鬼神に華結ぶ
1
「よぉ。ここで決着をつけようじゃねぇか、二刀使いの弓兵さんよぉ」
「随分とせっかちな年寄りだ。そも、お互い手札も開示せずに最終戦が始められるとでも?」
「そりゃあそうだ」
出会い頭に軽口の応酬から様子見を兼ねた飛び道具を一往復。
遭遇場所は山中にひっそりと設られた小さな寺の廃墟跡で。屋根の上と石段とに分かれた術者とその式神は睨み合った。
現在までに脱落した術者は五名。
残るは二名。
挑発を投げたのはそれぞれ千子村正とエミヤ。
この一戦をもってどちらかの組が勝者となり、強制参加のふざけた演習も終わりを告げる。
最終決戦場所にふさわしい、と。ギャラリーがいたとしたら手を叩いて喜びそうな構図の彼らは、言葉ほど軽くない殺気を飛ばしあった。
山中、とりわけ葉を落とさない針葉樹の森の日暮れは早く、夜明けは遅い。
最後の光はとうに稜線の彼方に姿を隠し、闇に落ちたはずの場所は青白い光に浮かび上がっていた。
2
「……ここは」
「はいはいーようこそぉ。ええと、アーチャーのエミヤさん、キャスターとバーサーカーのクー・フーリンさん、お揃いでいらっしゃいますね。ご案内いたしますのでこちらへどうぞー」
「クー・フーリン?」
「ここにいるぜ。こちらからもおまえさんの姿は見えない。多分それで合ってる。オルタ?」
「……面倒だ」
自分一人だけだと思っていた謎の空間で声だけが響く。間延びした独特な話し方をする女性の声と、聞き慣れてしまった男の声だ。
深い霧に覆われている関係で視界きかず、感覚も鈍くなっているのか、ここにいると告げられても気配すら遠い。
本気で面倒そうではあるが、応答するだけの必要性は認めたのだろう。律儀に上がった声は確かに、狂王とも呼ばれるクー・フーリン・オルタのもので。案内される通りに付いていくと方針を示したキャスターに従い、彼らは歩を進めた。
神隠しにでもあっている気分だと苦笑すれば、少しずつ気配が近く、明確になる。
霧を抜けて出た先はそれまでと変わり映えのしない何もない白い空間だった。
違う点を挙げるなら、声だけだった同行者の姿が見えるようになったことか。
視線の先で担当ナビゲーターだと改めて名乗ったシバの女王がにこりと笑う。
「呼び出される心当たりもねぇんだが……」
「呼び出した方のお名前を聞けばその疑問は吹き飛びますよぉ。お聞きになります?」
「……いや、いい。今のでわかった。何を言っても無駄だってことまで含めてな」
一瞬で全てを悟って諦めたキャスターと、先ほどと同じ呟きを繰り返す狂王を見ればエミヤとて該当者が誰であるか嫌でも察せられた。招待方法に溜息しか出ないが、おそらく逃れる術もない。
「それで、私達は何をすればいいのかな」
「はぁい。それではご説明しますねぇ。まずはお三方でチームとなりこれから向かう演習場所で他の方々と戦っていただきます」
今回の場所設定は日本の山中だという。マスター不在と仮定しているため魔力経路は不安定。組み分けと人選はランダムで、合計七チーム、二十一名で行う大規模演習だと説明が続く。
「ふむ、チーム戦だということを除けば普段とあまり変わらんか?」
「今回の演習で使用する設定は、ティアマトさんやドラコーさんが知っている世界線の要素を取り入れたそうですよぉ」
まともに説明させてくれると感激する様子が不憫。
「ただし、そのまま使用するには問題があるとのことで、今回用にルール追加もされていますので気をつけておいてくださいね」
続けてくれと促せば、嬉しそうにぴこぴこと耳を動かし、宙空を示して振った指の先で幻術らしき人形が作られていく。
ローブ姿の人形が一体と鎧姿の人形が二体。数が次第に増えていき、最終的には二十一名、丁度演習に参加すると告げられた人数になった。
人形を用いた説明は視覚的にわかりやすい。
「まずはチーム内で術者役一名、式神役二名を定め、術者は全能力弱体化の恒久デバフを受けます。術者が離脱すればチーム全体が失格となって帰還。逆に式神を失った場合には術者だけ残りますが、デバフの影響で戦闘行動が不可能になるため注意してください」
術者役は能力を制限されるだけでなく、常時効果のある普段の礼装の着用を封じ、なんの効果も付与できない衣服に変更される。
式神役のほうには特に制限はないが、演習場には隠し要素があることだけは明かされた。
あってもなくても困らない程度の要素。利用することで優位に立ち回れるかもしれない程度だと追加の説明があり、具体的なことは秘匿される。
「もちろん、色々な調整は送り出す時に自動で行われますのでご心配なく。チーム内で誰かどの役になるかも転送時にランダムで付加されますので現地に到着したらまず確認することをおススメしまぁす」
「なるほど。つまり参加者は全員サーヴァントだが、簡易的にマスターとサーヴァントを七組作った状態で競わせるってことか」
カルデアにおいて最初はスカサハが、続いてはカエサルやマーリンがマスター役をやっていた聖杯戦線と呼ばれているものと、一般的な聖杯戦争を混ぜた新型の演習なのだと理解する。参加者と役割がランダムなのは誰もがその立場になることを想定してのことだろうが、荒れそうだなとの感想しか出なかった。
「ご案内は以上ですぅ。全チーム揃ったところで全体アナウンスがありますので、しばらくこちらで待機をおねがいします。この機会に体を休めるもよし、作戦会議するのもよしです。それでは、私は他の方のご案内に行きますね」
「了解した。ありがとう」
「……あの嬢ちゃん、本体じゃねぇな。彼女が使役する精霊だとすると、他にも何組か同時に案内しているとみるべきだ。作戦会議するならあんまり時間がなさそうだぜ」
キャスターの言葉に無駄だと返したのは、腕を枕に横になってしまったクー・フーリン・オルタ。
顔を見合わせた二人は苦笑するしかない。
「ああなった狂王は何を言っても無駄だが、おそらく話は聞いている。こちらはこちらで進めよう」
「おまえさんよぉ……いやまあいいわ」
随分と自分達の言動に適応したものだと男は口にしなかった。
気を取り直して空間の把握を試みる。
「……ダメだな。まったく手応えがねぇ。というか魔力が練れる気配がねぇからここにいるオレらは精神体かそれに類するものって可能性が高い」
「ふむ。となると、ここにいる我々は精神体に移動フラグをつけられた状態ということだろうか。実際の移動は準備ができた段階で今もそれぞれが過ごしている場所から行われる……待てよ。君の場合は霊基グラフ待機状態だったか?」
自分とオルタはそうだと肯定してから、そちらはどうだったのだと問われて、エミヤは首を捻った。
「ちょうどキッチン担当を交代したところまでは覚えている……がその後が曖昧だな。予定では霊体化の上待機だったが……となると私だけはまだ実体の可能性があるということか」
ならばと軽く目を伏せ暗示の言葉を紡ぐ。
両手に出現したのは普段から使用している馴染みの夫婦剣、続けて黒の長弓。
どちらも問題なく投影できたことで推察は確定した現実となった。
「当たりのようだが……すまない。私の力では空間把握や解決は無理だな」
「いんや。少なくともお前さんが武器を取れる、ってのが確認できただけでいいだろ。念のためそれはそのまま持っておけ」
エミヤが投影した武器はよほどのことがない限り残り続ける。
礼装を剥ぎ取られるなら武器を持ち込めない可能性も高いが、エミヤが術者役になった場合に残っていれば役に立つだろう。
認識を共有した二人はちらりとオルタを見て、彼ならば武器が用意できなくとも素手で戦えるから問題ないだろうと口を噤んだ。弱体化はともかく、生前から己を鍛え上げている戦士達の基礎身体能力は高い。
彼が式神役ではなかった場合と比べてしまうとかなり心許ないが。
「他に確認しておくことはあるだろうか」
「っても現状できることが何もねぇからな……このままおとなしく待っておこうぜ」
「承知した。待つといっても茶も出ないがね」
そもそも地面があるのかすらわからない見渡す限り真っ白の空間だ。オルタが寝ているのでそこに地面があることはわかるが、いざ座り込んでみても感覚がなく心許ない。
転送時に事故があると困るからと手招きされて位置を変えた先は投げ出された尾の傍だ。空間全てが曖昧な中で、きちんと地面についていると思われるそれを目にすると少しだけ安心する。
転送時の事故と聞いて素直に従ってしまうのは頻発させている我らがマスターを身近で見ているせいだろうか。少しだけ持ち上がった尾先が受け入れるように座り込んだ青年の腿あたりに乗った。
どうにも犬が飼い主に顎を乗せるようだと思うが口にしないほうが賢明だろう。
あとどのくらいかかるのか聞いて応えてもらえるのかと考え始めたあたりで、唐突に声が降った。
「お待たせいたしましたぁ。これより演習場への転送を開始いたします。到着地点はランダムに設定された拠点となり、転送後一時間はその場から移動が不可能となりますのでご注意下さい。それではみなさま、お忘れ物のないようお支度してお待ちくださいませ。本日はもふっとシバ転送をご利用いただきまして誠にありがとうございました」
「公共交通機関かよ!」
キャスターのツッコミはもっともだが、エミヤは突如何かに引っぱられたため反応できなかった。
そこそこの勢いで引かれた体は柔らかくオルタの腕に着地。腕越しに感じる気配はキャスターのものだとすぐに把握できる。
咄嗟に己を引き寄せたのは少しだけ腿に乗っていた尾だろう。直感で密着しておいたほうがいいという判断をしたのだろうと、特に抵抗はせず身を任せた。
白は黒に塗り潰され、重力が喪失する。
強制的に意識を閉じられ、次に開かれた時には周囲の空気が一変していた。
緊張が走る。
ただでさえ暗い視界がさらに黒く染まった。
唐突な変化についていけない。この程度の闇で視界を封じられる時点で役割は確定だろうが、ダメ押しとばかりに片手が空なことに気付く。
「……狂王?」
「テメェは動くな」
一段深い闇の正体がオルタの背中だと、掛けられた声で知れた。短く了承を返した瞬間、ぶわりと殺気混じりの魔力が広がって周囲を威圧する。
もう一度己の武器を確認すれば黒の長弓のみが握られていた。同時に投影しておいた夫婦剣との違いを考えれば残った理由は明白だ。
持ち込めたものは伝承も神秘もない、ただ己が使いやすいようにと改良を重ねた、ただの弓。
「キャスター、どうやら私が術者役で確定のようだ」
闇に紛れて見えないが、苦笑と共に落とされた声には予想通りだとの響きが含まれていた。
「多分見えてねぇと思うから言うが、下手に動かず周りに注目させることは避けてくれ。この場を切り抜けてから次の手を考える」
オルタがあえて殺気を撒き散らしているのが己のためだということに気付く。キャスターも気配を抑えているため、周囲の注目はオルタ一人に向かっていた。
「承知した。私の方からはひとつだけ。この後確認が取れるまで私のことは魔術と関わりのない一般人の扱いで頼む。いつもの反応速度を期待しないでくれ」
「そこまでか。わかった。テメェも聞こえたな」
「……ああ」
しゃらん。
清涼な音色はキャスターが己の杖を取り出したためだろう。こつりと地を叩く石突きに合わせて杖先で揺れる装飾が音を奏でる。
僅かにたじろいだ気配のある周囲には目もくれず、エミヤを庇うように立った。
「こいつはまた相性の悪い土地だな……ま、なんとかなるか」
好きに暴れろ。
独り言の最後はオルタに向けての合図。
返答すらないが、撒き散らされる殺気は先ほどの比ではない。ゆらりと動いた黒い影に握られる朱槍を闇の中に見た気がした。
黒の風が交ざり、震え、激突する。何が起こっているかはわからず、不安がないとは言わないが、己が何かをしなければという気にはならなかった。
一方では焔を纏った杖が揺れて、その度に何かが焼ける音と匂いが広がる。
「良い子だ。そのままでいてくれ、よっ!」
「……確かに足手纏いだろうがその扱いはさすがに」
思わず零れた軽口のやりとり。緊張を緩める程度の効果しかないが、そんなものはお互い承知の上だ。
オルタの動きまでは追えないが、キャスターが落ち着いているところを見ると順調なのだろう。
暗闇に少しずつ慣れてきた目だが、彼の繰る炎を見てしまえば容易にリセットされてしまう。強化は不可能で、それは他の部位でも同じ。
投影ができる気配はなく、予め伝えられていた通り赤原礼装は引き剥がされて干将・莫耶も奪われた。
肌に触れる布の感触から判断するならば、いつも身につけている黒の上下に加え、丈が長く合わせのある緩い上着を羽織っているというところだろう。服装は自動的に変わると言われたのでこれも自分が術者役だという裏付けになる。
それよりも。
こちらに到着した瞬間から違和感があった。
全能力低下はほぼ能力封印と同等だが、本質である起源に及ぶことはない。身体能力は生前同様になるだろうと思われるが、通常状態でどの程度神秘の力が働いていたのかに左右されるのだろうか。
一概に現代人だから弱い、神話の時代だから強いという話にならないのは、時代が古ければ古いほど神秘の力は日常に当たり前にあったが故だ。
「術者役が擬似サーヴァントの場合、能力は依代に依存する……のか?」
「この状況でそれかよ。いや、おまえさんらしいといえばらしいが……」
どのみち戦闘に参加できない状況では他にやることもない。ツッコミを無視して思考に沈んだ青年は、先ほどからある違和感の正体がこの場によるものだと結論を出す。
魔術の扱いは不得手なのに場の異変には人一倍敏感だと、誰かが記録の片隅で笑った。
嫌な感じがするからあの道は避けよう、というような曖昧な直感は十分に一般人の範囲内。ならばその範囲でなら。
「場所……違和感……」
一番違和感が強い場所を求めて慎重に感覚を追う。
ぞわりと背を撫でた悪寒に視線を上げた。
「キャスター、今の私では狂王の動きを追うことができない。だから君に任せたい」
「あん?」
大体の方向と距離。自信はないのだがと続けて、自分の感覚だから判断は任せると結ぶ。
「……なるほど。確かに言われてみればなんとなくわかる。オレもこの場所とは相性が最悪だから詳細は追えんが、違和感にだけ感覚を絞ればお前さんの指摘した通りだ」
直感の類だ。裏は取れないが、二人分の感覚が共通するならば十分だろう。
「守りが薄くなるが」
「構わない。このまま消耗戦を続けるくらいなら賭けに出る方がマシだろう?」
エミヤの応えに上等だと返したキャスターは、せめて弓弦を鳴らしておけと続け、杖に纏わせた焔を吹き上げた。
「オラ、こっちだ!」
ぶぅん。杖が振られるのに合わせてエミヤの鳴らす弓弦が響く。
手にした弓は実用一辺倒のもので、この鳴弦も真似事にすぎない。だが、暗く蠢く何かは魔と信じられたものと同義なのだろう。僅かに怯んだ気配がした。
「ッ、らァ!」
隙を逃さずキャスターが突撃する。
体は自然に動いた。慣れた動作で弦を引き、音が不浄な場を制するように想像しながら指を離す。
響く弦音が周囲の闇をしばし留め、うまく敵をすり抜けたキャスターの杖が闇に突き刺さった。
空間がうねる。
「しまった、アーチャー!!」
守りは薄く、今のエミヤでは不意をついた鳴弦でもなければ魔を退けることもできない。
身をくねらせた闇が手を伸ばす。にたり。弓を持たぬほうの腕を捉えて笑った気配がした。
ぎちりと絞められて苦鳴が漏れる。
「面倒臭ぇ」
「な、きょうお……ッ!」
彼の纏う爪状の装備は普段と変わらない。
だが今はその先端がうっすらと発光し、容赦無く闇に食い込む。引きちぎるようにエミヤの腕から外された闇は明らかに抵抗を示していた。
周囲の空気が冷え、闇が濃く凝る。
「喰らってやるよ。纏めてなぁ!」
続けて放たれる地を震わせる咆哮は精霊をも騒がせる精神干渉攻撃だ。威力は鳴弦の比ではない。
完全に動きを止めてしまったものたちを、文字通り彼は喰った。身を翻し、唸りを上げ、掴めないはずのものを掴んでは噛み砕く。
おそらくは『取り込んだ』と表現するほうが正しいのだろうが、獣のようなありように圧倒されて声をあげることは憚られた。代わりに眼前に滑り込んできたのは空間の封鎖を解いたらしいキャスターだ。
「おいこら、暴走してんじゃねぇ! 確かにアイツが受けるよりはマシだろうけどよ!!」
「暴走なんぞしてねぇよ。後は任せる」
ぶわり。一際大きく広がった闇を受けたのはやはりオルタ。キャスターは咄嗟にエミヤを庇って障壁を張り、闇に全身を浸した男の身がじわりと染まる。
(中略)
神秘は、信仰は、それを信じるものがいる上で適切に秘匿されているからこそ成り立つ。
必死で聞き齧りの知識をひっくり返し、使えそうな設定を探る。
現在のクー・フーリンが持つ外見。修験者としての姿を生かすのならば。
密教も地域と時代で解釈の幅が広いが、荼枳尼天の元となったダーキニーは行者の性的パートナーの役割を担うとされる説もあった。
性的な接触なら現状の健全な接触供給よりも多く魔力を渡せる利点もある。今更忌避するようなことでもない。
「クー・フーリン。提案があるのだが」
「少し待て……わかった。多少だが魔力が回復したからか、口だけなら出せるそうだ」
「キャスターか!」
多少の余裕ができて、外の話をそのまま聞ける状態になったという。オルタの口を借りて答えるという方法は回りくどいが、彼らがそれでよしとしているのならばエミヤから意見することはなにもない。
一体化しているという二人が同時に話を聞いてくれるというなら許可も同時にとれるということで都合もよかった。ついでにキャスター相手なら魔術的な観点で助言を求めることもできる。
「ええと……私はこのまま話しても?」
「ああ、かまわねぇぜ。ちゃんと聞いてる」
明らかにオルタのものではないトーンと言葉遣いで応えがあって苦笑が漏れた。わかっていても外見と顰めっ面はそのままなだけに違和感がすごい。
「……なるほど」
先ほどまで考えていた仮説と見立てをそのまま話せば沈黙が落ちた。周囲が暗い上に魔力の融通用に密着させているため表情は窺えないが、葛藤の気配は感じ取れる。
誘惑するほうが神であるという設定を行動の途中で反転させるか、元々そこに寄らない設定として神性を増した相手と唯人として契るとすれば、見立ての成立自体は無理難題ではない。
提案した行為そのものに対する葛藤ではないのは経験上わかっていた。クー・フーリン相手に性的接触を用いた魔力供給はこれまで何度か行ってきたし、お互い忌避したことはない。
ならばおそらく彼が即答を避ける理由は現実の負担のほうだ。
「この場が他の参加者や主宰者に見つかる可能性はあるか?」
「んー……オレら以外のやつらが全員潰しあって決着するまではねぇな。意図したことではなくむしろ副作用に近いが、この姿をとる際に設定を修験者としたことが関係している」
己のための修行、修練の場であるという概念が付加されたことにより場を識る者として付近一体を把握可能になった。今も元気に暴れ回っている他の参加者を詳細に判別できるし、意図的に彼ら彼女らから自分達を隠すのも問題なく可能だ、と。
澱みなく応えたのはキャスター。無言ではあるもののオルタが纏う雰囲気もそれを肯定していた。
丑御前から逃れる際にも、少々のフェイントを織り交ぜながらこの岩窟へまっすぐに辿り着ており、語られた内容とも矛盾しない。
一連の会話で『普段のエミヤであれば気にするはずこと』はすべて問題がない確認がとれた。
弱体を受けているとはいえサーヴァントの身であれば、柔らかな寝台と入念な前準備が必要ということもない。
残る懸念は完全に行為中の負担問題か、成立手順として彼から手を出せないかに絞られた。
必要に迫られて野外での交合は何度か経験した。また、肉体的負荷を考えるのならばわざわざ尾で支える必要はない。
ならば。
「君のとの縁を望んでも?」
「……ッ!」
びくり。男の肩が揺れる。ああ、あたりだと青年は直感した。
これは現状を打開するために心から自分が望むことだとゆっくりと口に出す。
沈黙が落ち、長く間を置いて溜息が溢れた。
「テメェの案は確かに戦力不足を補う上で有用なことは事実だ。だが……最終決定権はあくまで求める側のおまえさんにある。今のオレはそういう役だからな」
華を投げるか。落ちる先はどこだ。
二人の口調が混ざった問いに説明はなく、意味を理解するのに時間がかかる。
この暗闇の中で、弱体化された青年ではいくら華を投げたとて落ちた場所などわからない。
「……ああ。そういうことか」
彼らが実行しようとしている見立てがなんであるかようやく理解した青年は密着していた相手の胸を押して立ち上がった。
残していた下着を自ら脱いで。ひっかかっていた着物を外して邪魔にならない場所に放ると、手探りで位置を確かめながら先刻までと同じようにオルタの尾の上に横たわる。
直接触れた場所はひやりとした温度を伝えたが、そんなことで怯むような性格はしていなかった。
「華はこの身だ。そして落ちる場所は君の上と決まっている」
暗闇を目隠しの代わりに華を落として神仏との縁を望む。かなり無理矢理な見立てだが、それを良しとするお互いの意思が成立を助けた。
「応えよう。縁とともにその身を深くクー・フーリンと結ぶ」
額を合わせて宣言する。
唇が胸元に落ちてひとつ、花弁を刻んだ。さわと胸元を擽っていくのは房が長く垂れている耳飾り。
概念付与により普段より神性を増した男の魔力がゆらいで、光輪のように闇に浮かんだ。
どこからともなくただようのは場を清めるようなほんのりと甘く、爽やかな香り。
無言のまま深く合わされた唇はひどく熱く、開けと命じられてもいないうちから力が抜けた。差し込まれた舌はさらに熱く、流れて溢れる唾液は触れた場所を痺れさせるほど強い神性で人の身を灼く。
痛みに萎縮してもおかしくないが、青年はもっとというように自ら舌を絡ませた。
唾液を啜りながら擦り合わせ、甘噛みして先を吸い上げる。
するり、する。
晒した肌を撫でていく手は舌の動きの激しさを裏切るように優しく。温度差で筋肉が収縮したことで存在を主張しはじめている胸の先を押しつぶされて身を震わせる。胸筋全体を内側に寄せるように持ち上げ、やわと揉み込み。外気に触れて張り詰めた先端を舌先で絡め取られて声が溢れた。
押し潰しながら弾くように捏ねる舌先と、さりさりと噛まない程度に当たる歯に同時に攻められて。赤みを増した先端は零れ落ちんばかりに存在を主張し、少しの刺激にも反応を示すほど敏感になっていく。
「ぁ……ぅ、んッ」
続けて両方の先を舐り転がされながら爪て引っ掛けるように刺激されて混乱のままに背をしならせた。
唾液に塗れ、赤く熟れて濡れた果実を同時に強く吸われながら捏ねられて悲鳴が上がる。
同時というのはおかしいと通常ならば考える余裕があっただろう。
深い口付けで流し込まれた神性とともに思考を鈍らせていた青年は、与えられる快楽をそのまま受け取るのが精一杯で、肌を撫でられ舐られる度に背を跳ねさせては尾から落ちそうになり、その度に生えている腕達に支えられて留め置かれる。
最終的には複数の腕達が青年の体に伸び、磔にでもするかのように肩から腕を固定された。
腕だけの存在は決して必要以上に触れてこない。
オルタも黙認しているらしく、逃げられないままに攻められる胸から移動した男の手がゆるく兆した前に触れた。
全体を撫で上げながら胸の熟れた果実を喰み、正中線を辿っていった彼の舌先が臍のあたりで遊んでから脇腹、脚の付け根、内腿へと触れる。
戯れに甘噛みを繰り返し、同じ場所を舌で辿る口はかすかな笑いの振動を伝えて掌に包まれているはずの前に息を吹きかけた。
「ぃ、あ……なに……」
胸と同じように前を手で扱かれながら舐め回されて混乱する。そもそも片方の胸先は今でも舌先で転がされており、持ち上げられた両足は膝を折られ、大きく開かされて宙に揺れていた。
口付けを求めればすぐに与えられる。だが、胸を遊んでいたそれは無くなっても兆し始めた前を舐る感触はなくならない。深く差し込まれ、舌も口蓋も構わず蹂躙していく舌と、鈴口を抉る尖らせた舌先を同時に感じて悲鳴を上げることになった。
「こん、な……あちこち同時に……っア!!」
同時に。
己が口にした単語でなにかが繋がる。
青年がぎゅうと強く目を閉じて、次に薄く開いた先で見たのは明るい場所。
「……え?」
己の股間に顔を埋めている青いローブの男で。幾度かの瞬きの後で見たのは、闇の中で仮面に隠されてはいるが至近距離で燃える焔色の瞳。
「なに、が……どうな……て」
「向こうを見たのか。両方が知覚できているならそのまま受け入れろ。テメェがこのオレをどう認識しているのか、それが答えだ」
口端から溢れた唾液を舐め取り、答えになっていないような答えを告げて。頸を擽ってから離れていった腕は宙で遊んでいた足を掴んでさらに開かせる。
支えろと短く告げられた言葉に反応したのは尾から生えていた腕達だ。
しゅるりとエミヤの脚に巻き付いたそれらと、少し持ち上がった尾によって眼前に晒された恥部へ、男は迷うことなく唇を落とした。
会陰を啄み、双珠を舐り転がし、同時に溢れそうな唾液を掬っては後孔の周りに擦り付ける。
「ひ、ぁ」
そんな状態でも口淫されているような陰茎への刺激は続いていた。じゅうぶんに唾液を纏わせて。濡らした指で薄く開かせた後孔へ舌先が差し込まれる。
ああ、これはオルタの仕草だ。尖らせた舌から滑り落ちて内へと流れ落ちていく唾液が熱い。
張り出しから先を包み込み、生き物のように全体を舐め回す舌はキャスターのもの。
陰茎から双珠までゆるりと刺激する濡れた掌と、内に差し込まれた舌からの流れを助けながら後孔の縁を引っ掛けるようにして開かせる指。
じゅぷじゅぷと上がる水音がどちらのものなのか青年には判別ができず、ただ押し出される己の嬌声を聞きながら前も後ろもしとどに濡らして身を震わせる視界はいつしか二重にぶれていた。
ひとつは闇の中で異形の姿をしたオルタを写し、腕達に支えられ持ち上げられた己の体と後孔をひらく舌と指の動きを追う。
ひとつは穏やかな光の中で青の魔術師を写し、花弁のような滑らかさをもつ場所に横たえられて口淫と手淫に翻弄される。
もはや自分が声を上げ続けていることにも意識がいかず、追い込まれる衝動を恐れて首を振った。
「大丈夫だ、いっぺん出しとけ」
「ッ!」
そこで喋るなと告げる暇もない。駆け上がった射精感のままに吐精した青年は一瞬硬直した後で深く尾に沈んだ。
こくりと小さく喉を鳴らす音。濡れた腹を拭うように触れる掌の感触。現実がどちらか曖昧なまま、達した倦怠感に身を任せる。
「まだだ、弓兵」
「ちっとばかし休ませてやれたらよかったんだがな」
同時に聞こえた声にエミヤは笑った。問題ないと返したのは強がりだ。ただ、クー・フーリンとの交合がこんなもので済むと思っていないだけ。
さらなる強がりとして己の腹をひと撫でし、奥まで埋めてくれと乞うた。
「……ああ」
了承を返したのはどちらだったのか。とろりと零した唾液と先んじて出した白濁が混ざり合ったもので濡れたオルタの先がぬるぬると会陰を滑り、外から前立腺を刺激する。
先んじて塗り込まれたものの助けを借りて滑り込んだキャスターの指が内を掻き回し、すぐに見つけ出した前立腺の位置を軽く叩いた。
とん、ととん。
くちゅり、くちゅり。
焦らすように掻き回し、ゆるりと出し入れされる指の動きで水音が上がる。
「ッ、あ! ア!! ……ィ、ぅんッ」
キャスターの指が入っていると感じるのに、それ以上の質量を持つものが後孔に押し当てられ、滑りの助けを借りて先が潜り込んだ。
熱杭で押し上げられ、押しつぶされるような圧迫感と、前立腺を挟み込みながら小刻みに振動を与える指の刺激を同時に受けて思わず悲鳴が上がる。
「ああ……本人が感じているだけじゃなくて、双方にある程度の影響は出るもんなんだな」
「ぁ?」
わかるかと問われても理解できないエミヤの腰を上げさせて、こちらを見ろとキャスターが促す。
とろり。舌を伸ばした男の顔は青年から見える程度には離れており、その舌先から流れた唾液は後孔の奥へと内壁を伝わらずに落ちていった。
普段ならありえないほど奥に神性混じりの唾液を落とし込まれ、奥を直接灼かれて痺れるような衝撃が背を駆け上る。
「ヒ、ァ、アアぁツ!」
「この感じ、オルタが突っ込んでるんだろ? ここが開きっぱなしだからもう少し濡らしておくか」
潤滑剤があるわけでもない屋外だ。
エミヤの体にだけとはいえ、相互に影響が出るのなら向こうも動きやすくなるだろう。言い終わる前に直接口をつけた男がじゅると縁を啜りながら口内で集めた唾液を溢れるまま流し込む。
開かれたままの内壁を流れ落ちたそれらは、緩やかな動きで小刻みに前立腺を押し上げていたオルタの動きを助けた。
突如滑りが良くなった先端が勢いのまま奥へと進んで大きく張り出した襞を叩く。
嬌声よりは悲鳴に近い声。
青年の背が大きくしなり、きゅうと足先が丸まる。
「……チッ、余計なことを」
荒く息をする青年の中襞に先を触れさせたまま身を起こしたオルタは、くたりと力なく揺れる青年の前が吐精していなことを確認し、ゆっくりと腰を引く。
ぐちゅりと音を立てる後孔は明らかに一人で濡らした以上のもので満たされており、動きを止めていたとしても別の刺激を受けて嬌声を上げ続けていた。
オルタの熱で内壁を押し広げられながら指でも前立腺を押しつぶされている。凶悪な大きさをもつものを受け入れているがゆえに後孔は開いたままキャスターの眼前に奥まで晒されていた。
普段より自由に動かせるキャスターの指で内と外から挟むように同じ場所を刺激されれば、相乗の刺激に耐えきれず、青年は高く鳴く。
「ぁ、あ、ア……待ッああああ!」
連続で痙攣するが止まらない。
滑りの力を借りてオルタの先端が中襞に当たるあたりで小刻みに動けば、張り出しが精嚢裏を強く刮ぎ刺激して、とぷりとぷりと勃ち上がっていない前から勢いのない精を吐いた。
濃色の肌に落ちたそれらは臍に溜まってから痙攣と共に腹を横切り、地面へと落ちていく。
「悪いな、アーチャー。影響が出てるのはおまえさんの体と感覚だけだ。キツイだろうがオレも受け入れてくれ」
物理的にはなんの問題もない。
オルタとキャスターは完全に独立しており、片方の視点から見れば一対一だ。例えるならば別世界にいる己と感覚を共有したまま同時に抱かれているようなものだろうか。
「同時に、は……ッんぅ」
ぐぷん。深くオルタのものを咥え込まされ、限界まで広げられた後孔は抵抗もなくキャスターのものを飲み込む。大きさは完全に同じだが、僅かに角度が違うことで張り出しで擦られる場所が変わるため、二人のものを同時に受け入れているという実感は強くエミヤの脳を揺さぶった。