Melty Hot Summer
「おねがいしますおねがいしますエミヤ殿。あなただけが頼りなんです!」
「いや、そう言われても私はただの観光客で……」
輝く太陽、涼やかに揺れる木々、煌めく砂浜と打ち寄せる波の音。
あたりの景色は明らかに南国リゾートで、ホテルもビーチもその他アクティビティも抜かりなく万全に整備されている。
そんな、全てが完璧とも思われたこの夏特異点において、唯一の弱点と言えるのが食事であった。
「キレーちゃん氏に頼むと何故か何回に一回、絶対激辛になるんですよおおおお」
これじゃあ安心して夏を満喫できません、と。
心からの叫びを聞いたエミヤは思わず頭を抱えた。
彼女の叫びはあまりにも身に覚えがありすぎる。キレーちゃんというのはこの島のあちこちに配備されている支援ロボット、ということなのだが、どうにもこうにもモデルが残念すぎた。
一部の者にとっては、本人と違うとわかっていてもあの顔に対して頼み事をするのは精神的負荷が高い行為になり得る。
毎日の食事が辛かろうと気にしない者はもちろんいるが、サーヴァントとはいえ毎日それでは体に悪いだろうことは想像に難くない。ましてやこの島には子供の姿をしたサーヴァント達も複数いるのだ。彼女達がキレーちゃんの被害に遭うのはカルデアキッチンの守護者として看過できない事態であった。
「わかった、わかったから頭を上げてくれ。流石に勝手に色々はできないからまずは相談してみる必要があるだろうが、懸念していることもあるし、許可があれば食事を作るの自体は嫌ではないよ」
涙を流しながら地面に頭を擦り付けんばかりに礼を言う呼延灼をほぼ無理矢理立たせてやる。
構わないと言いはしたが、エミヤ自身は保護者枠として同行者登録されているためポイント確認用の腕輪も身につけていない。
大統領もしくはジュネスに直接連絡を取ることはできず、入場後すぐに動き回れるこのエリアには明確なエリアリーダーが存在しないため、そちらに直接聞きに行くという手段を取ることもできなかった。
ついでに本音を言うとなるべくならキレーちゃんには相談したくない。
「それなら私のほうで動いてみます」
「ああ、よろしく頼む」
呼延灼と別れ、ぶらりと街中を散策する。
ホテルからビーチに繋がるあたりは遊歩道沿いに日除けの木々が並び、プールや噴水等が整備されているらしく、見た目に涼しい。
ホテル群を挟んで反対側にあたる内陸側にはお土産物屋やカフェを始めとした少しおしゃれな店が並んでいる一角があった。逆に完全に海側に下れば、ビーチ沿いには休憩所を兼ねたカフェやパブ、その先には個人借用が可能な別荘などが連なって、岩場になっているあたりまで続く。
普通に商売している人もいるはずなのだが、どこに行っても高確率で店員キレーちゃんがおり、異様な風景になっているのは見なかったことにしておこう。
「ふむ……確か運営側に協力してもポイントを貰えるんだったか。彼女達の行動範囲がそれで広がるのなら試してみる価値はあるな」
なにはともあれまずは連絡待ちだ。
保護者枠とはいえ、お互いサーヴァント同士。四六時中べったりなのは息が詰まるだろうと判断し、基本的には同行者達とは別行動をとっている。
なんだかんだ言って三人で行動している状態なら全員しっかりしているので特に心配はしていない。必要があれば呼び出しがあるだろうし、問題があってもお互いが補い合って解決するだろう。
散策ついでに少し休憩するかと、ジャングルにほど近い一軒のカフェに足を踏み入れる。ちりんと控えめな音がするのは扉につけられた小さなベルによるもののようだった。
改めて見回せばカウンターとテーブルがひとつだけの小さな店だ。雰囲気的にはカフェというより喫茶店のほうが近いかもしれない。
うっすらと流れている音楽の元を辿れば、アナログタイプのレコードプレイヤーが見えた。
いらっしゃいませ、と。
奥から出てきたのは見かけによらずしゃっきりと背が伸びた老爺で、少し面食らう。
通された席はカウンターの端で、入り口からは大きな観葉植物の影になっているため少し覗いた程度では客がいることすら気付かないだろう位置だ。
店全体からゆったりと漂うのは、深いコーヒーの香り。普段はあまり飲まないのでと素直に白状してお任せで一杯注文する。
抽出方法はサイフォン式らしい。見た目にも楽しめるため、待ち時間も気にならず見入ってしまう。
ぱた、ぱたり。
ふと、レコードの音に雨音が被った。
目の前に置かれるカップから立ち上るコーヒーの香りに絡むように、うっすらと外から漂う濃い緑と雨の匂い。
「どうやら運が良かったらしい」
独り言に口の端を上げた店主はごゆっくりとだけ告げて奥へと戻っていった。
時折響く音や香りから察するに、どうやら奥にある設備で焙煎しているらしい。カウンター端に豆の袋が置いてあるところを見ると、販売もしているようだ。
仮に店をやることになったら交渉してみてもいいかもしれない。そんなぼんやりとした思考は雨音が忍ぶ室内でゆるく遊んでは消えていった。
コーヒーがなくなるまでは、何もしないという贅沢な時間が流れる。普段のエミヤなら耐えられないが、この場所はそれが許される雰囲気があった。
雨音は次第に遠ざかり、日差しが戻った空に虹がかかった頃に店を出た青年は、伸びをしながらビーチへの道を辿った。
まだ乾いていない砂浜は踏み締めると重く、少しだけ歩きやすい。
ひととおりビーチの様子を見回った後でホテルへと戻った彼を待っていたのは、同行者達からの書き置きであった。
順調にポイントを貯めたのか、第三エリアに行ってみるという内容。
「ふむ。これは……しばらく戻ってこないだろうな」
なんとなく行動が予想できてしまう己を少し笑う。
マスターがきた時に知り合いがいた方がいいだろうという理由で大統領権限での招待扱いになっているためか、滞在中のホテル代は気にせずとも問題ない。
この場合、問題になるのはエミヤ自身の時間の潰し方だ。今からでも同行者達を追いかけようと思えば可能だが、それも野暮だろうと結論付けたところで部屋付きの電話が鳴り響いた。
「エミヤさんですか? ジュネスですー」
「ああ。もしかして呼延灼殿の件だろうか」
対応が早い。日は傾いてきているもののまだ今日のうちだ。こんなに早く連絡が来るとは思わなかったと続ければ朗らかな笑いの気配が電話越しに響いた。
外で話せるかとの問いには二つ返事で応えて、帰ってきてすぐの部屋を後にする。
電話越しに彼女から指定された場所は中心街から少し外れた、第二エリアと第三エリアに向かう道が交差するあたり。これまではあまり足を運んでこなかった場所だが、何件かの店は点在しており、むしろ中心部より落ち着いた印象だ。
「あ、エミヤさん! こっちです!!」
「すまない。待たせたか」
「いえいえー。私が早かっただけなのでなんの問題もありませんよ。では行きましょうか」
ジュネスに誘われて扉を潜ったのは本当に小さな店だ。道に面したガラス戸は開放できるようになっており、入ってすぐに六席ほどのハイチェアが並ぶカウンター。その向こうはオープン型の厨房だ。
小さいながらも機能的に設備が配置されているのが見て取れる。
「えーと電気は……ここですね」
ぱちりと灯った光は温かみのある電球色。
カウンターのみならず、壁も床も全体的に使い込まれた木材がいい色に艶めいており、狭さも手伝って隠れ家的な空気も漂っていた。
「いかがでしょうかー。細かなところは自ら整えてもらうとしても、お一人とのことでしたので小さめの物件を選んでみました」
「……驚いたよ。まさか許可云々以前に店とは」
「まあ、こちらにも益があることなので。エミヤさんはいつかの夏ではクレープ屋台をやっていたとか。ならパーフェクトな夏を自称するこの島としてはこれくらいは用意できませんと!」
カウンター端に付属しているスイングドア横の壁には二つ扉があり、片方はお手洗い、もう片方は鍵付きでバックヤードに繋がっているという。
ご自由にとのことだったのでそちらにも入らせてもらえば、思っていたよりも広々としたパントリーが広がっていた。
業務用の大型冷蔵庫、冷凍庫まで完備である。
「すごいな」
「食材の発注はそこの端末から可能です。必要分を裏からお持ちしますよ。開店資金もちゃんと出します」
「後が怖い条件だが……」
「いえいえこれくらい。いずれマッさん……マスターさんが来た時のためだと思っていただければ!」
「なるほどな。そういうことならありがたく使わせてもらおう」
するりと納得してしまったが、これがおかしかったと青年が気付けたのはだいぶ後の話だ。この時点では他の大多数のサーヴァント同様に完全にこの島の洗脳効果の支配下に入っており、長い夏を怠惰に遊んで過ごすには抵抗がある元の性格との歪みが表出してきていたところである。
せっかくなら休めばいいのにというのは元のクレーンから引き継いだジュネスの感想であり、必要なら働いてもらえばいいというのは大統領補佐官という立場の彼女の選択だ。
「ふむ……上は?」
端には裏口と思われる扉と二階へ続く階段。
「ええと、スタッフルームですね。一応寝泊まりもできるスペースになっていますよー」
料理をするのは苦にならないし、この規模ならホールスタッフも必要ない。
この店は本来ならば店主一人がほとんど趣味で運営するようなところなのだろう。それこそあのコーヒー店のような。
ジュネスにありがたくこの場を借り受ける話をし、エミヤの名前もない小さな店は話が浮上してから一日足らずで開店が決まった。
メニューは日替わりセットが一種類。徐々に営業時間と品数を増やしていけば、常連も増えていく。
呼延灼などは真っ先に来店して涙ながらに食事をしていったほどだ。
聞きつけた知り合いから開店祝いで贈られた花々はドライフラワーにして店内の装飾に転用され、殺風景だった場所を彩っていた。
慣れてきた頃に夜にはガラス戸を開放して酒類の提供を開始。これはカルデアの食堂ではできないことのひとつで、少しだけ楽しくなった青年は連日試作に励んでいた。
この頃には完全に店の二階に住んでおり、元々ほとんど物がなかったスタッフルーム側のキッチン設備も充実しつつある。ホテルにはたまに顔を出しているものの、同行者達もホテルに戻っていないようなので問題にはならないだろう。
念の為、一応書き置きだけは残してあった。
唯一慣れないのは、発注した食材を運んでくるのがキレーちゃんであることくらいか。あの巨体で裏口を塞ぐように立たれるとどうにも警戒してしまう。
りん。折戸部分を開放していない状態では端の袖扉から出入りするようになっており、今のはそこにつけられたベルの音だ。
店の作り上、壁付けになっているコンロの方を向いていたり、材料を取りに奥に引っ込んだりしている時のための対策である。実用的だと判断し、先だって訪れたカフェにあったものを真似て取り付けた。
いらっしゃいませの言葉と共にフライパンから目を離さないまま、今は手が離せないので好きな席に座ってくれと続ける。
「あら、思ったよりも素敵ね」
「どこか可愛らしい感じもありますね。それに、なんだか落ち着きます」
どこか色気を含む低めの落ち着いた女性の声に続いて、落ち着いてはいるものの、どこか可愛らしい女性の声。
聞き覚えのある声達に苦笑が滲む。
「……随分と珍しい組み合わせだな」
ようやく落ち着いたフライパンから目を離して振り向いた先。ちょうど水着美女二人が腰を下ろしたところだった。
「そうかもしれないわね。たまたまなのだけれど……ちょっと車の話をしたくてね」
一番壁際に座ったのが金持ち奥様風のカーミラ。その隣に元はメジェド様の御衣とは思えない白いサマードレスを纏ったニトクリス。それぞれの注文を聞いてドリンクを出し、軽いつまみを作る。
考えてみれば、怪盗を名乗る水着姿のカーミラは宝具でもある真っ赤なスポーツカーを乗り回すし、ニトクリスはいつかの夏にシェヘラザードと組んでレースに出たことがある。
彼女達のドライブトークをうっすらと聞きながら、青年は試作の作業に戻った。
「ねぇボウヤ、ちょっと頼みがあるのだけれど」
「……できればその言い方はやめてもらえると助かるのだが」
「フフ。だめじゃない、自分から弱点を晒すようなことを言ったら頷いてくれるまでそうするに決まっているでしょう?」
あからさまに失敗したという表情を見せたエミヤ、楽しそうに笑ったカーミラとオロオロしているニトクリス。三者三様の姿が対照的だ。
一通り笑った後で告げられたカーミラのお願いは明日でいいからホテルに来て犬達を見てもらえないかという依頼。
彼女が言っている犬達とは、水着霊基の彼女が連れているドーベルマンのような見た目を持つ機械でできている二匹だ。特に何かがあったわけではなさそうだが、少し調子が悪そうなのだという。
「カルデアに戻ればいいのはわかっているけれど、そんなの無粋でしょう?」
せっかくの夏だ。戻りたくないという気持ちもわかる。明日でいいならというエミヤにロビーまでは迎えに出るとカーミラが返して話は終了。
そこからは閉店まで雑談のようなやり取りをして彼女達は帰って行った。
翌日。
ホテルのロビーで出迎えてくれたカーミラの案内で犬達の様子を見ていくつかアドバイスをし、ロビーに戻ってくると、人が増えていた。
夏仕様のカルナや巴御前、アナスタシア。奥には昨夜に引き続きニトクリスの姿がある。彼女と話をしているように見えるキレーちゃんについては、そっと見なかったことにした。
「今日は人が多い気がするな」
「ああ、マスターが来たという噂があるからじゃないかしら。そのうちここに来るでしょうしね」
マスターとマシュを招待しているという話自体は以前からあった。大統領の招待扱いならこのホテルに泊まるだろうことは予想ができるため、そんな噂があれば集まってくるのは当然だろう。
噂をすればマスター一行は到着したらしい。
キレーちゃんに連れられて客室側に消えていく彼らの中に見知った男の姿を認めて、エミヤはそっと立ち位置をずらした。気付かれなかったと思うのは楽観的すぎるだろうか。
「さて、用は済んだので私は失礼するよ。よかったらまた店に来てくれ」
「ええ。ありがとう、今回は助かったわ」
人混みを縫うようにして外に出る。相変わらず煌々と地面を焼く太陽の光に灼かれて目を細めた。
今日も暑くなりそうだとの呟きは勝手に唇から滑り出る。暑いと言うと余計に暑く感じる気がするのであまり言わないようにしているのだが。
外に出たついでだといくつか不足分の備品を購入してから店に戻る。端末で注文してもいいのだが、あの顔を見る機会が減るのならいいことだろう。
軽くシャワーを浴びて着替え、開店準備。その日に限ってものすごく忙しかったため、青年の頭からはマスター一行のことはすっかり抜け落ちてしまった。
そこから数日が経っても忙しさは増すばかりで、流石に誰かに手伝いを頼むか真剣に考え始めた頃、すっかり忘れていた人物の来訪があった。
閉店ギリギリ、偶然か必然か、他の客が皆帰った直後のことである。
「よぉ、弓兵」
「……クー・フーリン」
「おう。こんな時間に悪ぃが、明日の朝食用に持って帰れるメシってなんかあるか?」
唐突な依頼に目を白黒させて。だが、どこか冷静に思考している頭は、開けたままでいると誰かがうっかり来て閉店を延長せざるを得なくなると判断して彼を店内に男を通すと、扉を閉めて鍵をかけた。
扉と鍵を閉めても、カーテンもないガラス張りの折り戸は視線を遮るものが何もないため、まだ客がいると思われかねない。依頼を受けるにしろ煌々と電気をつけたまま店側のキッチンを使うことはできず、必然的に奥に通す必要があった。
「すまないが片付けが終わるまで二階で待っていてくれ。奥に行ってすぐ階段があるからわかるはずだ」
「手伝うぜ?」
「大丈夫だ。ラストオーダーの後で大体は済ませているからそう時間はかからないよ」
そもそも男を外から見せないようにするための手段なので一緒に片付けをするとなると本末転倒になってしまう。男を奥に追い立ててから、なるべく急いで片付けをして後を追った。
そう長く待たせたわけではないはずだが、落ち着いて待っていられなかったらしい男は、姿が見えなければいいのだろうとパントリー部分を掃除したらしい。
「物の位置は変えてねぇよ」
「君な……いや、助かるが」
手持ち無沙汰なのが苦手なのは二人とも同じで、常に何かをしていたいタイプだ。この手のことは言っても無駄だと経験上知っていた。実際、助かるのも事実である。
「とりあえず二階へ行こうか。話を聞く間に茶くらいなら出すさ」
どうせなら酒の方がいいんだがとぼやく男にたわけと返して階段を上る。ワンルームのあまり物がない居住空間だが、キッチンには手がかけられていた。
間仕切り代わりにしているオープンシェルフを挟んで部屋の端に追いやられている寝台と比べると落差がすごい。
指摘されれば試作はこちらでしているからと青年は小さく笑っただけで流す。夜だということもあってリラックスできたほうがいいだろうと出すお茶はレモングラスとミントのハーブティーを選択した。
「そこに座っていてくれ」
青年が指差したのはシェルフと直角になるように配置されているソファ。唯一元からここに置いてあったそれは天然木フレームのロータイプで、下の店同様に使い込まれたいい色合いだ。
へたれていた部分やカバーは交換済み。
気紛れで追加したオットマンは、ソファの座面と繋げればカウチソファ風にもなるし、適当なトレイを置いてコーヒーテーブル風に使うこともできる。
部屋に対して大きめに思うのは、おそらく簡易寝台としても使われていたからだろう。後から追加された本来の寝台のほうが窮屈そうなのも道理だ。
「お待たせした。それでは話を聞こうか」
今回はオットマンを簡易テーブルがわりにして並んで座る。
促されて隣に座った男は普段と打って変わって露出度の高い夏仕様の派手な水着姿のため、若干目のやり場に困った。視線を合わせなくていいという意味ではありがたい位置かもしれないと内心だけで思う。
並びの配置は一応来客と話をしているという状況のはずなのに、どうにもしっくり来てしまうなと思う自分に苦笑を落とした。
「今のところ持ち帰りはやっていないのだが……マスター用の弁当か何かをご所望かね?」
「オレがマスターと一緒にこの特異点解決に来たことは知ってるんだな。そんじゃあのホテルのメシについてはどうだ?」
「ああ、しばらくは私もホテルで過ごしていたから何度か利用しているよ。思い返しても特に問題がないように思ったが……」
「誰に聞いてもわりとそう言うんだよな……つーことはやっぱアレはオレに対してだけの嫌がらせか?」
癒されるという顔で出された茶を飲む男は遠い目をしながら首を傾げるという器用な真似をしてから溜息を落とした。
「そうだ、思い出した。そういえば私がここを始めるきっかけが呼延灼殿の依頼だったんだが……なんでも食事がたまに激辛になるそうなんだ」
毎回ではないところが逆に嫌らしく、安心して食事を頼めないのがストレスだと。
エミヤの言葉に、被害者が自分だけではなかったことを把握した男が複雑そうな表情を見せる。
それならば自分と呼延灼がオーダーしなければなんとかなるかと自己解決しそうなところで口を挟んだエミヤは、作るの自体は構わないので必要なら言ってくれと続ける。
「こちらも店用の食材を用意してもらっている手前、基本的にキレーちゃん達の邪魔をする気はないが……マスターのことだ、たまには米が食べたいなどと言い出すのだろう? そういったものに限ってなら用意してもいい」
「なるほど。それならあいつらに目をつけられることもなさそうだ。頼めるか?」
「わかった。やはり弁当にした方がいいか?」
おにぎり程度ならば弁当箱はいらないが、おかずや汁物を考えるとどうしても専用の容器が必要になってくる。
また、弁当という性質上、できたての提供も難しいし、常夏の島の触れ込み通りの気温をもつこの島では痛む心配も必要になる。
「いや、持ち運べるような容器なら皿とか鍋でも構わんぞ。保存はルーンでなんとかする」
「……つくづく私にその魔術適正がないのが悔やまれるよ。ともかく承知した。今用意できるものは明日用のオムライスくらいだが」
エミヤが作ったものならば激辛の心配はない。
キャスターが頷いたことで決定されたメニューは速やかに用意された。
バターが香るふわふわ卵のそれを少し深めのプレートに盛り付け、同じ形だが少し小さめの皿を蓋がわりにすれば完成だ。ルーンで保存してしまえば中身だけではなく蓋がわりにした皿がずれることもない。
それが合計四つ。
「なんでよっつ?」
「なぜって……マスター、マシュ嬢、呼延灼殿と君のぶん……で数は合っているだろう?」
それとも協力者が増えているだろうかと続ければ煮え切らない返事が返った。
それだけで師匠殿もいるなと把握。追加を作り始めようとする弓兵を止めたのはキャスターだ。
「最初に言わなかったオレが悪かった。マスターと嬢ちゃんの分だけでよかったんだよ。サーヴァントを甘やかす必要はねぇし、状況に応じて増えたり減ったりするから考えるだけ無駄っつー事情もある」
「そういうことか。だがまあ、作ってしまったことだし今回だけは持っていってくれ。次回以降は二人分にするよ」
流石に量がある上に重量のある皿に盛ってしまっているから持ち帰るのは少し大変だろうか。青年の心配は男が呟いた来いの一言で杞憂に終わった。現れた白い毛玉がわふんと鳴いて彼に寄り添う。
「支払いはここの通貨で構わねぇか?」
「ああ……いや、これは特別扱いだからな。相応の対価を求めたい」
「いいぜ。無理を言ってるのはこっちだしな」
一切迷う様子もない即答に苦笑を落とす。
逆に少し迷うように言葉を選んでから話し始めた青年が求めた対価はキャスターの使い魔を借り受けたいというものだ。
もちろん理由としてそろそろろ手伝いを増やさないと回らなくなってきたというのもあるが、慣れた相手に手伝ってもらえた方が楽だという事情もある。
さらに付け足せば、狭い店なので人間が二人並んで立つと動きにくいという物理的制限が大きい。
手伝ってもらうにしてもパントリー内部の把握とそこからの材料運びがメインになる。建物の作り上、あまり知らない相手だと二階に登られないように対策を取る必要があるが、現状そんな余裕がないことも追加されて先の結論になった。
「あー……最近人気らしいもんな。いいぜ。片方を置いていく。オレが来られない時はもう一匹を使いに出すから持たせてくれるか? 待たせている間はそっちも手伝いとして使っていい」
「承知した。これでだいぶ助かるよ」
直後に追加されたもう一匹はそのままエミヤの前に来てちょこんと座った。ぱたりと軽く尻尾が振られ、よろしくと告げればさらに何度か床を叩く。
(中略)
くつり。お互い笑い合って、青年は目を伏せた。
少しだけ変色して見えるそこに唇を触れさせ、続けて舌を這わせる。
「火遊びのスパイスにするには見立て先が物騒すぎるのが玉に瑕だが……」
「別に奴さんが覗いているわけでもなし、気にすることはねぇよ」
「それは……本気で御免被りたいな」
傷跡を舐り、口付けて。そのままサーフパンツ型の下衣を引くと、潜り込ませた手で男の欲を掬い取る。
どうやって収まっていたと言いたくなるようなそれを気にせず引っ張り出し、ちらりと様子を窺いながら先端に唇を触れさせた。
張り詰めた血管を辿るように何度も啄み、舌を這わせ、指先で擽るように刺激する。
「大胆すぎねぇ?」
「了承は得たはずだ」
「そういう意味で許可したわけじゃねぇんだがなあ」
口ではそう言うが、ただの奉仕をしようとすればうまく逃げられてしまうのは明らか。
そのためにわざわざ了承をとったのだ。対象を明確にしなかったため誤解が生じていたとしても青年の責ではない。
くちゅり。唾液を纏わせるように舌を絡めながら口内に引き込む。
「……ッ」
到底収まりきらないそれを舌と指をうまく合わせて扱き上げていく。時折びくびくと動くのが素直な反応すぎて思わず笑いそうになった。
興が乗ってさらに奥に引き込もうとすれば、容赦無く髪を掴んだ手が静止を告げる。
調子に乗ったのは事実なので即座に方向転換し、先端を集中的に舐ることで代えた。
ぴちゃぴちゃと音を立てながら滲み出る欲を舐めとり、尖らせた舌で先を抉りながら溢れるに任せた唾液を指で広げていく。
「……っ、アーチャー!」
「たまには最後までさせてくれてもいいだろう?」
びく、と。口の中で男のものが反応するのと鋭い声が飛んだのが同時。一瞬だけ唇を離してやめるつもりがないことだけを伝えると、今度は咎められない程度に先を口腔内に引き込んだ。
裏筋に舌を当てるようにして軽く引き絞るように窄め、動かす。
じわと広がる精の苦味に、魔力の甘さが絡んだ。
反射的にきゅうと締まった腹が後ろが埋められたものを動かして、食事中はすっかり忘れていた事実を青年に思い出させる。
お互いの息が乱れていく。
それでも口を離さずに刺激していれば、強く髪を引かれた。寸前で引き抜かれた男の陰茎は反動で暴れ、周囲に白濁を撒き散らす。
青年の顔と服が受け止めたそれを慌てて拭った男が悪いと口にした。
「……別に飲んでもよかったんだが」
「うるせぇ。テメェを脱がさねえままで一人だけイくとか、ねぇだろ……いや、結果的にはイったけどよ」
奉仕して欲しいわけじゃない。
続けられた言葉にエミヤは笑う。
「別にそんなことをしたつもりはないな。これはただの準備だろう?」
先程からきゅうきゅうと後ろの拡張器を締め付けている後孔はまだかと言わんばかり。
育てた欲を早くそこへ埋めてしまいたいなら出すまでしてしまったのは悪手だったのだが、気持ち的に後悔はない。
ぱさり、ぱさり。
汚れてしまった上着を、続けてタンクトップを脱いで床に放る。少し迷ってから下着ごと下衣を引き下した。
身につけているのはキャスターから渡されたルーンストーンのペンダントだけ。
座ったままの男の膝に乗り上げ、ゆるく勃ち上がった自分のものと、突然のストリップショーで少しだけ上を向いた男のものとを一緒に握って擦り合わせる。意図を察した男の手も添えられ、包み込まれるようになった二人分の陰茎がお互いの先走りで濡れた。