」
 そこからはいくつかの指示に従って動き、問題なさそうだから移動してくれと告げられて、声だけだった相手の工房へ。
 今度は姿を見せた美女に追加で丁寧に検査され、問題なしとなった。
「それじゃ結果の前に確認だけど、この子は倉庫の片付け中にうっかり落としてしまった箱から出てきた、でいいんだよね?」
「ああ。そろそろそのあたりも進めていかなければならないだろう?」
 人理は修復された。
 現在のカルデアでは時間神殿から逃れた魔神柱捜索の傍ら、外部機関から見た際に注目される項目を洗い出し、人類最後のマスターがただの学生に戻れる道を残せるように過去の清算準備が進行している。
 倉庫の整理もその一環だ。
 かつてここに所属していた人間の魔術師達が残したものならまだいい。だが、マスターが召喚した数多の英霊、サーヴァント達の痕跡は一片たりとも残してはおけない。
 いくつかある倉庫の中には、非常時に作られはしたものの、そのままお蔵入りしたものなどがあり、順次適切な方法で処分を進めていた。
 なにせ、古代王や神霊の疑似サーヴァントなどが気軽にマスターに渡したものなどに至っては、聖遺物どころの話ではない。
「うんうん。でも今後は一人ではやらないように。魔術に明るい誰かと必ず一緒にね」
「私も油断していたことは認めるよ。倉庫といっても予備の食糧庫のほうで、ほとんど物はなかったんだ」
 缶をちらりと見たエミヤはあの形状だったので中身は海苔かなにかと思った、と続ける。
 無理はないだろう。内側こそ魔術的にコーティングしてあったとはいえ、外側はよくあるブリキ缶だ。
 日本人なら中身は海苔か煎餅か。そんなものを連想させる外観である。
「あー……それは置いた人物が悪いねぇ。隠したかったのかな? まあ、多分文句を言う相手はもう居ないだろうけど……」
 少しだけ湿った表情。すぐに気を取り直した美女は結果を羅列していく。
 擬似人格付きのゴーレムと認識すれば問題ないことや、最初に体液を与えたものを主人とし、手伝いをする存在であること。
「言われてみれば落とした時に少し指先を切ったのでそのせいかな」
「ああ、ならそうだろうね。それと、常時発動型の魔術の気配がある。保全や浄化という類かな。おそらくは形状的に地面を這うように動く都合上だろう。手伝いをするにしても魔術のあれこれは繊細だからね。つまりは掃除も任せられるし、料理の手伝いも問題ないと思われるよ」
 それでも衛生面が気になるなら背中に貼り付けるか肩に乗せて移動するといい。
 からかい混じりの言葉にエミヤは僅かに眉を寄せ、スライムはぐにゃりと身を折る。
 美女が挙げた常時発動の魔術はいわゆる清潔を保つためのものだ。
 不純物を敵とするという意味では魔術も料理もそう変わらないだろう。難点を上げるなら、魔術で清潔だから大丈夫だと言われても洗ってしまいたい気持ちになる人間の側にある。もっとも、生理現象を止めるのが当たり前の世界にいる魔術師ならばそれも克服しているのかもしれないが。
「とりあえずは了解した。もういない職員のものだとすればいずれ決断しなければならないだろうが、せっかくだ。しばらくはこちらで手伝いをしてもらうことにするよ」
「そうしてくれたまえ。念の為定期的に様子を報告してくれると助かるかな」
 ころころと笑った美女はマスターと魔術師の誰かには報告の上、協力してもらって食糧庫や一般備品用の倉庫に危険物がないか再調査すると請け負う。
 エミヤとダ・ヴィンチは途中性別についての話題になったため多少の雑談をしていた。もちろん擬似人格が外殻を定義したスライムに性別などないが、付与された人格の元は男性だったようなので男性として扱っていいだろうという結論になる。
 元々入っていた缶は非常用として己に割り当てられた部屋に置いておくこととした。
 蓋の部分にマスター登録名が記載されているため異常がないかの確認にもなる。
「こんなところか。それでは私は夕食の用意があるのでこれで失礼するよ」
 おいでと手招かれたスライムが近付くと、そのまま掬い上げられて肩に乗せられた。色の抜けたふわふわの髪が体表を擽るが、スライムにはそれに対して何かを感じるような情緒はない。
「昔に比べればだいぶ楽になったんだ。現状君の手伝いが必要な仕事があるとは思わないが、何があるかわからないからな。気付いたことがあれば教えてくれ」
 ぷるん。
 震えると同時に穏やかな魔力を纏って了承を示す。
 ダ・ヴィンチの工房を後にした彼らは一度部屋に戻り、備え付けの飾り棚に箱を置く。念の為箱は開けたまま、蓋は壁に立てかけられるように置かれた。
 箱で多少隠れるが、確認できる程度の隙間はある。
 そうして彼らはキッチン戦線に突入した。

 カルデア・キッチン組の日常は常に戦場である。
 メニューの作成から食材の管理まで携わるメインのメンバーにエミヤとブーディカ、タマモキャット。
 そこに場合によって清姫、マルタ、源頼光、玉藻前あたりが手伝いに入る体制だ。
 もちろん他の人物が入ることもあるがそう頻度は高くないため、逐次紹介することとする。
 遅くなってすまないと告げながらエプロンを装着した青年は、先に来て準備を始めていたタマモキャットに全力で警戒の表情を向けられて肩に乗せてきた生物のことを思い出した。
 エプロンを付ける際も器用に避けていたので失念していたらしい。ジスチャーで腕に移動しろと告げられたスライムは器用に腕に巻き付いてバランスを取りながら身を起こす。
「ああ、すまない。縁あってしばらく私の使い魔をしてくれることになったスライムだ。ダ・ヴィンチには許可を貰っている」
 こんにちは。
 最初にエミヤに対してしたのを同じように少し体を伸ばしてお辞儀をすれば、ぴょ、と耳が立って目が見開かれた。
 みょんみょんみょんみょん。
 謎の電波を受信しているような行動の後で急に正気に戻る。
「キャットだ。よろしくなのだな。そして新入りには涙を飲んで容赦しないのが正義とみた。名付けて無限皮剥き地獄、だっ!!」
 了解、と。お辞儀をした体勢から腕のように伸ばした触手を額と思われる箇所にあてて。ぴょいと水場近くの台上に飛び降りた。
 下処理用らしい広い洗い場の横に置かれたざるには山盛りのジャガイモ。隣には土付きの人参と牛蒡。
 さあこれらをどう処理すると言わんばかりのラインナップだ。
 それではまずはジャガイモから。
 きゅ。台に身を擦り付けるようにして回転し音を出すと、注意を引きたいという意図が伝わったらしい。
 エミヤがこちらを覗き込んできた。
「ああ、皮を剥いた後に入れるものが必要か」
「それならこちらに頼むのだな!」
 ぽいぽいぽいと出されたステンレスのトレイやボウルに頷く仕草をして、みょんと両手になるような形状に触手を伸ばす。
 右側の触手は未処理のジャガイモへ。同じく左側は空のボウルへ。
 ぷるんと一回震えてから、ジャガイモを次々と吸い込むように掬い上げ、体内を通る際に皮と芽を除去してから放出していく。
 皮剥きというよりは皮溶かしだが、目を見開いて見守る二人はそこを気にはしなかった。
 それこそほぼ一瞬で皮剥きが完了する。
「おお、見事だな! 次はどうだ?」
 人参と牛蒡は同じ土付き。
 どちらも細長いため処理後に移動する器としてはトレイを選択し、人参は土と薄皮一枚ほど、牛蒡はほぼ土だけを綺麗に拭い取るようにして移し替えて行く。
「チーフ、チーフ! これは逸材だぞ!!」
「わかった、わかったから! ゆすらないでくれタマモキャット!!」
 あっという間に有能お手伝いの地位を賜ったスライムは、ふるふると震えると二体に分裂した。
 一体はエミヤの肩に、もう一体はタマモキャットの背に。それぞれしっかりとくっついて彼ら彼女らがする作業の細々とした手伝いをする。
 必要に応じて分裂数は調節可能だ。今回の手伝いでは最終的にはそれぞれに付いている二体とは別に洗い物をする係も誕生していた。
 エミヤに付いている方は皿を補充したり食材を適宜移動したりまな板や包丁を交換したり、最終的にはエミヤが切ったメインをすぐに乗せて出せるように隣で皿を持って待機していたりする。
 タマモキャットに付いている方は配膳数を増やすために千手観音のごとく触手の数を増やして対応。後半になって慣れてくると、空いた触手で不要な食器を回収するなど、単一機能特化型として純粋に手数を増やした対応に勤しんでいた。
 洗い物担当は、流石にきちんと洗わないと気持ちが悪いだろうという配慮か、予洗いだけを担当。
 ぺろりと軽く皿を撫でるだけで新品のように綺麗になってはいるものの、そのまま食洗機に投入しては順次洗浄。洗い終わった皿の片付けまでその場を動かず触手を伸ばすだけで対応している。
 キッチン担当は同時に複数のことをこなしてくれる使い魔というものがいかに有能かをまざまざと見せつけられていた。
 しかも動かずに、というところがポイントである。
「便利……あまりにも便利……このままダメになりそうだワン」
「全面的に同意するよ。まさかここまでとは」
 スライムを肩や背中に乗せたまま動き回るキッチン組の二人に、最初だけは驚いたらしいスタッフやサーヴァント達もすぐに慣れていた。
 相変わらずの順応性の高さであるが、このカルデアで生活する以上、この程度でいつまでも驚いてはいられない。なにせ日常的にツッコミどころ満載のトラブルが多発するのだ。
 一区切りついたことをことを確認し、エミヤが食堂に向かって声を上げる。
「キャット、君は先に上がってくれ。片付けと下拵えは私がやっておく。もっとも、普段と違って片付けは八割がた終わってしまっているがな」
「うむ……チーフとスライム氏に感謝してお言葉に甘えるのだな」
「おつかれさま」
 ずっと自分の背に張り付いていたスライムを手招きしてぎゅうと抱き締めると、感謝の言葉を残してタマモキャットは己の部屋に戻って行った。
 スタッフ達のことを考え、エミヤのシフトは夕食が中心になるように昼・夜で組まれることが多い。
 同じように朝・昼をメインにするブーディカが珍しくレイシフトに同行したこともあって人手不足のキッチンで、彼女はここのところ休みなく連日入っていたため疲労が蓄積しているはずである。少しでも休めるのなら僥倖だろう。
 一人になったキッチンでエミヤは翌日のメニューに従い下拵えをする。
 くっついたままのスライムは手伝い続行として、最初から洗い物担当だったものと、タマモキャットから離れたものがジスチャーで任せろと伝えると、厨房から食堂全体の掃除に着手した。
 掃除といってもできる限り接触面積を増やしながら移動するだけだ。
 広げた場所から床面、またはテーブルの上に向けて常時発動している魔術の範囲を広げれば、汚れのほうがなかったことになる。
 きゅ、きゅ。
 鳴いているように聞こえる音はシンクを擦って出しているもの。青年の作業が終わった頃を見計らって掃除に出ていた分裂体が合流し、周辺の水滴まで綺麗に拭ってから青年の腕に収まった。
 シンクから蛇口まで必死に磨かずとも水跡も残さずピカピカである。
 触手も全て収納し、見慣れた饅頭型に戻ったスライムは、クッションのようで抱き心地もいい。
「……とことん便利な能力持ちだな君は」
 ぷるん、ぷるん。
 明日も朝から担当だ。褒められたことに反応してウキウキと体を揺らすスライムに苦笑して、エミヤは厨房を後にした。

 それから数日。エミヤの行動は基本的に普段通りだが、変わったこともある。
 まず一つはスライムに手伝ってもらうことを前提にエミヤが入る日は基本的に一人になったこと。
 食堂に来る人々も驚くのは最初だけで、今となっては誰も気にしない。むしろせっせと働くスライムに対し、魔力を食わせている者がいるくらいだ。
 循環機構により燃費がいいように作られてるとはいえ、魔力は日々消費するもの。全力で労働していれば余計である。
 スライム自身も手伝いの傍ら食材の一部から魔力を得ているが、メインは主人からの魔力供給であることに変わりはない。
 エミヤの魔力量は決して多くはないため、非定期とはいえ、外部から供給してもらえるのはスライムにとってもその主人となったエミヤにとってもメリットの方が多かった。
 ただし。スライムにとっても、多かれ少なかれ好みというものは存在した。いや、好みというよりは警戒度の方が近いだろう。
 基本的に食堂に来て気持ちよく食事をして行く者達には好意的だ。エミヤのご飯が大好きというオーラを隠さない人物なら余計である。
 ただその中であってもエミヤが多少警戒している相手はスライムも同様に警戒している。
 具体的には、キャスタークラスのジル・ド・レェやアサシンクラスの酒呑童子、アーチャーのギルガメッシュなどだ。主に己の愉しみのために何をするかわからない人物達である。
 そして何よりも、天敵と呼ばれる人物が存在した。
 エミヤ本人も自ら相性が良くないと言って憚らないが、クー・フーリンがそれである。
 噂をすれば。
「よぉ、アーチャー! 今日のメシはなんだ?」
「……ランサーか。今日はリクエストがあったのでロールキャベツだな。あとはアジフライか」
「お、フライか。いいねぇ。だがロールキャベツも捨てがたい」
 気安く近付いてきた全身に青を纏う男が挨拶時に挙げた手を青年の肩に下そうとしたのを見逃すスライムではない。警戒色の薄赤に染めたまま、さりげなく身を伸ばして男の手を遮った。
 さすがに気付いて一瞬動きを止めたものの、大人の対応で会話を続ける男は隙あらばエミヤに触れようとするのでその度にしれっとガードしておく。
 あれは、敵だ。体色を戻さないまま、厨房に入っている主人を手伝う本体はいつも通り作業状況に応じて手伝い用の分裂体を作る。その際に小さめの個体をひとつ、メニュー表の飾りに擬態させつつ男の監視用に待機させておいた。
 おそらく主人たるエミヤは口で言うほど嫌ってはいないはずである。相性が悪いと言うが、男の背を追う視線にはどこか憧憬が滲んでいたし、相手の言動も気安く、それに対して怒ることもない。
 だから彼が敵という認識はスライムにとってだ。直感というやつである。
 きゅきゅっ。
 今後も主人に触れさせないことを決意して。いつも通りに手伝いをしていたつもりだったが、つい強めにシンクを擦ったことで大きめの音を立ててしまい、気合い十分だなと笑われた。
 いっそ開き直ってもう一度きゅ、と音を出す。
 キッチンの手伝いも慣れてきたところだ。
 勝手知ったるとばかりに必要に応じて分裂体を増やし、時には合体し、仕事をこなしていく。
「ごちそーさん。美味かったぜ」
「ああ、口にあったのならよかったよ」
「おまえさんが作るものはいつも美味いが……へぇ。随分と便利そうな使い魔を手に入れたもんだ」
 軽口の延長のような口調だが、エミヤは言葉通りにはとらなかったらしい。
 何が言いたいと言わんばかりの視線を向けたのは、青年だけでなくその肩に乗って作業に没頭していたはずのスライムもだ。
 もっとも、スライムの眼が見た目それっぽく見せているだけのものだということには相手も気付いているのだろう。視線を合わせるというよりは値踏みするようなそれ。
 エミヤだけが緊張感に気付いておらず疑問符を浮かべているが、これはお互い彼に対してだけは敵意を隠しているためだ。
 眼前の相手が不埒な輩だというのが共通認識。ばちりと見えない火花が散る。
 『アーチャーはオレが守る』
 『エミヤさんはワタシが守る』
 それぞれの主張は明確だ。
 交わされるのは譲歩するつもりもない無言のやりとり。盛大に火花を散らしたまま、たっぷりと睨み合いの時間をとった後でごく自然に視線を逸らした男はエミヤとの会話に戻った。
 話題は現在畑で作っている野菜と今後の予定についてで、ただの使い魔が関知できる領域ではない。
 収穫時期や次の栽培計画、保管位置など。キッチンにとって必要事であるからか、エミヤの態度も普段のできる限り避けようとするそれではなく、手を動かしながらではあるが穏やかな会話が成立していた。
「相談しなきゃならんのはこんなところかね。ああ、ひとつだけ現場確認が必要なやつがあるんだが近く時間はとれるか?」
「そうだな。明日は夜からだから、今日の夜中になっても構わないのであれば」
「助かる。それならおまえさんの都合がついたら連絡してくれ。準備だけはしとくわ」
 軽い調子で告げ、ひらひらと手を振るとそれ以上居座ることもなく去っていく。
 盛大に牽制した割に思ったよりもあっさり引いたというのがスライム側からの感想。
 男の行動には慣れているのか。特に何も言わず彼を見送ったエミヤは、にゅっと身を伸ばしたスライムに対して笑いかけた。
「さて、何が起こっているかはわからないが……こういう時に必要のない話をしてくる男ではないからそう警戒しなくても大丈夫だよ」
 ぷるぷるんぷるん。スライムは曖昧に縦横に揺れながら徐々に体色を通常に戻していく。
「いい子だ。夜遅くなるが一緒に来てくれるか?」
 ぷるん。今度は明確な縦揺れ。ありがとうと告げて表情を和らげたエミヤとすっかり体色を元の水色に戻したスライムが並んで作業に没頭した。
 もはや作業にも慣れたもので、日々効率化を繰り返していけば速度は早くなっていく。
 宣言していた夜半よりもだいぶ早めに全ての作業を終了し、約束通り食堂を出る直前にクー・フーリンに連絡した彼らは直接畑に繋がる扉の前で落ち合う提案を承諾して歩き出す。
 道中はうにょんうにょんと形を変えながらエミヤの体に絡み、遊んでいれば、静まり返った廊下にくすくすと控えめな笑い声が響いた。
「擽ったいよ。もう少し加減してくれ」
「おいこら、廊下でイチャイチャしてんじゃねぇよ」
 瞬間、ぶわりとスライムの体色が薄赤く染まる。

(中略)

「……っ、ぅ……ぁ」
 シーツに押し付けられた青年の唇からどこか苦しげな呻きが溢れた。
 必死に噛み殺してなお、殺しきれなかったそれ。
 なんで、と。おそらくは答えを求めない疑問が唇から零れ落ちた。気遣うように伸ばしたスライムの触手の端を強く握りしめて、ランサーの気配がすると譫言に近い言葉を吐く。
 思い至る節などひとつしかない。
 ただそれを伝える術はなく、せいぜい動きを止めて様子を見ることができる程度。
「こん、な……ぁ……う、んぅ」
 びくり。エミヤの体が震える。
 そのまま身を縮こませた青年は熱の籠った息を吐きながらそろりと指を伸ばし、己の前を寛げた。
 指先が僅かに濡れた下着に包まれたものを擽り、そろりと差し込まれる。
「ぁ……ダメ、だ」
 このままだと汚してしまう。
 喘ぎをかみ殺しながら零れ落ちた懸念に反応して、スライムはまだ下着に包まれたままのエミヤの陰茎にゆると己を纏わせた。
 それだけでは不安かもしれないと細い触手を伸ばして鈴口を開き、尿道の中へと潜り込む。
「ひ、ぁ! なに……ッ、ア!!」
 自分にとってそこに溜まっているものはただの魔力の塊であり、忌避するようなものでもない。
 傷付けないように丁寧に。内側に留まっていた白濁を擦り取ることを意識しながら外側を伸ばすように進んでは中心部を逆向きに動かし、彼が不安視しているだろうものを飲み込んでいった。
 パイプに潜る時もそうだったが、スライムは基本が液体であるため、内側をスカスカにして構わないのであれば大きさと形はかなり融通がきく。
 奥まで入り込んだ触手の先端は中に溜まっていたものを食い尽くしたことで動きを止めたが、抜かれたわけではない。
「ぁ、あ……ああ」
 ゆると。表面を並打たせるだけで、より直接的に刺激された前立腺が快楽を告げる。
 普段されている後孔の内壁越しなど戯れだと思えるような強烈さにエミヤの頭は真っ白になった。
 びくびくと太腿が痙攣し、射精を封じられたまま達した体はより強い快楽に灼かれる。
 くぱ、と。まだ触れてもいない後孔が喘ぐように開閉して、見知った質量で埋められることを望んだ。
 何をしても足りないことなど承知の上で青年は自ら指を伸ばす。
 下衣も脱がないままの窮屈な愛撫だが、汚したくないという青年の意識の表れでもある。
「ッ、ふ……ぅ、ん」
 主自身であろうと、傷付けることは許されない。ならば取れる手段はひとつだ。
 濡れていない指に絡んで挿入時の負荷を減らす。同時に下着ごと下衣の一部を溶かして大腿の途中までを露出させると、無茶な動きを可能な限り抑制しながら意図を読んで必要な強さで内壁を、その向こう側の前立腺を刺激することに集中した。
 それでも足りないと青年が鳴く。その唇が紡ぐのは青の槍兵の名。
「おう。なんだ、やっと自覚したか?」
「……ッ!」
 しないはずの声が、した。
 スライムの体色が一瞬で薄赤く染まり、全ての動きを止める。
「らん、さー?」
「おう。おまえさん無自覚だったが、畑の時から既にやべぇくらい魔力減ってたぜ。そろそろぶっ倒れてんじゃねぇかと思って来たんだが、当たりだったな」
 なぜわかっただの、どうやって入ってきただの、細かいことを問えるような状況ではない。
 ただ、エミヤには把握できなかっただろうが、男の手から極小サイズの分裂体が床に落ちたことで、スライムだけは男の侵入経路を把握した。
 元が同じということを利用した魔術によるハッキングに近い手口だ。
 部屋のロックを解除したのは内側にいたスライム自身が無意識に作った分裂体である。
 警戒方向に傾いたスライムを一瞥しただけで、男は何をしていたかには触れず、ただエミヤが横たわる寝台の横に膝をついた。
 ほぼ無意識に手を伸ばした青年が男の口を吸う。
 主人の自発行動であれば妨げることができない使い魔の特性をわかった上での行動。
 夢中で口を吸い、舌を、唾液を絡め、嚥下しては熱く息を零す。
「焦らねぇでもいいぜ。そのための用意はしてきたからな」
 元々は自分が唆して灯した熱だと男は笑う。
 実際、エミヤが魔力不足を自覚したきっかけは、スライムが証拠隠滅のために取り込んだランサーの石による魔力の気配であったのだから、長期間鉄壁ガードされて触れられなかったエミヤの体が先に音を上げた形だ。
 こんなことで、何気ない接触から魔力を融通されていたのだと自覚する。
「んで、ソイツに慰めてもらったのか?」
 この奥まで。
「やら、せて……なッあ!」
 とん、と。腹に触れるはずだった男の指は怒りのこもったスライムの触手の一つが遮った。
 体色はさらに赤みを強く帯び、ざわざわと表面が波打つ。
 同時にエミヤの前立腺も刺激してしまい、悲鳴を上げさせることになった。
「ランサー、頼む」
 早く入れてくれと。普段なら絶対に口にしないことを声に出したのはそうしないとスライムが完全ガードするのがわかっているからだ。
 ただ、入れて欲しいという頼み自体を邪魔するつもりはないが、触れさせるつもりもない、というスライムの思考は予想できなかっただろう。
 逆コンドームとでも言うのか。
 エミヤの指を保護するように後ろに入り込んでいたものが形を変え、薄く広がったそれらが内壁にぴたりと沿うように張り付いて、完全ガードの構え。
 ランサー側から見れば、義眼が浮かぶだけのスライムに表情などないはずなのに、突破できるものならしてみろとドヤ顔をしているような気がする。
「徹底してんなぁ……ま、いいか。ある意味いきなりでも傷つける心配はねぇってことだしな」
 本人の求めに従い、できる限り負担のない方法でランサーのものを突っ込ませるのが己に課せられた役割だとスライムは認識している。
 さっさとしろと目の前にいる男の礼装を溶かすようにしてひっぺがし、一方でエミヤの腰を支えるように持ち上げてなるべく負担が少ないように配慮した。
 礼装だけを溶かすのはそう難しいことではない。魔力でできたもののため、相対する魔力をぶつけてやるだけだ。
 下衣を中途半端に溶かされて晒され、四つん這いから腰だけ突き出しているような格好はエミヤにとっては羞恥を煽るものでしかないが、残念ながらその認識のないスライムは合理性だけで判断する。
「いれるぞ、アーチャー」
「ぁ、はや、く」
「煽んな」
 触れてすらいないランサーのものはエミヤの痴態を見ているだけで元気すぎるほどに天を向いていた。
 濡らしてもいないが、ガードしている状況では関係ないとばかりにスライムは器用に膜表面を動かし、奥へと運んでいく。
「こいつは完全に食われてる気分だな」
 とん、と。先が奥に触れたと思った瞬間にエミヤの体が震えた。
 びくびくと痙攣する様は達した時のそれ。
 背に覆い被さるように身を折った男は、スライムに邪魔されながらも青年の耳元に囁いた。
「オレが欲しかったな」
「ァ、は……ッん! 今、は……ア」
 求めていたものに奥まで埋められた充足感と熱を忍ばせる低音の囁きにもう一度軽く達する。
 前は相変わらず塞がれており、エミヤの絶頂はすべてドライだ。おかしくなりそうだと頭を触れば大丈夫だとあやす声が近付き、揺れる髪の妨害を掻い潜って唇を塞ぐ。
 ぴちゃ、ぴちゃり。
 絡み合う舌が唾液を分け合い、熱を灯す。
 合間に移動した男の手はエミヤの腹を撫で、そこから上って胸に触れる。いや、正確にはしっかりとスライムの薄膜が張られた場所を撫でていた。
「……コレ、オレが触れてる感覚ある?」
「一応、あるぞ。いつもよりは……少し鈍いが」
「まあ、多分徹底ガードしてるコイツに何を言っても無駄だろうからいいけどよ。感触まで完全遮断してないところは一応譲歩してんのか」
 スライムとしても不本意極まりない。いつもならそこも含めて徹底的にやっているが、これでも主人が求めている相手が触れている感覚がないというのはどうなのかと考えた末の折衷案である。
 それでも直接触るのは許さん、というのが結論でありこの状況なのだ。なお、口吸いは最初から主人が自発的に求めたため例外処理とする。
 早々に膜越しという現実を受け入れてしまった男はそれでもやることは変わらないとばかりに腰を押し付け、奥を押しながら薄く引き延ばされているためにピンク色の膜でぴっちりと覆われた胸を揉みしだく。
 視覚的に大変エロいのだが、覆い被さっている体勢の男には見えていない。
 この体勢を選んだスライムの計算のうちである。
「……んぅ」
 きゅう、と。胸の先を摘まれてエミヤが鳴く。
「へん、な……かんじだ。常に濡れているような、そうでもないような……」
「ああ、いつもより鈍い感じの話か。指でされてても舌に近いってことかね」
 そうかもしれないと青年は頷く。
 強く摘まれても爪で押しつぶされても、本来の鋭い刺激がない。ずっと柔らかいもので柔らかく舐られているようなそんな感覚。
「……っ、待って。同時にっは……ァあ!」
「オレは片方しか……テメェか」
 はあい。
 にゅ、と顔らしきものを出してすぐに戻っていったスライムが男の真似をしてもう片方を弄っていることを把握しランサーが凄む。
 もっとも効果などない。
 これは何を言っても無駄だと即座に諦めた男は、自分が弄っている片方に集中しながら一際腰を押し付け奥を捏ねた。
 コツコツと振動を送るように奥壁を揺らし、強い刺激がないならと遠慮なく胸先も弄り倒す。
 何かを思いついたらしい男が、もう一方の手で触れたエミヤの陰茎は項垂れたまま。双珠までぴっちり包まれたそれに僅かに魔力を流すようにすると、反応したスライムが騒めいた。
「ひ……ッう……な、に……アっあ!」
 後孔を埋められ、奥を捏ねられながら両乳首を弄られ、さらに尿道中のスライムによって前立腺を刺激されている。
 エミヤの体は何度か達していることで感度が上がっている状態。そこに容赦無く加えられる普段ならありえない同時攻めに、高く掠れた声が連続した。