Maple Syrup

「約束だからね。守ってもらうよ?」
「レン……本気か?」
「もちろん。今更待ったは無しだよ? 最初から一蓮托生って言ってあったしね。あ、カイ。負けた張本人がどこに行く気?」
逃げたら……分かってるよね。
こっそりと逃げ出そうとしたカイに笑顔で脅しを投げて硬直させる。
それに本気を感じて青年は重く溜息を落とした。
逃げるなんてとんでもない。と手と頭を振るカイに、もう一度にっこりと笑って、レンは視線を戻す。
「それで、何をさせるつもりだ?」
「うーん。そうだね。シキは巻き込まれて負けたんだからそんなに酷いことはしないよ」
酷いことってどういう事だ。と問いたいのだろうが、まだ凍りついたままのカイにはそれを実行に移すことが出来なかった。
代わりにシキが口を開く。
「あまりカイを苛めるなよ」
「やだなぁ。苛めてないよ。でもカイって反応が面白くて。ついからかいたくなるんだよね」
「それを苛めていると言うんだと思うが」
「大丈夫。ちゃんと愛があるから」
語尾に赤い赤いハートマークが付きそうな声を発した段階になって、ようやくカイの硬直がとけた。
そういう問題じゃねぇ!! と切実な叫びが部屋に満ちる。
うるさい、とシキが呟いた声は彼らの耳に届かなかったらしい。
そのままカイが一方的に口論を始めたのを聞き流しながら、シキは中断していた己の仕事に戻った。

はいこれ、とレンから手渡されたものを見て、瞬間凍結したカイが、ぎぎぎぎ、と錆び付いた玩具のように首を動かす。
彼が広げたのはどう見てもレースとフリルの付いたかわいらしいエプロン。
頭が目の前のものを拒否したらしいカイに、さらにレンが追撃をかける。
「もちろん服は全部脱いでね」
「ちょっ……と待て! なんで俺がそんなこと……」
「罰ゲーム」
全部を言い終わらないうちにぴしゃりと言い切られて口を噤む。
「シキはとりあえずシャワーでも浴びてきて。その間に用意しとくから」
自分もあんな恰好をさせられるんだろうかとうんざりしていたシキはその言葉にわずかに目を見開いた。
「シキにも似合うと思うけどね。着たいっていうなら歓迎するけど?」
「……行ってくる」
気が変わらないうちに、と思ったのだろうか。素直に浴室に向うシキに、にやりと笑ったレンが隅々までキレイにしてきてねーと言葉を投げる。
案の定、ばかか。と返ってきたが、あとは軽く手を振るだけで見送って、カイに向き直った。
彼は広げられたままのエプロンを持ってまだ立ち尽くしている。
「……なぁ。本当にこれ着るのか?」
「もちろん。じゃないと罰ゲームにならないしね。脱がせてあげようか?」
俗に言う裸エプロンという奴だ。
いくら男のロマンといっても、限度があるのではないかと思う。
「男に裸エプロンさせて何が楽しいんだよ……」
「別に見た目が楽しい訳じゃ無いけどね。恥ずかしいことをしてもらうのが今回のテーマだから」
容赦なくさっさと着替えろと言われてしぶしぶシャツのボタンに手を掛ける。
「ギャグにしかなんねーだろうが……」
「だからいいんじゃない。あ、着替え終わったらそれをシキに持ってってあげてくれる?」
示されたのはイスの上の紙袋。
「……わかったよ」
覚悟を決めたカイの様子に満足して、レンは笑いながら寝室に移動していった。
残されたカイは指示通り服を脱いでエプロンを身に着ける。同時に、絶対に鏡は見ないでおこうと誓う。
見てしまったら最後、しばらく立ち直れそうもない。
いつの間にか水音が聞こえなくなっているのに気付いて、あわてて紙袋を掴むと浴室前に移動した。